第六話【新緑の息吹】~諸行無常の確定事項~
しばらく暖かい日が続いたおかげか、小鳥たちの囀りが耳に届くようになった今日この頃。
種蒔きを終えた俺達は、しばらくゆっくりとした時間を過ごしている······わけがなく。
俺を含める男衆達は歯を食い縛り、全身の筋肉を隆起させて肉体労働の日々に追われていた。
長い木の杭を地面に打ち込む者や、穴を掘る者、石や土を運ぶ者達の掛け声が雑然と周囲に響き渡っている。
真っ直ぐと深く打ち込んだ木の杭を枕にするようにして、斜めに穴が掘られた地面へと木の杭を据える。
穴と杭のサイズはゆとりが設けてあり、完全に固定されているわけではない。
「うっし、丁度ダボの部分だ! 一旦、杭を上げて土を盛るぞ!」
「「おう!」」
普段は石を釣り上げて杭を打ち込む機械からロープで固定された石を外し、木の杭に結び変えて持ち上げる。
「おーいナマル! こっちに土を頼む!」
「あいよっ!」
土を満載した荷馬車を操縦していたナマルに声をかけると、威勢の良い声が返ってきた。
木を削りだして作ったシャベルで持ち上げた木の下に土を入れる。
「一度、タコで固めるぞ! ナマル、土をその辺に降ろしといてくれ」
「「おう!」」
「あいあーい、了解だ!」
適当な長さに切った丸太に、持ち手を付けた道具を二人一組で持って、地面に打ち付けて行く。
ある程度固まった所で道具を叩き棒に持ち替える。
初めは鈍い音がするが、徐々に金属質な音に変化していくため、それまで粛々淡々とひたすらに叩き続ける。
それを斜めに打ち込む杭を支えられる高さになるまで繰り返す。
これらが終って初めて、木の杭を固定する事ができるのだ。
垂直に立つ杭を斧で斜めに荒く削り、穴にダボを打ち込んで。その上から斜めに杭の穴に慎重に入れて木槌で叩いて杭同士を固定する。
あとは、斜めの杭が入っている穴に土を入れて、先程と同様に周囲の土ごとタコと叩き棒で固めて、この一部分での作業は終了だ。
これをあと何十回も繰り返し、その杭同士に横板を張っていく。
そして、上から土を被せて固め、崖の裂け目から噴出することで出来た小さな湖を囲い、そこから流れていく川を完全に塞き止めれば溜め池の完成となる。
「次行くぞ、次!」
「「おう!」」
種蒔きで細かい作業が続いたせいか、男衆達は割と活き活きと作業を行ってくれている。
また、開拓したエリアをぐるりと囲うバリケードを設営した経験から、皆の作業の速度は予想よりも速いペースだった。
「これなら麦踏前には終わりそうだな」
ほんの数メートル離れた場所には、目印用の小さい杭が打ってあり、杭を入れる穴を掘っていく。
穴の準備が終ったところでタイミング良く、打ち込む用の杭と、土を積んだ荷馬車が戻って来た。
「カズヒサ―、もうすぐ昼飯ができっけん、切りん良かとこで食べに来いって炊き出しの班が言いよったばい」
「そうか、そんじゃ穴も掘り終わったし、昼飯休憩だな」
そう言うと、俺が担当している班のメンバー達は嬉しそうに伸びをする。
「そんじゃ、手を洗って飯食いに行こうぜ」
皆はそれぞれ手に持っていた道具を置き、川の方へと手を洗い行く。
目の前にある小さな湖で手を洗わないのは、飲用に使用する水を汚さない為だ。
ちなみに、同時進行で裂け目から噴き出ている水を引く為の、木製の水路がゲレルの指揮の元で建設中である。
川で手を洗っていると、ハワル達の班がやってきたため、一緒に食堂に向かうことにした。
「にしても、ここに来たばかりん時は、どがんなっとやろうかって思いよったばってん、意外と形になるったいな」
ハワルは周囲を見渡しながら話すと、ナマルもそれに同調する。
「ほんなごてばい。最初、この辺の木ば全部切るってカズヒサが言い出した時は驚いたぞ」
「そうそう、一生木ば切り続けるとやろうかと思ったばってん、ちゃんと終わったもんな」
「やることなすこと最初は驚かされたばってん、畑もできたし、家も建った。今じゃ、うちの親父もカズヒサの言う事ば聞いとけってうっさかばい」
「最初は、よそ者って近寄りもせんやったくせにな」
二人は笑いながら俺の肩を叩く。
「ほんと、一緒に来てくれてありがとな、ここまで来れたのもカズヒサのおかげばい」
「カズヒサの居らんやったら、一揆起こして死ぬか、飢え死にかのどっちかやったけん皆も感謝しとっぞ」
二人からの感謝の言葉に、涙腺が微かに刺激される。だが······。
「お前ら······もう、やることは全部終わったみたいな雰囲気出してっけど、溜め池が完成しても、やらなきゃいけないことの三分の一すら届いてねえぞ?」
「「えっ?」」
二人とも目をキョトンとさせて、間抜けな声が吐き出される。
「当たり前だろ。溜め池ができたら用水路っていう、水を畑へと通す道を作らないといけないからな。それに、外にもう一本湧き水出てるとこがあるから、バリケードを拡張して、もう一つ溜め池を作る予定だ」
「え、本気か······?」
「冗談やろ?」
俺は首を横に振りつつ、深く息を吸って二人の問いに答える。
「十割十分本気だ。あと一、二年は肉体労働の日々が続くから覚悟しとくんだな。さぁ、さっさと飯食って作業を再開すんぞ?」
「······お、おう」
「わ······わかったぁ」
死んだ魚のような目になった二人は、フラフラと食堂の方へと歩いて行く。
そんな二人の背中を追っていると、種蒔きを終えて二週間ほどが経った畑の前に差し掛かる。
畑一面に芽吹いた新緑達は、日を追うごとに力強く成長していく。
「······春だなぁ」
あと一、二週間も過ぎれば畑の土を覆い隠す程に成長してくれることだろう。
いつの間にか、厳しい冬は終わりを告げ、季節は春へと移り変わっていた。
清々しい春の優しい風と、陽光を感じ取った俺はこう思わずにはいられなかった。
大学留年確定······と。
そんな事もお構いなしに、無常にも時は流れていく。取得した単位たちと共に手の届かぬ遠い所へと。
頬を走る一粒の雫は、春の風と共にどこかへと流されていったのだった。




