第一話【種蒔き】
日の出を迎えたばかりの、まだ寒さが残る早朝。
俺を含むモングール族の全員が、役所前の広場に集まっていた。
チノが設置されている壇上に登って挨拶を済ませると、俺の名前が呼ばれて今日の作業の内容を説明するように指示された。
何か新しい事を始める度に毎回やる事だが、この世界に来た当初と比べて気心が知れてきたとはいえ、未だに三百人以上の人々の前に立つのには慣れない。
まずは深呼吸、そして丹田に力を込め、大きな声で言葉を紡ぐ。
「おはよう、皆には昨日まで畑で小麦と白芋を育てるための畝を作る作業に当たって貰っていたが、予定通り昨日でそれが終了した。俺もやっていたから分かるけど、大変な作業だったと思う。従事していた男衆の皆、取り合えずお疲れ様」
俺の言葉に男衆の皆から俺を茶化すものや、宴会を要求する野次がいくつか飛んできたが、手を軽く振ってそれらをあしらう。
「あーうるせぇ! 畝作りは終了はしたが、あくまで小麦と白芋だけだ。やることはまだまだ沢山あるし、ずっと続く」
どうにか男衆を黙らせ、説明を続ける。
「これから数日間は小麦の種蒔きを行うことになる。だから今日のためにある道具を女性陣に準備してもらった。ハワル、持ってきてくれ」
打ち合わせをしていたため、二人は道具を手にこちらに歩み寄ってきた。
ハワルが持ってきたのは、グラウンドなどで野球部員が使っているトンボの先に複数の棒が取り付けられたような物だ。
取り付けられた棒の先端から三センチメートルまでは無着色だが、それより上の数センチメートルは赤い塗料が塗られている。
「これは畝に種を入れる穴を開ける道具だ。先端の色が塗られていない部分だけ土に突き刺してくれ、赤色に塗られているのは、それ以上深く掘らないための目印だから気を付けてくれ」
ハワルが皆によく見えるように道具を高く掲げる。
「それと、種は一つの穴に一粒ずつ入れるようにしてくれ」
本来は、一つの穴に二、三粒ずつ種を播いて行く。一粒でも全部の種が発芽しても、一カ所から実る小麦の量はそれほど変わらない。なぜなら、種子を養う土壌内の養分を奪い合うからだ。それは水田の稲も同じことが言える。
ならばなぜ、数粒を同じ穴に播くかというと、小麦の種子に余裕はあるが、それを育てる土地に限りがある。
しかし、俺達の場合は小麦の種子に余裕はないが土地に余裕がある。一カ所が発芽しなくても他の種が発芽してくれれば良いため、今回は一穴に一粒ずつ播くことにしたのだ。
「作業は、穴開けが一人、種蒔きが二人の三人一組で行ってもらう。事前に種蒔きのやり方を教えておいた奴らに班分けは任せてあるから、班長に名前を呼ばれるまではその場で待機しておいてくれ。俺からは以上だ、班長達はすぐに班分けを始めてくれ」
そう言い終えると、三十人程の班長たちがすぐに前に出てきて担当する人の名前を呼び始めた。
「おーい、カズヒサー!」
「どうしたハワル?」
背後からハワルに声をかけられたため振り返る。
「どうしたって、お前の班員を連れてきたに決まっとるやろ?」
「あぁそうか、ありが······ん?」
そういえば自分の班のメンバーを知らされてなかった事に気が付き、気の利いた事をしてくれたハワルに礼を言おうとした時だった。
その背後に引き連れてきている者達の存在を見て、思わず紡がれていた言葉が止まる。
「稀人の兄ちゃん! ガルだよっ!」
「ムスだよっ!」
そう言ってハワルの後方から飛び出てきたのは、ゲレルの双子の孫であるガルとムスだった。
飛び掛かってくる二人を両腕で受け止めたままハワルに視線を向ける。
「おいハワル、俺は子守を引き受けた覚えはないんだが?」
ハワルの後ろに居るのは、元服まで数年程はかかりそうな子供たちばかりだ。
「何日か前、班分けの相談に行ったら、適当に決めといてくれって言うたとはカズヒサやろうが」
「そうばってん、こいじゃ作業にならんやろうもん?」
予想だにしていなかった状況に、思わず言葉に方言が戻る。
「こいどんも、やる気はあるけん大丈夫やろ。じゃ、おいは自分の班があっけん戻っばい」
そう言ってハワルは、子供達に俺の言う事を聞くようにと言い残して、こちらを振り返る事無くこの場から立ち去ってしまった。
無邪気に笑っている子供たちを見て、先が思いやられると俺が溜息を付いていると、小さな掌で背中を優しく叩かれる。
「そがん溜息ばついて心配せんでも大丈夫さ」
チノは特に焦る様子も無く、俺にそう声をかけてきた。
「いやそう言うが、元服を控えた二人以外はやんちゃ盛りのチビっ子だぞ?」
「大丈夫やけん、早う道具と種ば貰って畑に行くばい」
あまりにもチノがそう断言するのため、押された俺は素直に引き下がる。
「はぁ、わかったよ。ほらチビども、道具を持って畑に行くぞ」
「「「「はぁーい!」」」」
無邪気なチビッ子たちは、これが仕事だと深く考えてない様子の声が返ってきたので、俺は不安を増しながらも畑に向かったのだった。
畑に着いた俺の不安は一瞬にして消え去った。
目の前では、あの無邪気にはしゃいでいた子供達が一心不乱に、開けられた穴の中に一粒ずつ種を播いて土を被せる作業を行っている。
なぜ、子供達がこのような事になっているのかというと、それはチノが発した一言が原因だ。
それは······「言うことば聞かん子は、ボルテ・チノア様に食べられるばい」
そのたった一言を聞いた子供たちの無邪気な笑顔は引き攣り、瞬く間に顔を青ざめたかと思うと、言われた通りに黙々と作業を始めたのだった。
ボルテ・チノアとは、彼らモングールが信仰している神狼であり、守り神として崇拝する対象であると同時に、罪に対して罰を与える畏怖の存在でもあるのだそうだ。
つまり、モングール族の子供達にとってのボルテ・チノアとは、日本の子供でいう所のナマハゲや口裂け女のような扱いである。
「ね、言うたやろ?」
隣の畝を担当しているチノが微笑みながら声をかけてくるが、俺は苦笑いしか返せなかった。
「そ、そうだな」
子供達が恐れる白い狼に睨まれたような威圧感をチノから感じたため、俺も穴開け作業に集中することにする。
一つの畝は高さ十五センチ程で、幅がニ十センチ、それが六本で一グループとなる。
俺が畝に穴を開けると、ガルとムスが両サイドから種子を播くという寸法だ。
「ガル、ムス、疲れたならそろそろ休憩にするか?」
一心不乱に種を播いて行く二人にそう声をかける。
「休まん! おいは食べられとうなかもん!」
「おいも!」
二人はそう言って休憩を拒否すると、再び種蒔きを続行した。
恐るべしモングールの守り神。こんな子供たちにこれ程までの恐怖を植え付けるとは。
しかし、子供と思って侮っていたが、他の畝に居る大人たちより目の前に居るチビッ子たちの方が幾分かペースが早かった。
身長と腰への負担の差もあるが、子供特有の集中力が発揮されているらしい。
そんな子供たちおかげもあってか、全て手作業で行うために一週間程かかると思っていた、大樽十数個分に渡る春小麦の種播きは、人海戦術の甲斐あって四日間で終了したのであった。
拝啓、家族のみんなへ
春もすぐそこまで迫った今日この頃、如何お過ごしでしょうか?
私は先日、ようやく春小麦の種蒔きを終えてホッとしている最中でございます。
うちでは小麦は育てていませんが、何故倉庫の中に麦の播種機があったのかが未だに謎に感じています。
今年は小麦の種蒔きで腰をやりそうになった人たちが多数出たので、来年までに手押し式の播種機の開発に乗り出そうと思います。
この話は長くなりそうなので、この辺で失礼したいと思います。
暖かくなってきたからといって油断せずに、お体にお気をつけてお過ごしください。
敬具
山口 和久




