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農大生の俺に、異世界の食料問題を解決しろだって?  作者: 有田 陶磁
第四章 大地の恵み 動き出した歯車
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第九話【眠れぬ夜】


 塩を作りに行くとチノに説明すると案の定、自分も付いていくという実に頼もしい返答をいただいた。


「海で塩が採れるとは分かったばってん、魔獣に襲われるぎどがんすっとさ!」


「それは、天虎の小便持ってって獣除けとして近くに撒くから大丈夫だよ。なんだったら、オラーンハルシャルを連れてけば良いしな」


「そいやぎ、エサはどがんすっと。あん子らが飲む乳のために牛と羊ば何頭も連れて歩く気ね?」


「そうだけど、だからと言ってチノが来たところでどうにもなんないだろ?」


「う・・・そ、それも、そうばってんさ」


 きつい言葉だと思ったが、チノは非戦闘員だ。魔物と遭遇して守りながら戦うことなど到底できるわけがない。


「お金はあるっちゃけん、買いに行くとは駄目と?」


「ここからレトリアまで往復するのに荷車無しの馬でも二週間はかかるし、十人で行ったとしても道中で盗賊に襲われるかもしれないだろ? もし、全滅してしまったらそれを知る術もないし、そもそも誰が行くんだって話になる。文字や相場がわかる俺やチノ、ゲレルが二週間もここから離れるのは現実的じゃない」


 俺だけならまだしも、魔獣の襲撃を受けたばかりの現状で一族の指導者が長期間離れるのは得策ではない。


「第一、塩がねえと皆が倒れちまう。それは倒れたチノが一番知ってることだろ? もちろん危ないのは百も承知だし、でも誰かがやらないとダメなんだよ」


「・・・そうやね。そいぎ、塩のことはカズヒサに任せるたい。ばってん、ゲレルば連れて行かれるとは困る。うちだけじゃ、皆に仕事ば割り振るとは難しかけん」


「わかった。だけど、かなりの力仕事だから若い奴らを十五人ばかり連れてくけど、それは良いか?」


「うん、そいでよか。ばってん、あんまり無理せんごと」


 渋々と言った様子ではあるが、どうにかチノからの了承を取り付けることができた。

 もっと早く、塩の残量に気が付いていればチノの案に乗ることもできたが、時間は限られてしまっているため、ここは無理にでも押し通すしかない。


「心配かけて悪いな、俺だって安全策をとりたいけど本当に時間がないんだ」


「うん、わかっとる。いつもカズヒサば危険な目に合わせて・・・ごめん」


「気にすんなって、それに塩がないと俺も困るんだしさ」


 チノの説得を終えて、さっそく人員集めを開始する。

 基本的に筋力があり、比較的に交流が深いハワルやゾンを筆頭に十七から三十五歳までの枠で、できれば未婚者を十五人集めることにした。


 先日の魔獣の襲撃を受けて、渋る者が出るかと思ったが意外にも説得が必要な者おらず、むしろ、向こう側から声をかけてくる始末だった。


 どうやら、チノから塩作りの話を聞いたゲレルから、行けと言われて来たらしい。


 かなり危険であるという説明をしているにも関わらず、中には既婚者が混じっているにも関わらず、全員から迷いのない大丈夫という返答を受けとった。あまりにもトントン拍子で事態が進み、そこはかとない一抹の違和感を覚えたが、やることが多すぎて、すぐに思考の渦の中で泡のように消えてしまった。


 持っていく道具は、拠点用のゲルを二式、弓矢、槍などの武器類。貯水用の大ダル六つに、一番大きな鉄鍋を四つ。砂の運搬用にショベルとざるを五つずつ。砂をならすトンボは六本、箒は4本で良いだろう。手桶ておけと呼ばれる木製のバケツは一人二個ずつと考えて三十個。その手桶を肩で持てるようにする天秤棒を十五本。柄杓は十本、海水を濾しとるための木綿布といったところだろうか。


 焚き木は、大量に持っていくが現地にある流木を頼っても問題はないだろう。打ち上げられて時間が経過した流木は良く乾いていて、優良な燃料材となる。

 今後も同じ場所で塩を作ることも考えて、いくらか木を切りだして今後の燃料にするために、砂浜で放置しておくのも有りかもしれないということで、斧を五本追加で持っていくことにした。


「天虎の小便は明日にするとして・・・」


 あとは、六本のうちの二本のトンボに釘をに十本ずつ打ち付ければ、準備は完了となる。


「こんなもんか・・・そんじゃ、役場に報告しないとな」


 役場に入ると、フイテンが帳簿の羊皮紙に羽ペンを走らせていた。


「ありゃ? 思ったより早う済んだとですね。もう少しかかると思っとったですけど」


「いやそれがさぁ、人員集めが予想以上にすんなり行って、俺も驚いてんだよ」


「あー、そがんやったとですね。そいでみておきた明日は日の出と一緒に?」


「あぁ、明朝には出ようと思ってる。一日は砂浜の様子をみるのに使うからな」


「わかりました。カズヒサさん、体が弱いことを言い訳にして一緒に行かんおいが言うとは卑怯かって事は解っとるですけど・・・絶対に帰ってきてくださいね、おい達もばってん、何よりチノ様のためにも」


 皆と同じように力仕事ができないことを気にしているフイテンは、歯を食いしばり心苦しそうに言葉を発した。


「あっはは、んなこと気にしてたのかよ! 大丈夫だよ。準備はしっかりやってるし、俺は悪運が良い方だから、これがなかなか死ねないんだ。だから心配すんな。だけど、ここで行かなきゃ俺もフイテンも死んじまう。森を切り開いてここまで頑張ったんだ、こんなとこで死んだら、死にきれねーだろ?」


 別に、俺だって危険を冒して塩を取りに行きたいわけじゃない。できれば、レトリアまで行って安全に買い付けたかった。だが、それでは間に合わないのだからしょうがない。


「フイテンは几帳面だから、記録したり物を管理することができる。俺だったら面倒くさくて大雑把な記録しか取らないからさ、今回の塩の件っだって気付くのが遅れたと思うぜ? だから、十分フイテンは皆の役に立ってるよ。今回は記録が取れない大雑把な奴が、たまたま塩の作り方を知っていた。だから皆の役に立てる。ただそれだけの事なんだから、自分をそんなに卑下しなくて良いんだよ」


「ありがとう・・・ございます」


 思うところがあったのだろう、フイテンは目元を袖で拭いながらそう短く答えた。

 

「おいおい十八にもなって、なーに泣いてんだよ。ほら、さっさと終わらせようぜ」


「はい・・・すびばせんっ・・・!」


 フイテンが落ち着くのを待ち、帳簿への記入を開始した。

 丁度終わりごろになって、準備を手伝おうと俺を探していたチノが役場に顔を出した。


「荷馬車置いてあったばってん、もう準備は終わったと? 他になんかすることあるね?」


「あぁ、終わってるよ。帳簿も終わったから、何もすることはないかな」


「そいぎ、一緒にご飯ば食べよ?」


 作業に追われていて気が付かなかったが、言われてみれば腹が減っていたため、この提案はありがたい。


「じゃあ食堂に行くか。フイテンも一緒にどうだ?」


 フイテンにそう声をかけてみたものの、チラリとチノの方に目が行ったかと思うとすぐに首が横に振られ。


「すみません、まだせんぎいかんことの残っとるですけん、お二人でどうぞ」


 と、相変わらずのモングールと帝国のどっちつかずな言葉で、丁重なお断りを頂いた。

 族長であるチノに対して、緊張しているのだろうか?


 しつこく誘うのも酷なため、フイテンとは役場で別れてチノと二人で食堂に向かった。


 今日のメニューは、干し肉のミルク煮とふかし芋。普段なら芋に塩を振って食べるのだが、今日は塩がテーブルの上から撤去されている。


 本来なら、本来ならば干し肉に塩を大量に使われているはずなのだが、二千七百頭もの羊を一度に捌いたことで圧倒的に塩が足りず、肉を薄く捌いて冬の乾燥した空気で水分を抜く製法で作っているため、肉からは塩の味はしない。


 スープに入れられている塩も減らされているようで、塩味をほのかに感る程度だった。


「はは、やっぱ結構薄味になってるな」


「そうやね。でもこれも美味しかよ?」


 チノは匙を器の中に入れたまま、しばらく俯くと意を決したように顔を上げた。


「・・・ねえ、聞きたか事のあるとばってん……良か?」


 丁度スープを口に含んでいたため、急いで飲み下して答える。


「改まってどうしたんだよ?」


 チノは、一度だけ無言で頷くとゆっくりと話し始めた。


「カズヒサは前、森の中で砕緒さいちょに会って殺されそうになったやろ、岩熊がんゆうだって森から現れてうちらば襲ってきた。この間の草ば取りに行ったともそうばってん、カズヒサは柵の外に出るとが・・・死ぬとが怖くなかと?」


「いや、めっちゃ怖えぇわ」


 俺は、チノの言葉が途切れた途端に無意識で即答していた。


「は?」


 チノは豆鉄砲でも食らったかのように呆けている。


「いやいや、怖いに決まってんじゃん。砕緒にはコテンパンにやられたし、岩熊は意味が分かんねえぐらい強いし、天虎はでけえわ飛ぶわで理解できねえし、ここに来て怖い思いしてばっかだよ」


 自分でも何で今生きてるのか分からない。恐怖も身に染みていて、あの情景を思い返すと背筋に寒気が走る。でも、あんなこともあったなと、今になると笑うことができるも事実だ。


「自分も死ぬのもだけど、でもどんな怖い思いしても大切な人が死ぬのが一番怖いよ。塩がなきゃじわじわと死人が出る。それは俺もチノも免れない。だったら、怖い思いをして、一番怖い思いをしなくて済むんなら俺は頑張れるよ・・・うーん、何言ってんのか、わかんなくなってきたな。まぁ飯が冷えるし、さっさと食っちまおうぜ」

 

 なんだか、話しているうちに気恥ずかしくなってきたので、飯に逃げることにしよう。


「でも、本当は他に方法があれば良いんだけどな。一週間でレトリアまで行ける速さと、野党に襲われても勝てる強さ。それと大量の塩が運べる力があれば危険な思いしなくて済むんだけどな。ま、その辺はあの天虎達に期待ってとこだな・・・ってどうした?」


 話しているうちに、チノは血の気が引いたような顔をして俯いてしまった。


「ううん。ただ、カズヒサばっかい危なか事ばさせよっけんさ、どがんかせんぎいかんなって・・・。本当に他に方法があれば良かとばってんね」


「まぁ、今回はしょうがねえって。今後は塩が無くなる前に気が付いて、買い付けに行けば済む話なんだから、そんなに気にすんなよ」


「・・・うん」


 文字通り味気ない夕食を終えて、俺たちは家に帰った。

 会話は特になく、家に帰ってすぐに俺たちは寝支度を済ませてそれぞれの寝床に入った。


「そいぎ明かりば消すばい。おやすみなさい」


「あぁ、おやすみ」


 明かりが消えると、闇の向こう側から布のれる音が聞こえてきた。

 

 明日は早いから、すぐにでも睡眠をとるべきだ。そんなことは重々分かっている。だが、なかなか寝付けない。


 遠足の前夜なんて可愛いもんじゃない。夏の夜なのに手足の先が冷たく感じるくせに、手汗が止まってくれない。


 食い殺されるか、逃げ延びれるかという弱肉強食の世界に身を投じなければならないのだから当然といえば当然か。


 デカい蛇とか出たら丸飲みにされるんだろうか。そういえば、海水でも生きてられるワニが居るとも聞いたことがある。


 そんな不安要素が次々と脳内で作りだされ、グルグルと回り続けるのだ。


 いくつもの最悪を想定し、不安に押しつぶされそうになって、『死にたくない』そう思った時だった。


「カズヒサ・・・起きとる?」


 暗闇の向こう側から声をかけられたことで、思考のメビウスの輪から解放された。


「あ、あぁ・・・起きてるよ」


 声が震えないよう、どうにか答える。


「・・カズヒサはもう一族の一員やっけん、絶対にボルテ・チノア様が守ってくれらす。そうけん、心配せんでよか」


「・・・あぁ」


 「気休めだ!」なんてとても言えない。言えるはずがない。チノがどんなに勇気を振り絞って俺に声をかけたかなんて、その震える声を聴けばわかるからだ。


「うちらの神様が信じられんとやったら、うちの事ば信じてくれればよかけん」


 不思議とその言葉を聞いて、指先に温度が戻った気がした。


「その、何だ・・・ありがとな。チノのおかげでだいぶ楽になったよ」


「ううん、うちは神様に祈ることしかできんけんさ・・・」


「俺は大丈夫だから、そんなに思いつめんなって。明日は早いし、もう寝ようぜ?」


「・・・うん」


 チノと言葉を交わしたことで気を紛らわすことができたのか、不思議とすぐに眠気が襲ってきた。緊張でガチガチになっていた身体と心がほぐされていく気がする。


 暗い場所から、さらに深い場所へと落ちていく。そして優しく息を吹きかけられたロウソクの火のように、意識はかき消えてしまった。



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