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農大生の俺に、異世界の食料問題を解決しろだって?  作者: 有田 陶磁
第四章 大地の恵み 動き出した歯車
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第一話【収穫】


 明朝、午前四時半。


 農家の朝は早い。


 それは、元遊牧民族だろうと関係ないのだ。


「ったく······日の出すぐだってのに暑いなぁ······」


 この時間はまだ涼しい方なのだが、家から役場前の集会場に来るまでの間に、着ていたシャツはじんわりと汗を吸っている。


 最近、夏バテ気味だなと自覚はしていたのだが、目の前に居る俺より明らかに夏バテ気味の皆の姿を見ていたら、そうも言っていられなかった。


 彼らは元々、寒く乾燥した土地に住んでいた民族だ。


 それが暑く湿潤なカースド大森林で生活しているのだから、こうなるのは当然だった。


 まだ夏の農作業を経験している自分から言わせてもらえば、まだ序の口に過ぎないのだが、彼らの顔を見てそんなこと言えるわけが無い。


「暑さにやられていると思うが、今日は念願の収穫だ! とは言っても、暑さは命に関わる。水は大量に準備してあるから、こまめに飲んでくれよ! 暑くて駄目だと思ったら川に飛び込むように。良いな?」


 返事はかえってくるものの、その声にはいつもの活気はない。


「本当に大丈夫なのか······?」


 一抹の不安が口から零れ落ちる。


 隣を見ると、生まれて初めて体験するこの蒸し暑さに族長様は顔をしかめていた。


「おーい、生きてるかー?」


「な、何ば言いよっと。うちは族長ばい······こんぐらい平気に決まっとるやんね」


 強がってはいるが、その頬には額から汗が滑り落ち、紡がれる言葉には明らかに力が籠っていない。


「まぁ、無理して倒れないようにな。こまめに休憩の時間をはさむから、しっかり水分補給するんだぞ?」


「うん、わかっとる。カズヒサも暑さにやられんごと気を付けんしゃい」


 そう言ってチノは、芋拾いを担当する女性陣と子供達の方へと向かったのだった。


 チノと別れた俺は、芋の掘り起こしを担当する男衆の方に合流した。


 畑に到着し、班を大きく三つに分ける。


 白芋の茎を刈り取る班と、その後を追って鍬でうねを崩す班、そして子供と女性達が拾った白芋を運搬する班だ。


 班分けと収穫方法の説明を終えると、各班から二名ずつ一つの畝に配置していく。


 作業が始まったのは午前五時過ぎ。日が昇り切るまでは一時間に一回のペースでの休憩で良いだろう。


 こうして、俺達の初めての収穫が始まった。


 収穫は順調に進み、二百人を超える人手もあってか。予想よりも早いペースで作業は進んでいる。この調子なら、三日もあれば十分かもしれない。


 背負っていた籠から,馬を繋いでいない荷車に芋を移し入れる。腕時計を見ると、長針が頂点を指していたため、本日四度目の休憩の合図を出す。


 荷車にかけておいた法螺貝を手に取り、口に付けて息を吹き込む。


『ブォルブプスゥー······』


 しかし、出てくるのは間の抜けただらしない音。


「あっはっはっは!」


 芋の入った籠を背負うハワルが、その音を聞いて笑い声をあげる。


「相変わらず下手かにゃー!」


 ハワルは芋を荷車に入れて、俺から法螺貝を受け取る。


「力いっぱい吹きゃ良かってもんじゃなか。唇ば震わせるとが大事かとやけん、よう見とけよカズヒサ!」


 深く息を吸い込み、その唇が法螺貝の吹き口に当てられる。


 息が吹き込まれたその瞬間、重低音が響き渡った。


「ま、こんなもんよ。ほい」


 手渡された法螺貝を受け取り、もう一度吹いてみるが当然だらしない音が出るだけだった。


「ま、気長に練習すればよかさ。おいがしばらくの間は吹くけん、時間になったら声ばかけてくいろ」


「おう、また頼むわ」


「よかよか。そいよか、早う日陰に入りに行くばい。暑くてしょうがなか」

 

「悪い、悪い。行こうぜ」


 法螺貝を置き、俺は歩き出したハワルの背中を追った。

 

 幅三百メートルを誇る畑の両端には同じ大きさの雑木林が残っており、その木陰が休憩場所になっている。


 樽に取り付けられた蛇口を捻り、木製のジョッキを水で満たす。


「かぁー! 水がうまい!」


 乾いた喉を潤していると後ろからチノに声をかけられる。


「あ、カズヒサ······うちにも一杯······お水ば······」


 振り返ったその瞬間、チノの身体が急に迫り、糸が切れた人形の様にこちらへと倒れ込んできた。


 持っていたジョッキは地面に落ち、水が飛び散る。


 しかし、間一髪のところでどうにかチノの身体を支えることができた。


「お、おい、大丈夫か!」


 返事はなく、荒い呼吸音が聞こえるだけだ。


 気を失っているチノの吐息、身体を抱えている掌から伝わる熱。それは布の上からでも分かるほど高いものだった。


 頚部を走る動脈に触れると、かなりの速度で脈を打っている。


「熱中症いや、熱射病になりかけてる······」


「おい、カズヒサ! いきなりどがんしたとや!」


「前に教えたろ。これが熱中症だ! それ貰うぞ!」


 すぐ傍で様子を唖然とした様子でこちらを見ていた、ハワルの手に握られたジョッキを奪い取り、中身の水をチノにかけるて身体を冷やす。


「皆! 俺が戻るまでしばらく休憩しててくれ!」


 そう叫びつつ、手渡されたもう一杯のジョッキをひったくるように受け取り、さらに水をチノに浴びせ、熱を帯びたその身体を背負う。


「ハワル! その馬を空の荷車に繋いでくれ!」


「わ、わかった!」


 指示を受けたハワルは繋いであった素早くロープを解くと、馬に跨ってすぐさま荷車の方へ向かった。当然、その後を俺も駆け足で追いかける。

 

 畑の中心を走る、周囲より一段高く作られた一本道に到着すると、すでにハワルは荷車と馬を繋げ、金具と綱を結ぼうとしていた。


「ハワル! もう乗って良いかっ?」


「おう! あとは固定するだけやけん、早う乗れ!」


「わかった!」


 チノの身体を一度降ろして、前に抱きかかえて荷車に乗せる。


「できたぞカズヒサ!」


 荷台に乗り込むとほぼ同時に、ハワルは地面を強く蹴って馬に跨った。


「ドーラフ婆んとこで良かとや?」


「いや、それじゃ駄目だ! それに今日は八番の森に薬草取りに行ってる!」


「こがん時にあの婆さん何んしよっとや!」


「だから、六番洞窟に向かってくれ!」


 俺の代案に、ハワルは一瞬考えた様子を見せたが、すぐに納得した表情になる。


「あぁそうか! そいぎ飛ばすけん、チノばしっかい抱えとけよ!」


「おう、頼んだ!」


 ハワルは勢いよく手綱を振るい、掌で馬の尻を強く叩いた。


 勢いよく走り出した荷馬車は、酷く揺れる。


 ただそんなことを気にしている暇はない。先程まで赤くなっていたチノの頬から血の気が引き、青白くなり始めていたからだ。


「おいチノ、しっかりしろ! ハワル、もっと飛ばしてくれ!」


「わかっとっさ! この先んとこで車の跳ねっけん、口開いとっぎ舌ば噛むぞ!しっかい掴まれ!」


 その返答の次の瞬間、衝撃と共に荷車が跳ねる。


「ぐっ······」


 右手でチノの肩を強く抱き寄せ、左手で荷車を掴んで跳ばされないようにどうにか耐える。


 そんなやり取りを数度繰り返し、約五分程で六番洞窟に到着した。


「応急処置は俺がやる! ハワルはドーラフのばっちゃんを連れて来てくれ! あと、水と塩も!」


「分かった! 八番やったよな!」


「そうだ! 頼んだぞ!」


 以前と荒い呼吸をするチノを荷台から降ろして抱きかかえて、洞窟に向かって全速力で走る。


「すぐに楽にしてやるから、頑張れ······チノ」


 入り口を隙間なく塞いでいた木の板を蹴り倒して中に入るも、中には同じように木の板張られてあり、今度はそれを掴んで引き倒す。



「うっ······」


 倒れた木の板の隙間から溢れ出す大量の大鋸屑おがくずが宙に舞い上がり、細かな粒子が目に入る。


 だがそんなこと気にしてはいられない。すぐさま腕を伸ばして大鋸屑の奥にある板を押し倒した。


「うし、溶けてねえみたいだな······」


 板のあった隙間から漏れ出てくる冷気。大鋸屑に足を取られそうになりながら歩みを進めて中に入ると、そこは壁一面に氷が張っていた。


 ここは氷室だ。冬に雪が降った際、ハワルやゾン達に雪を集めさせて作った。


 内側の板を全て倒し、溢れても尚厚みを保っている大鋸屑の山の中にチノを寝かせる。


 そして、板を手に取り、何度も氷の壁の歪に出っ張った部分を何度も叩いて、どうにか氷の欠片を採取する。


 だが、直接身体に触れさせると凍傷の危険もあるため、このままでは使えない。


 仕方ないためシャツを脱ぎ、少し躊躇ためらいつつも縫い目を裂いてそれを何枚かに分ける。


 その布切れで氷を包み、チノの後頭部と太い動脈が流れる頸部、腋下部、大腿部の付け根に氷をはさむ。


 今できる処置を施し、交換のための氷を砕いていると、後ろから微かに声が聞こえた。


「さ、寒かぁ······」


 譫言うわごとのようだが、どうにか声が聞こえ安堵する。


「チノ! おい、しっかりしろ!」


「ん······カズ······ヒサ? 」


「はぁ······どうやら気が付いたみたいだな」


「あれ、うち、どがんしたと?」


「熱中症だよ。ったく、倒れるまで働こうとするなっての。で、気分は?」


「うぅ······頭の割るうごと痛かぁ······そいに吐くごた······」


 苦しそうな表情だが、どうにか受け答えはできる様子だった。


「だろうな、しばらくここで安静にしてろ。今、ハワルがドーラフのばっちゃんを迎えに行ってる」


「うん······そがんする」


 流石に強情なチノも、吐き気と頭痛にやられたのか幾分か素直だった。


「ていうか、何でカズヒサは裸になっとーとね?」


「それはどーでも良いんだよ。ほら、溶けてるだろうから氷の交換するぞ」


「えっ、氷? なんで氷のあっと? ていうか······寒かばってん、ここはどこね?」


 氷のおかげで頭が冷えたのか、徐々に思考が回り始めたようだ。


「あぁ、氷室ひむろだよ。ハワル達に冬に降った雪を集めて貰って、押し固めて貯めといたんだ。本当は、芋の収穫を祝う収穫祭の時にお披露目するつもりだったんだけどな」


「そうやったったいねぇ······」


 チノは外から入る光に反射する氷を眺めならそう呟いた。


「っと、そういやだいぶ冷えてきたんじゃないか?」


「うん、ちょっと寒うなってきたごた」


「わかった。だけど毛布なんてここにないからな、これで我慢してくれ」


「え?」


 俺の返答に疑問の声を上げるが、それを無視して大鋸屑を抱えてそれをチノの身体に被せる。


「だいぶマシになっただろ?」


「う、うん」


 元々、断熱材として使っていた物だ。この部屋の冷気を含んでいるし、チノの身体から出る熱で丁度良い塩梅になるはずだ。それに、太い動脈さえ冷やせさえすればそれで問題はないだろう。


 ミノムシ状態のチノの身体に当ててある氷を交換するために、大鋸屑の中に手を突っ込んで布を回収する。


「ちょ、カズヒサ、どこば触りよっとね!」


「しょうがねえだろ、氷をそのまま当てるわけにもいかないんだからよ」


「そうばってん······取り方のあるやろうもん」


 暗くて良く分からないが、全身の血管の拡張が収まったのか顔に血色けっしょくが戻ってきたようだ。


「はいはい。取り合えずこれ腋に挿めとけって」


 そんな言い合いをしているとハワルの声が遠くから聞こえた。外に出るとドーラフとその孫娘が馬から降りるところだった。


 それから、ドーラフの加護の力でチノを治療してもらっている間に、騒ぎを聞きいたゲレルが駆け付てきた。


 治療が終り、チノと俺は家に帰ることになった。


 収穫作業の指揮を二人に引継ぎ、俺がチノの看病をするようにとゲレルに言われたからだ。


 身体に着いた大鋸屑を払い落とし、濡れた衣服から着替えるために乾いた服と手拭いを渡して俺は外にでた。


 空を見上げると雲一つない澄んだ青空が広がり、森で鳴いている蝉達の大合唱はここまで聞こえている。


 しばらく空を眺めて時間をつぶして、戸をノックする。


「もう入っても大丈夫か?」


「うん、もうよかばい」


 その返答を受けて戸を開けると、着替えを終えてたチノがベットで横になっていた。


「気分はどうだ?」


「だいぶ落ち着いたばい。心配ばかけてごめん」


「そうか。はぁ······倒れる前の休憩の時、無理せずに休めよって言っただろ?」


「うん······」


「俺が住んでいた国では、一年間で数百人が熱中症で死んでるんだ。ここよりもっと暑い場所に長い間住んでて慣れている人達でこれなんだ。暑さで俺達は簡単に死ぬ。だから、熱中症を甘く見ないでくれ」


「うん······気を付ける」


 耳が垂れているチノの表情から反省の色が見えたため、これ以上とやかく言うのはやめにすることにした。熱中症を身をもって知ったのは他でもなくチノ自身だからだ。


「どうせまだ頭が痛いんだろ? 明日、明後日くらいまで続くから安静にしとくんだぞ」


「えー、そがん続くと?」


「経験者が言うんだ。間違いない」


「カズヒサもなったことあるったいねぇ······」


「あぁ、子供の頃にな」


 そう口にした時、まだ子供の頃の事を思い出す。


 かくれんぼの最中に、暑さにやられて倒れているのを妹と同い年の幼馴染に見つけられ、医師免許もないにもかかわらず生理食塩水を点滴されるという事があった。


 当時は医者の娘スゲーくらいにしか考えていなかったが、今考えてみると自分が良く生きていたなという恐怖を感じ得ずにはいられない。


「そういや、あいつ医学部に行ったんだよな······」


 あいつが医者になると考えると、ハッキリ言って不安でしかない。


 今頃何をしているのだろうかとふと考えていると、隣から発せられる微かな寝息が鼓膜を擽った。


 その寝顔は酷く疲れた顔をしていて、その心労が伺える。


 きっと熱中症になるまで働き続けたのも、ちゃんと皆が食べていける分の白芋が実っているか不安だったからだろう。


「安心しろ、ちゃんと育ったよ」


 眠る少女の白銀の髪を一度だけ撫でて、俺はそう声をかけた。




***




 大ハルツァガ山の麓。


 大きなリュックを背負う、若い女が一人そこに立っていた。


「ここがどこだか分らないけど、必ず見つけるから······待っとって······和にぃ」


 女はそう呟くと、草原の中を当てもなく歩き始めたのだった。



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