第八話【不足物資】
色々とあったが······いや本当に色々あったのだが、どうにか無事に人参とカブの苗の植え付けが終了した。
が、夏の農家に休む暇はない。いや、マジで無い。本来、元の世界では、今頃大学の夏休みを満喫していて・・・ん? いや結局、実家からの強制召喚に応じて学費を形に強制労働させられるのだから、現状と変わらないのか?
考えてみると、やってることは同じだった。その仕事の内容が近代化されているか否かの違いしかない。
そう考えると、俺の大学生活とは一体・・・。いや、これ以上考えるのは虚しくなるからやめておこう。
さて、次は乾燥させた麦を種麦とそれ以外に分ける脱穀をしなければならない。
そこで屋根があるだけの小屋を建て、『千歯扱ぎ』という、櫛を巨大化させたような道具を設置した。
櫛状の歯の部分には帝都で購入した釘を使用していて、二~三ミリの間隔で打ち込んである。その隙間に麦束を通して種だけをこそぎ落とす仕組だ。
落ちた種子は樽に詰め、残った麦藁は冬の貴重な家畜の餌となる。
千歯扱ぎの数にも限度があるため、この作業からあぶれた者は畑の両サイドにある雑木林の中に入って、落ち葉を集めて貰ったりしている。
主に広葉樹が自生していることもあり、落ち葉は大量にあるため、一つの畑の両サイドに落ち葉の山を三十メートル間隔で積み上げていく。そこに牛、馬、羊といった家畜たちの糞尿を溶かした水を混ぜ込み、乾燥しないように定期的に水をかけてじっくりと発酵させれば天然肥料の完成である。
あと、少しずつ数を増やしつつある鶏が今後順調に増えてくれれば、リン酸とカルシウム多く含む鶏糞を混ぜることで、さらに良い作物が育つことだろう。
ちなみに、その中に人糞を入れないのは、回虫症のリスクを回避するためだ。
回虫症は日本でも古くから存在し、日本では昭和まで人糞を肥料として利用していたため、かつては国民病の一つとして数えられていた。
大学の講義で習った程度の知識しかないが、重度の感染となると肺や脳に寄生して死に至る。特に小児に関しては腸や胆管などを塞がれてしまい、死に至るケースもあるため、子作りを解禁するこれからという時期に、流行するのは勘弁願いたい。
肥料作りの他にも、コロ丸を連れてバリケードの外に出て竹の伐採に行った者もいる。
今後必要となってくるのは、冬の燃料を作る炭焼き窯に、収穫物を納める食料庫の増築。他にも、水車を使った粉を引く機械とそれを収める小屋といったところだろうか。
そんなくそ忙しいって時に、俺がやっていることは共同便所の糞便回収だ。
なぜ、皆に指示を出すはずの俺が排泄物の回収をしているのかというと、こればっかりは、専門の人間を作るわけにはいかないからである。
もし、この仕事を誰かに固定化すると、差別が生まれてしまうのだ。
人間は、理解してどうあがいても序列を作ってしまう生き物なわけで、日本でもそうだが自分がやっている仕事は他の人間より高等なものだと思いたがる。
簡単に言うと、作業服よりスーツを着ていたほうがカッコいいと思うようなもんだ。
だが、それは勘違いに過ぎない。作業着を来た人間が居なければ、スーツを着ている人間は車に乗れないし、パソコンも使えない、ご飯すら食べられないのだから。
共同便所の数は三十。三百人分の排泄物を三日に一度、五人の当番制で処理する。
ぼっとん便所方式で木箱に入っているため、それを引き出して中身を排泄物用の荷車へ移す。水洗いして砂を入れれば一つ終わりだ。
水分を吸収するように砂を敷いてあるため、木箱はそれほど汚れないが重く、夏場だから発酵して悪臭がつらい。
排泄物は疫病の原因となりうるため慎重に行わねばならない。傷口に入れば破傷風の原因にもなりかねないため、扱いを間違えば人が死ぬ。
この世界には破傷風ワクチンがないため、三種混合ワクチンを打っている俺以外は、免疫をもっていないため、端的に言うとウンコやばい。
一時間半程かけて、排泄物の廃棄と容器の洗浄を終えて廃棄場に持っていく。
廃棄場は、一番端にある森の中に深い穴が掘られて作られていて、排泄物はもちろん動物の可食部でない部位などもここに廃棄していたりする。
ちなみに、岩熊の肉も食えなかったので全てここに廃棄してある。
苦労して倒した魔獣の亡骸を糞尿まみれにするのは忍びないっていうか、呪われそうだが、腐敗した肉もまた感染症の原因だから仕方がない。
正午過ぎにようやく排泄物の処理が終わった。
村に戻ると食堂の方から楽しそうに昼食を取っている声が聞こえ、匂いがキツイ俺たちが近づくわけにもいかないと、それぞれの家に帰って体を洗っていると、役場勤めのフイテンが羊皮紙を手に訪ねてきた。
「カズヒサさーん! 汲み取り作業お疲れさまでしたー!」
「おぉ、超臭かったぞフイテン。どうした? 急ぎの用か?」
「はい、そいがですね、熱中症の予防で塩ば配り始めてから一気に使う量が跳ね上がってですね・・・このままやぎ、あと二週間で底ば突く計算になっとですよ」
「え、マジか! 」
ここから、塩を買いに行くにしても、レトリアまでの道中にある村では、三百人分の塩を一度に購入できる村などない。町となると、レトリアのすぐ近くとなってしまうため、大量に購入すると、町への移送費分高くなってしまうため、レトリアまで行って塩を購入した方が安く買うことが出来てしまう。
だが、レトリアまで買い付けに行くにしても往復で十日はかかる上、文字を読める人間のほとんどが指揮をする者に限られているため、十日も村を離れられては困る。
「うーん・・・じゃあ塩を作りに行くかぁ」
俺の発言に、フイテンに首をかしげて問いかけてくる。
「え、この辺に岩塩が採れる場所があっとですか?」
どうやら、海とは無縁の環境に居た彼らにとって、塩とは岩塩のことを指すらしい。
「あー、ここに来る途中に、海っていうでっかい湖を見ただろ?」
「あぁ、覚えとうですよ。向こう側の岸が見えん、あの恐ろしゅうデカか湖のことですやろ?」
将来的に、帝国民と対等に交渉できるように標準語の練習をしているため、変な言葉になっているが、気にしないでおこう。
「そうそう、あれって全部しょっぱい塩水なんだよ」
「ははは、流石に騙されんですよ? ・・・え、冗談ばいね?」
「それが大マジなんだよ。海の水って塩が入っててめっちゃしょっぱいんだよ。だから、その塩水から塩を取り出せば良いって寸法よ。それに、ここから海まで半日かからない距離だしな、この間の天虎みたいな襲緊急事態が起きてもすぐに対応ができる」
「はぁ、そいで海から塩ば採るとは、時間かかっとですか?」
「あぁ、少なくとも一週間は見た方が良いかもな」
そうと決まれば、さっそく行動に移さなければならない。
普通に過ごしているだけで汗が出るのだから、塩分を取らずに水分を取り続けた者は、ナトリウム欠乏で死ぬ可能性もある。
「まだ昼だしな、これから準備を始めて明日の朝には出発したい」
「明日の朝って、えらい急か話ですね。チノ様は許しば出さすでしょうか?」
「あぁ、それなら大丈夫。事態は割と深刻だから、反対されたら俺が説得するよ」
「そいぎ、荷馬車と食料は・・・とりあえず十日分用意しますね。他に必要な道具はあるですか?」
「道具の方は俺がやるから良いよ。そんじゃ、持っていく道具を帳簿に書いとくから後で確認だけ頼むわ」
食料や道具の管理は役場で働いているソルとフイテンに一任しているため、道具を持ち出すときなどは報告しなくてはならないのだが、今回は面倒なので管理帳簿に直接記入しておくとしよう。
「そいは任しとってください。ばってん、チノ様のことはカズヒサさんの方で頼みますよ」
「おう、そんじゃ連れていく奴はこっちの方で決めるから、夜にまた役場で落ち合おうぜ」
「わかりました。こっちの準備が終わりしだい、役場で待っときますね」
そう言って、フイテンは荷造りに向かった。
それを見送って、俺はもう一度頭から水をかぶる。そして手ぬぐいで身体を拭き上げると、染みついていた匂いは気にならなくなっていた。
「さて、そんじゃチノに話をしに行くかぁ・・・」
水浴びをして気怠くなった体で伸びをしてから服を着る。
何を始めるにしても、まずはチノに説明をしなければならないため、千歯扱ぎで脱穀作業に当たっているはずの族長様を訪ねて、脱穀場に向かうことにしたのだった。




