第七話【どこの世界でも女は強い】
春の陽光を全身にうけ、それを喜ぶように子供たちは駆け回っている。
白い石灰岩を歪ながらも隙間なく打ち付けられた斜面の下では、澄んだ水が徐々に溜まり始めていた。
ため池が完成して三日が経過した。
それでも尚、俺達の肉体労働の日々は終わりを迎える事はなかった。
開拓して耕した畑の隅々にまで届ける用水路を建設しなければ、ため池など無用の長物でしかない。
だが唯一救いなのは、これがこれまでに行ったどの作業よりも楽で、終わりが見える事だった。
紐で幅を決め、更に二本の紐を用水路が通るルートの両端に沿って張っていく。
紐の間にある土を掘り起こし、軽く叩いて慣らす。
その中に木枠で作ったU字溝を入れていくだけという、簡単な(?)お仕事だった。
一日の木枠の生産量にも限度があるため、一日分が終ればその日の仕事は終了となる。
用水路作業が早く終わると、自然と女性陣の作業場へ行ってU字溝の製作の手伝いに行って手伝っていることから、モングールの皆が働き者なのだなと再認識させらる。
「いやー、モングールの男衆はすごいな。疲れてるはずなのに、何も言わなくても木枠作りの手伝いに行くんだからさ」
今日の分の木枠、もといU字溝が無くなったことで作業が早く終わったため、新しく作った農具の目録作成や、食料状況を把握するために、チノ、ソル、フイテンが作業している役場に来ていた。
「はは、そりゃそうですよ。うちの一族は女性が強かですけんね、手伝わんぎ後で怒らるうですもん」
「あーやっぱりそうなのか。うちの家もそうだったよ」
「カズヒサさんの居った元の世界でも?」
「おう、うちは親父より母さんの方が強かったなぁ」
「どこの世界もそいは変わらんごたですね」
フイテンと、くだらないことを話していると頼んでおいた資料をチノが持ってきてくれた。
「もう二人とも仕事中ばい? それに、うちらはそがん怒ったりせんさ。はい、食料の帳簿と、農具の奴で良かったばいね?」
「おう、ありがとな」
俺達に軽く釘を刺すと、チノは羊皮紙の束を俺に渡してくれた。
「さて、食糧の残りは······?」
俺達が一日に消費する羊は六頭から七頭だ。本来は、この中にチーズなどが入るのだが今は生産量が極端に少ないため、肉が主食となっている。
食料の消費具合は、おおむね予想されている値を推移している。
これを見るたびに、エクセルがあれば便利なのにと思わずには居られない。
(ズレてたら事だしな。一応、現物と照らし合わせとくか······)
そう思ってたのなら、確認するしかない。
「ちょっと外に出てくるわ」
「うん、行ってらっしゃい」
チノに見送られ、俺は羊皮紙を持って食料庫に向かった。
向かったとは言ったものの、食料庫は役場の真向かいの建物の地下だ。
木造の建物では、どうしても温度が安定しない上、虫やネズミたちに侵入されやすい。
そのため、地面に穴を掘って建物を作り、そのまま埋め戻したのだった。
暗い食料庫の中に入り、光石に明かりを灯すと、吊り下げられた羊の干し肉達がお出迎えしてくれる。
「この数は骨が折れそうだなぁ······」
約、二千五百もの羊がぶら下がっている羊を数えるのに、どれくらいの時間が掛かるだろうかと考えるが、無駄なのでさっさと始めてしまおう。
腕時計の長針が一周するよりもやや早く、ぶら下がっている肉を数え終えることができた。
「······多いな。でも十ずつ仕切りを作ったから、間違いは無いはず······」
多い分には良いか。と、最初は思った。だが、余りにもその数が多すぎる。
食料残の推移にはかなり注意を払っていたはずなので、数のずれは無いと思っていたのだが、逆に推移より百頭以上も数が多いとなると話は別だ。
この消費の少なさでは栄養失調の可能性も出てくる。
だが、誰もそれについて何も言わないし、殆どの皆と毎日顔を合わせているが痩せた者がいる印象は無い。
「うーん、一応チノに聞いてみるか」
食料庫から出ると空は橙色に変わっていて、今日という日が終わりを告げようとしていた。
役場に戻ると、俺がやろうとしていた農具目録の追加をソルがやってくれていた。
「なぁ、チノ」
「どがんした?」
羊皮紙に書き込みをしていた手を止めて、チノは顔を上げる。
「今、食料庫の羊を数えてきたんだけど、羊の数が帳簿より多いんだよ。何か知らないか?」
一瞬チノの顔が曇ったように感じたが、すぐに問いに対する返答がなされる。
「その肉の事なら、外に見張りば出しとるやろ?」
「あぁ、弓が上手い六人で巡回させてるな」
バリケードの外には、弓が上手い数名でバリケードに異常は無いか巡回させている。
「あいどん達が、たまに猪ば射って持ってくるとよ」
「そういう事だったのか。でも危ないからちゃんと報告してくれよな」
「ごめん、次からそがんすっけん。カズヒサが忙しそうにしとったけん、こんぐらいの事ば報告せんで良かって、うちが言ったとよ」
族長であるチノにそう言われたら、モングールの皆はきっと従うだろう。
だが、余剰した肉の量は、たった六人が狩れる猪の頭数を優に越えている。
しかし、これ以上の追及をしようとは思わなかった。チノが嘘を吐いていたとしても、俺に言う必要が無いと判断されたことだから。
まぁ、少ない分には口出ししない訳にはいかないが、余剰している分には構わないだろうと自分を納得させる。
「二人はまだ、何かやることはあるか?」
「いえ、今日の分は特に無かですけど」
「うちもです」
ソルとフイテンは首を横に振って答える。
「じゃ、そろそろ飯もできてるだろうし、今日の所はお開きにしようぜ」
「わかりました」
「はい」
それぞれ持っていた資料を片付け、役場の外に出る。
「はぁー、お腹空いたねー」
物書きをしていたチノは、身体の強張りをほぐすように伸びをしている。
「そうだな。混む前に行こうぜ」
「うん!」
一緒に食事を取り、一緒に家に帰って、交代に湯を沸かして身体を拭いたら、もう眠るだけ。
チノと他愛もない話をしながら、ゆっくりと迫り来る疲労感と睡魔に身を預けたら、いつの間にか朝になっている。
この繰り返しの中で、俺達は一歩ずつ前に進むのだ。
どんなに疲れようとも、見たいテレビも、やりたいゲームもできない長い夜を、睡眠に当てれば体力は回復する。
元に世界に居た頃に比べると、恐ろしい程に健康的な生活だ。
寝床に転がった俺は、今日も睡魔に飲み込まれていく。
明日の朝に誘われるように。
夜更けの暗い森の中で、いくつかの光石の明かりが灯っていた。
普段は流れている川の流れは今は無く、深い部分に滞留した水だけが残されている。
光石の光の下では男達が話すことも無く、ただじっと深い森の方を見つめていた。
「来たぞ」
木々の枝々が揺れ動く音が徐々に近づき、終にはその姿を現した。
光石の明かりに、白銀の毛並みが照らされて力強く輝きを放つ。
「今日は早かったな、チノ」
その声の主はゲレルだった。
口元を鮮血で汚した白銀の狼は、加えていた猪を男達の前に下ろす。
『そがん遠くなかとこに群れの居ったけんね』
チノと呼ばれた白銀の狼は、人の言葉で答えるとさらに続ける。
『うちは着替えてくるけん、そいば皆で捌いとって』
「あぁ、暗かけん足元に気を付けろよ」
それだけ言うと、ゲレルは腰に差した小刀を抜いて猪の方へと向かい、狼は森の中へと姿を消したのだった。




