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農大生の俺に、異世界の食料問題を解決しろだって?  作者: 有田 陶磁
第三章【未来へ繋ぐ種 生命の息吹】
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プロローグ【引っ越し初夜】

新章スタートです。




 荷馬車に乗せられた荷物を、両腕に抱えて木造の建物の中へと運び込む。


 元々、草原を流浪する民だけあって必要最低限の家具しか使っていないため、往復する回数はそれほど多くは無かった。


「荷物はこれで全部だな······っと」


 最後の荷物を運び入れた俺は、じんわりと額に浮いた汗を手の甲で拭う。


 その様子を見ていたチノが、微笑みながら声を掛けてきた。


「ふふ、お疲れ様。お茶ば作るけん、少し待っときんしゃい」


「俺も手伝おうか?」


「よかよか、カズヒサは重たか荷物ば運んでくいたけん、これぐらいうちにさせて」


「そうか、じゃあ頼んだ」


「うん、美味しかとば入れてやーけんね」


 そう言ってチノは、薬缶やかんを乗せたストーブがある土間の方へと向かった。


 土間用に作った草履にも慣れた様子のチノは、薬缶の蓋を開けて中を覗き込んでいる。 


 四畳程の土間と十畳無いくらいの寝室が一部屋。これが俺達の新居だ。


 ようやく予定された全ての住居が完成し、一族の皆が入居することができた。


 一応、隣接する家と家の間隔は、土地もあるため広めに取っている。


 家族持ちを優先した結果、俺達は最終引っ越し組となり、春も間近に迫った今日、俺とチノは新居に引っ越すことができたのだった。


 全開にした木窓から優しい陽光が差し込み、雨漏りに耐え忍んだここ最近の日々を思い返す。


「やっと、雨漏りから解放されるのかぁ······」


 そう呟いた時、お盆にお茶を乗せたチノが土間の方からやってきた。


「ほんなごてばい、まさかここまで雪と雨が降るとは思っとらんやった」


「しょうがねえさ、チノが居た地域は乾燥地帯だからな。雨も雪も少ないんだ」


 そう答えた時、「はい」っとチノからお茶を渡されたため、「ありがと」と言って木製のカップを受け取る。


「あー、うめぇ······あと、甘いお茶請けがあれば最高なんだけどなぁ······」


「そがん贅沢なもんは無かばい。でも、うちもカズヒサが作ったドナーツば食べたかー」


「ドナーツじゃなくて、ドーナツな。小麦粉が収穫できたらまた作ってやるよ」


「ほんと? そいぎ楽しみにしとくけん、約束ばい?」


「はいはい、分かってるって」


 静かな時間が過ぎてゆく中、外からは働く人々の声が聞こえてくる。


 今日は一日、引っ越しのために休日を貰ったのだ。


 一服を済ませた俺達は運び込んだ荷物の整理を再開した。


 二時間ほどで荷解き終了し、時計を見ると昼を少し過ぎくらいだった。


「腹も減ったし、飯を分けて貰いに行くか?」


「そうやね」


 現在、牛乳と羊乳と馬乳それと卵くらいしか食料の生産はできていない状況であるため、昼食は一族全員の分を纏めて作ることで食料の一括管理を行っている。


 朝、夕も材料の完全配給制ではあるが、元々同じような生活をしていた彼らからは、それ程大きな不満が出てくることは無かった。


 昼食を食べる場所は、食堂と言う名の屋根があるだけの簡単な掘っ立て小屋だ。そこで食事を済ませて家に戻った俺は、すぐに自分の寝床に寝っ転がった。


「カズヒサ、食べてすぐ寝るぎ馬になっとばい?」


「······ヒヒーン」


「もう、だらしなかっちゃけん」


 そう小言を呟いたチノだったが、それ以上の注意をしてくることはなく、黙々と針仕事を始めたようだった。


 今日は本当に天気が良い。外から入ってくる風は温かく春のものと遜色ない。


 そんな優しい風に頬を撫でられた俺は、いつの間にか眠ってしまった。


 



 暗い場所に俺は居る。


 足には地面の感触は無く、宙を漂っているような感覚だった。


『カ······ヒサ! どこに······とか!』


 微かに声が聞こえたと思った次の瞬間、次々と映像が目の前に映し出された。


『どこに行ったとや! 和久ぁぁ!』


『和久! 返事ばせんかぁぁ!』


 台風の中、合羽も着ずに必死に叫ぶ祖父さんと親父の姿。


『神様どうか和久ば返してください! お義母さん和久ば助けてください!』


 仏壇と神棚の前で必死の形相で祈り続ける母の姿。


 それはあまりにもリアルだった。

 映像が切り替わり、映し出されたのは泣きじゃくる妹と、その隣で茫然としている妹の同い年の幼馴染。


『お兄ちゃん······どうしてさっ!』


『絶対に私が······和にぃを······見つけるから······』


 目まぐるしく映像が切り替わっていく。映し出されるのはどれも暗い物ばかり。


 見たくない。だが目を離せなかった。


 胸は締め付けられ、胃が収縮して中身を逆流させようとする。


『どこ行ったとや和久······早う帰ってこんか』


 最後に映し出されたのは、夕焼けに染まった棚田を見つめる祖父さんだった。その横顔には一滴の涙が走り、祖母さんの葬式でたった一度だけ見た、あの時の表情と同じものだった。


 これ以上、見ていられるわけが無かった。


 その時、頭を優しく撫でられる心地よい感触が、俺を夢の中から救い上げてくれた。

 




「はっ!」


「ひゃっ!」


 悪夢を振り解いて目を見開く。陽光の気配は既に無いが光石の明かりのおかげで、チノの顔がすぐ近くにあるのが分かった。 


「······何やってんだ?」


「いや、その、うなされよったけん······」


 チノはすぐに頭から手を引っ込め、俯いてしまう。


 光量が足りないせいで良く分からないが、チノの顔が紅潮しているような気がした。


「心配して······その······えっと」


 ポツポツと歯切れの悪いチノの言葉が、不意に胸を指した。


「そうか、心配かけたな」


 残して来た家族の事を考えると、焦燥感に駆られる時がある。


 帰る方法なんて見つかってない。見つかってないどころか帰る方法を探す方法が無いのが現状だ。


「カズ······ヒサ?」


 帰らないと、だが、どうやって?


 考えて分かるのなら既に元の世界へ帰っている。


 思考が堂々巡りを始める。不安で心拍数が上昇し、額に汗がに滲んでいく。


「カズヒサ!」


「お、おう······どうした?」


「どうしたじゃなかばい、いきなり黙ったと思ったら青ざめて思いつめた顔ばして、呼んでも返事ばせんけん怖かたい」

 

「あぁ、ごめん悪かったな。もう大丈夫だから心配すんなって」


 口角を上げ、明るい口調で答えた俺は、チノの頭をワシワシと撫でる。


「もう、何ばすっとさ、せっかく櫛で髪ばさわいたとに!」


「ははは、つい」


 何度も繰り返したこのやり取りに、何となく安心感を覚えた。


「はぁ、ほんとにカズヒサは······嘘ば付くとの下手かっちゃけん」


 髪を手櫛で直しながら、呆れたようにチノはそう言った。


「おいおい、いきなり人を嘘つき呼ばわりかよ?」


「だってそうやろ?」


 チノは悪戯っ子を諭すように優しい声でそう言うと、俺の寝床に腰かけて頭を強く撫でてきた。


「さっきのおかえし。どうせ、怖か夢ば見たとやろ?」


 ニシシ、と悪戯っぽく笑うこの少女は、どうやら俺の心が読めるらしい。


「はぁ、チノには敵わねえな······夢に家族が出てきたんだ。皆、暗い顔しててさ、今頃すげー心配してんだろうなーとか思ったら、こう······胸に来るものがあってさ」


 そこまで言った所で、感傷的になった自分が何だか恥ずかしくなってきた。


 隣を見ると、どのように声を掛けたら良いのか分からないと言いたげな表情をした少女と目が合う。


「おいおい、どうしてチノがそんな顔するんだよ?」


「だって······うちはカズヒサに助けてもらってばっかいとけ、カズヒサが元の世界に帰るための手助いば、うちは何一つできとらん······」


「何言ってんだ。チノは、この世界で行き倒れている俺の命を救ってくれたし、その上、飢え死にしないように食事を与えてくれただろ?」


 隣で落ち込んでいる少女の背中を優しく二度叩く。


「野垂れ死に確定だったところを助けて貰ったんだ。俺がモングールの皆を助けるには十分な理由だろ?」


「でも······」


 口を噤んだチノが言おうとしたことは、表情や声色から何となく察することができた。


 今ここで俺が居なくなるという事は、農業のノウハウが全く無いモングール族にとっての滅亡を意味する。つまり、ここで俺という駒を失うのは大変困るのだ。


 きっとチノならオブラートに包んだ言い方をするだろう。だけどそれを十四歳の少女の口から言わせるのは、あまりにも酷な話だと思う。


 だから俺は、噤まれたその口から言葉が発っせられる前に、自ら口を開くことにした。


「帰る方法の手がかりどころか、この世界の事すら全然知らないんだ。まだまだ教えてもらいたいことも沢山あるからさ、いきなりチノの前から居なくなったりしないって約束する。だから、その、何だ、安心しろよ。な?」


「······うん」


 いつもの元気は無いが、返事が聞こえたので良しとしよう。


「明日は種蒔きだ。体力勝負なるから早めに寝た方が良いぞ?」


「うん、そうやね」


 チノはそう答えると不意にこちらに肩を預けてきた。


 甘い香りが鼻腔を擽る。


「お礼なら何だってするけん、うち達のことば見捨てんでね?」


 潤んだ瞳と目が合い、微かに動く血色の良い唇から声が発せられる。


 あと数年、チノが年を取っていたら押し倒していたかもしれない。

 

 チノはまだ子供。その根本的概念があったからこそ、俺は理性を保つことができたんだと思う。


 二十年間守ってきた童貞の琴線に、微かに触れる何かを感じながらチノに返答する。


「はぁ、チノは働いてないと悪い事ばかり考えちまうみたいだな。心配すんな、俺がチノ達を見捨てるような事はしないからさ。さっき言った通り明日は早い、だからもう寝な」


 俺の言葉にチノはコクリと一度頷く。


「その······一緒に寝たら······駄目やろうか?」


 突然な提案に驚いたが、いつも気を張って族長として振舞うチノだってまだ子供なのだ。


 甘えたい時期に両親が居なかったチノだ。幼児退行することだってあるのかもしれない。


「この前、一緒に寝てたら怒って俺を外に追い出しただろ」


「いや、この前のはいきなりやったけん、驚いたとさ······その、ごめん」


 チノは跋が悪そうに、歯切れの悪い言葉で謝ってきた。


「ったく、しょうがねえな。自分の毛布持ってこい」


「良かと?」


「あぁ、これくらいのお願いなら別に断る理由もないからな」


「ありがとう」


 チノはお礼を言ってはにかむと、自分の毛布を取って戻って来る。


 二人そろって横になると、寝床は少し狭かった。


「じゃあ、おやすみ」


「うん、おやすみなさい」


 向き合って寝るのはどこか恥ずかしくて、俺はチノに背中を向けて横になる。


 だが一向に眠くなることはない。こうなるのであれば、昼寝なんてしなければ良かった。


 不意にチノに背後から抱き締められる。


 微かではあるが、柔らかい感触が背中から伝わってきた。


 邪念は捨てろと自分に言い聞かせていると、背後にいる少女から言葉が発せられた。


「······暖かい」


 たった一言。そこから少女が声を出すことはなかった。


 すぐ後ろから、静かで安らかな寝息が聞こえてくる。


 その寝息を聞いていると、邪念は薄れていき、徐々に眠気が襲ってきた。


 眠りに落ちていく意識の中で俺は思う。


 俺がこの地を離れるその日まで、この寂しがりやの少女の隣に居てあげたいと。



 


次回から農業スタートです。

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