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農大生の俺に、異世界の食料問題を解決しろだって?  作者: 有田 陶磁
第四章 大地の恵み 動き出した歯車
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第五話【討伐準備】


 天虎が去った直後、すぐさま厳戒態勢が敷かれた。


 落穂ひろいは一度中断され、女子供は自宅待機となり、馬、牛、羊、鶏などの家畜達も雨をしのげる程度の頼りない厩舎の中に押し込んだ。


 男達には武器と罠の準備をしておくように指示を出してある。


「はっ、はぁ、はっ!」


 バリケードを越えた危険な森の中を、コロ丸を連れて直走ひたはしる。


 すでに川沿いに走り始めて三時間。冬に入った時と比べて景色は大きく変化していた。


 落葉していた木々には力強く緑が芽吹いて森の中は薄暗くなっており、日が当たる場所では雑草が生い茂っている。


 ゲレル曰く、今回現れた天虎は確実に雄で間違いないらしい。


 天虎はつがいで行動する魔獣で基本的に決まった場所に定住しないらしい、しかし、冬に行う交配が上手く行っていればメスが夏頃に出産のため、巣穴に定住する。そして雌は出産のために穴蔵の中で動かず、雄が狩りを行うのだそうだ。


 その際、雄は同種との無駄な争いを避けるために麝香に良く似た甘い香りを発し、縄張りを示すのだそうだ。ゲレルはその香りを嗅いだことで今回の襲撃が雄の物であることを確信したとのことだった。


 天虎は竜と同様に食物連鎖の頂点に君臨しており、天敵は魔法を使う竜などの大型な魔獣、そして毛皮や家畜化しようとする人間だけであるため、人里離れた深い森の中で子育てを行う。


 つまり、俺達は天虎の生息環境の中に村を作ってしまったわけだ。


 基本的に危険を察知した天虎は周囲に強力な風魔法を発生させるため、近づく事すら困難となる。攻撃を仕掛けるならより強力な抵抗魔法?というもので対抗するか、対敵から反射的に魔法が発動されるその僅かな隙に、太い動脈を切るなどの致命傷に至る物理的ダメージを与えなければならない。


 弓での攻撃は恐らく通らないだろう。ライオンや熊などの大型動物は、餌や雌をめぐってその鋭いぶきを使い同種のオス同士でケンカする。

 

 人間がその爪を食らえば、いとも簡単に皮膚は裂け、筋繊維は断裂して骨が露出し、その骨さえも砕かれるだろう。


 しかし、猛獣かれらはその武器を生身で振るい合い、真っ向から生身で受け合うのだから、その皮膚と体毛が尋常ではない程に堅牢であることが伺える。


 そうなると矢が皮膚を破れるかどうかも怪しい。そうなると、皮膚の薄い場所か有効な威力を発揮できる部位を的確に狙わなければならない。


「はっ、はぁ、はぁ······やっと······見つけた」


 一人で探しに来たのは、第一に団体行動は単純に時間を取る。それに探し物の特徴を他の者に伝えたところで似た物を持ってこられては、さらに確認の時間を取られてしまう。さらに危険な森の中で夜を越して他の魔物に襲われてはたまらない。


 だから、朧げな記憶を頼りに以前見かけた場所へ、一直線に向かう事にした。


 すでに村を出て三時間半が経過している。走っては歩きを繰り返して森の中の草木が生い茂る悪路を体感で十五キロ程進んだ。


 薄暗く湿った場所に群生している青い花達。その周囲の土を掘り返し、根っこごと回収する。


 必要な量を回収するのにもう半刻かかったが、帰りは探しながら走らなくて済むため、どうにか日没までには戻れることだろう。


 ここまで来た道のりを引き返すことを考えると少し憂鬱ではあるが、そんなことを言っていられる状況ではないため深呼吸して再び俺は走り出した。




 ***




 村に帰る事ができたのは、日没を過ぎて空が暗くなり始めた頃だった。


「この糞暑い中での三十キロマラソンは······偉くご機嫌すぎんだろ······ったく、死ぬかと思ったぜ······」


 予定より遅れた理由は単純で簡単。ペース配分を考えずに走ったせいでスタミナ切れだ。だが、森の中で夜にならずに済んで結果オーライといったところだろうか。


「戻ったぞ、そっちの進み具合はどうだ?」

 罠を作っているはずのゲレル達の下へ進捗状況の確認へ向かう。


「おうカズヒサ! 無事戻ってこれたか!」


 近づいてきた俺に気が付いたゲレルは、こちらに駆け寄って強い抱擁で迎えてくれた。


「な、なんとかな······で、そっちの進み具合は? っていうかおい、苦しいから離せって」


「おっ、すまん、すまん。まぁ、今のとこは順調に掘り進んどっぞ。そいよか探しもんは見つかったとか?」


「あぁ、どうにかな。じゃあここはゲレルに任せる。俺もこいつの仕上げに取りかかるとするよ」


「おう任しとけ! カズヒサはそいの支度が終るぎゆっくい休め。若っかばってん森ん中は走るとはやおうなかったやろ」


「あぁ悪い、そんじゃ甘えさせて貰うぜ」


 その場でゲレル達と別れ、こちらも作業に取り掛かかることにした。


 調理場からすり鉢とすりこ木をかっぱらい、あるだけ摘んできた青い花を袋から取り出す。


「っと、口に入らないようにしねえとな······」


 顔に布巾を結わって口を塞ぐのは、飛沫が口の中に入らないようにしなければならないからだ。


 この花には全ての部位に毒を有している。だが、毒の強さが異なってくる。

 

 今回、作る毒は二種類。最も協力な毒性を持つ根を使った物と、それ以外の部位を使用した物の二種類だ。


 まず、ざっと水洗で洗って泥を落とし、水を切ってから根とそれ以外の部位で切り分けていく。


 始めに根を細かく切ってすり鉢に入れ、ペースト状になるまで磨り潰す。そこに大量の岩塩を加えて完成となる。それと同じことをその他の部位でも行うだけだ。


 他にも腐った糞尿などを入れても良いのだが、専門家と言えるほどの知識がないため毒性を逆に薄めてしまう可能性を排除するために入れないことにした。


 天虎に使用する毒を完成させたら、乾燥させないようにすり鉢から小さな壺に移して蓋をする。そして使用したすり鉢は叩き割って埋め、すりこ木は良く水で洗い流してから、皆と離れた場所で燃やして作業は終了した。


 今回、この作業を一人で行ったのは二次被害を防ぐためで、一人で行えば最悪の場合でも死ぬのは俺だけで済む。


 水浴びをして全身くまなく洗い、服も川で洗っておけば十分だろう。


 眠りに就こうと家に戻る最中に罠を仕掛けている畑の方を見ると、まだ篝火かがりびの明かりが見え、掛け声が聞こえてくるが、あちらも間もなく終わる事だろう。


「ふぅーぁ、ただいまー」


 家に帰ってすぐに寝床に転がり込むと同時に、心地よい眠気が襲ってくる。


「あれ、チノ······は?」


 隣の寝床に居るはずのチノの姿が無い。


「あぁ、そうか······役場に残ってんだっけ」


 物品の管理や不測の事態に備えて、チノは役場から離れず寝泊まりすることになっているのを忘れていた。


「やっべ、声かけ忘れてたな······まーた怒られちまう······」


 しかし、眠気に勝てず意識は深い闇の中へと吸い込まれてしまった。




***

 



「チノ、入いっぞ」


 間髪無く扉が開けられ、ゲレルは役場の中へ入っていく。


「おう、起き取ったや。罠の準備は終わったぞ」


「暑か中お疲れ様。餌は明日やったよね?」


「おう、朝市で牛一頭付けに行く。カズヒサが帰ったとは聞いたや?」


「うん。本人はここに来とらんばってん、見張りの報告で聞いたばい。後でお説教せんぎいかん。そいで、壊れたもんとか、追加で使ったもんとかある?」


「四枚ばっかし同じ板材ば使ったぞ。そいと杭材が八か」


「五メル材を四、二メル杭材が八ね。ありがとう」


 チノは書き物をしていた紙に羽ペンを走らせる。


 そのペンの動きを見つめながら、ゲレルは気まずそうに口を開いた。


「その、なんだチノ······分かっとうよな?」


 走っていた羽ペンがピタリと静止する。


「······うん、覚悟はできとる。うちの我儘で皆ば危険な目に合わせるわけにいかん」


「カズヒサの前でもや?」


 その問いにチノはゲレルの目を見て頷く。


「カズヒサば死なせたら元も子もなか······たとえ、カズヒサがうちから逃げ出したとしても」


「ほんなごて、お前ばっかに背負わせて悪かにゃあ······ばってん、そがんならんごとおい達も頑張るけんな」


「うん、期待しとっけん。そいぎ、おやすみ」


「おう、そいぎな」


 ゲレルはそう言い残して役場から出て行った。チノはその背中を見送ると皆から上がって来た報告をまとめるため、再びペンを走らせ始めたのだった。


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