第七話【天虎の幼獣】
どうにか、一人も犠牲を出さずに天虎を討伐することができた。
「で、こいつらどうする?」
洞窟の入り口付近に広げられた藁の上で、三匹の幼獣が時折鳴き声を上げつつ、伸び縮みを繰り返しては蠢いている。
「どがんしゅうてお前、チノに決めて貰うしかなかろうもん。にしても、黒毛ってだけでも珍しかとけ、赤毛なんて一つの国ができて滅びるまでに一目見れるかどうかってぐらい珍しかけんなぁ······もしかすっぎ、帝国に売るぎんよか金になっかもしれんぞ」
ゲレルはコロ丸程の大きさがある幼獣の前に屈むと、物珍しそうにマジマジと観察している。
「ばってんカズヒサ、お前はこいたちの面倒ば見ようって考えとうやろ?」
「まぁ、できればな」
「餌も馬鹿にならんけんにゃあ、チノがどがん答えっかは分からんばってん、頑張って話してみるぎよかっちゃなかや? 上手く飼い慣らせるぎ森の獣除けにはなっぜ」
「そうだな。じゃあチノに頼みに行って来みるわ。それはそうと、天虎の毛皮を剥ぎ取って鞣したいんだけど、ゲレルのおっさんに任しても良いか?」
「おう、おいに任しとくぎよか。 帝国一の毛皮にしてやっばい」
上腕二頭筋を肥大させ掌で二度叩くと豪快に笑う。
「そんじゃあ、ハワル達は皆を指揮して、ゲレルのおっちゃんの手伝いと、皮を剥ぎ取ったあとの天虎を解体していつもの場所に肉を廃棄しに行ってくれるか。骨は何かに使えるかもしれないから、取っといた方が良いかもな」
「わかった、そいぎ荷車ば崖の下まで持ってくったい。おーい皆、そろそろ取りかかっぞ!」
作業に取り掛かろうとしたハワルを呼び止め、追加のお願いをする。
「あ、ちょっと待て。できたら膀胱に溜まってる尿は取っといて欲しい。獣除けに使いたい」
「あーそいやぎ、腹開くときに破らんごと気を付けんぎいかんにゃ」
「まぁ、お前らなら楽勝だろ?」
「誰に言いよっかて! おいたちはモングールぞ? 四つ足ばバラすとは任しとけ!」
ハワルはニカッと笑うと、天虎の解体に取り掛かった。
「さて、問題は······こいつらなんだよなぁ」
取り合えず洞窟の入り口付近まで連れて来てみたはいいものの、これを育てる事はできるのだろうか?
足元には、広げられた藁の上で蠢いている三匹の天虎の幼獣。親は二頭とも黄色だったはずなのだが、三匹は黄、赤、黒と別々の色をしている。
ゲレル曰く、赤色の天虎は赤毛の天虎と呼ばれ、個体数が少なく強い魔力を使う事ができるとかなんとか。帝国を象徴する生き物である天虎は帝国旗にも描かれており、それは赤毛の天虎なのだそうだ。
「帝国旗に書かれてるってことは、天虎って保護対象だったりしねえよな?」
もし、天虎という魔獣が帝国の庇護下に置かれているとしたら、今回の件は内密にしておいた方が良いかもしれない。下手をすれば打ち首の可能性も無きにしも非ず。その辺のところをアンちゃん、もといアンフィビアン卿に確認を取った方が良いだろう。
「今度、納税の時にでもそれとなく聞いてみるか······」
天虎の幼獣を籠に入れて背負い崖を下る。
「きっつ······この糞暑い時期にやることじゃねえぞこれ······」
他の二匹を担いで貰った二人も息切れぎれである。
「悪いな、おっちゃん達。崖降りたら荷車で運ぶからもうちょっと頑張ってな······」
おっちゃん達はすでにバテているため、無言で小刻みに頷いていた。
幼獣とは言え、一匹二十五キロ程ある生き物を背負って傾斜を下るのはキツイ。というか膝が震えてきた。
どうにか、幼獣三匹を背負って崖を下り、経った今、わざわざ村に戻って持ってきたであろう荷車をひったくってチノの下へ向かった。
「で、この三匹ば飼いたかってことでよかと?」
役場の前に停められた荷馬車の上で鳴き蠢いている三匹を見ながら、チノは聞いてきた。
「そうだ。まぁ、そうなるな」
「まぁ、飼うとは良かばってん······」
意外にもすんなり、許しが得られそうな反応を示すチノ。
「ホントか?」
「ばってん、大きくなった時はどがんすっと? あんまり言いとうなかばってん、たぶんこん子たち人ば食べるばい?」
それは予想通りの返答だった。そして更にチノの言葉は続く。
「草ば食べさせとけば満足する牛馬羊じゃなかっちゃけんさ。唯でさえあがん大きゅうなっとけ、こん子たちが食べるとは肉やろ?帝国が飼っとる飛竜たちは、呪術師がかけた呪印で制御しようばってん、うちらの中にそがん事ばできるもんはおらんばい? もし、こん子たちが大きゅうなってさ、肉ば食べるごとなったとき、カズヒサはちゃんと御せるとね? 」
「やっぱ、そうだよなぁ。最悪、納税月にアンちゃんのとこに引き渡せたらと思ったんだけどさ」
俺の答えにチノは首を横に振る。
「そいはできん。帝国法で帝国軍以外の天虎の狩猟は禁止されとる。もし天虎ば殺したとがバレた時に、まずうちの首一つで済む話じゃなか」
「え、何でそれを教えてくれないんだよ! そもそも、何で討伐したんだ? 追い払うとか他にも方法があったかもしれないだろ?」
「そがんと決まっとるやん、追い払うとは危険やし縄張りが広すぎる天虎相手じゃ確実な方法じゃなか。それにもし失敗すれば死人も出る。そうなれば徐々に食い殺されるか、家畜ば根こそぎ奪われて全員で飢え死にする未来しかなか。ばってんカースド大森林なら、帝国の見張りもおらん。今すぐ確実に誰か死ぬより、バレさえせんぎ、全員死なん方がマシやろ?」
「た、確かに······そうだな」
チノの強かな一面が垣間見え、何だかその姿が頼もしく思えてきた。
「じゃあ、こいつらは処分した方がよさそうだな······」
この三匹の母親の最後を見て絆されてしまった自分が恥ずかしく思える程、多くの柵に縛られて生きる俺達の現実は甘くはない。
「いや、ちょっと待ちんしゃい」
そこに予想外な言葉がチノの口から飛び出す。
「え?」
「いや、まだ殺すとは言うとらんろうもん。それにうちが言いたかとは、食べられるかもしれんばってん、その覚悟がカズヒサにあっとねってことばい?」
「うーん、流石に食われるのは嫌だなぁ······」
「まぁ、そうやろうね。そいぎ、こん子たちはうちが育てるたい」
「は? いきなりどういうことだよ?」
「どうもこうも言葉の通りたい。三匹は、うちが責任もって育てる。子どもが居るかもしれんって分かっとって。それでも一族ば守るために、天虎の番ば殺すって決断したとはうち。それに、こん子たちばここで見殺しにするぎ、うちは奪うだけ奪う帝国の人間と同じになってしまう。それだけは絶対に嫌やけん」
その瞳には、静かな怒りと深い悲しみがせめぎ合っているように見えた。
「でも、こいつらがここに居る事が帝国にバレたらどうするんだ?」
「そん時は、天虎の巣ば見つけて見張りばしよったばってん、親が二匹とも帰ってこんごとなったって言えば良かと思う。牛でも馬でも、どの生き物だって子供の世話ばせんで見捨てる親は出てくるもんやけんね。そいば保護したって言えば大丈夫やろ」
「そうか······ありがとう、チノ。俺にできることなら何でもするから言ってくれ」
「うん、頼りにしとるけん。一緒に頑張ろうね」
チノはにこやかな表情でそう答えると、眠っている三匹のそれぞれの背中を愛おしそうに撫でる。
その慈愛に満ちた横顔に、俺はいつの間にか目を奪われていたのだった。




