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農大生の俺に、異世界の食料問題を解決しろだって?  作者: 有田 陶磁
第一章 草原の月 狼の少女
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第三話【帝都の関所 ~うわっ・・・俺らの人頭税高すぎ・・・?~】

第三話【帝都の関所 ~うわっ······俺らの人頭税高すぎ······?~】



 チノと初めて出会ってから、一ヶ月近い時が流れた。


 その間に俺達は六回の移動を果たし、チノの話によるともうすぐ帝都に着くとのことだ。


 ガタゴトと揺れる荷馬車は今、果てしなく広がっていた草原を抜け、ここ数日間は地平線の先まで続く麦畑の中を進んでいる。


「ほら、カズヒサ見えて来たよ。あれが帝都たい」


 その言葉で、麦踏が行われている青い麦畑に向けられていた視線を地平線の方へと移した。


「あれが、帝都か······」


 王都の外周ををぐるりと囲んでいるという石の壁は、地平線から頭を出しただけにもかかわらず、既に凄まじい威圧感を放っている。


「そういや、帝都に着いたら何するんだ?」


「色々たい。役人に挨拶して今年の税ば払わんばし、うちらが移り住むカースド大森林までの道案内ば紹介してもらうことにもなっとる。他にも麦の種とか、野菜の種とか、畑ば耕す道具とか買わんばいかん」


「へえ、色々と大変なんだなぁ······ふぁぁ」


 まだ数ヶ月間は続く厳しい冬の中に現れた小春日和。


 優しい陽光を放ち続ける太陽は、冷えた俺の身体を強制的に温めて間抜けた欠伸を誘ってくる。


 そんな俺の様子を見たチノは、むっとした表情になって抗議してきた。


「大変だな、じゃなかばい! カズヒサはうちと一緒に役人の所に行って貰わんぎいかんっちゃけん!」


「はぁ? 何で俺が!」


「カズヒサの言葉は綺麗かけん、役人の相手ばして欲しかとよ。税を取る時のあのもん達は、羊ば襲う狼より狡猾こうかつやけんね」


 事情を笑って説明するチノの表情は、その笑顔とは裏腹にどこか闇を含んでいる様子だった。


 そう言えば以前、チノから聞いた覚えがある。帝都の人間はモングールの言葉を疎んでいると。


「まぁ、精々役に立てるよう頑張るよ」


「うん、ありがとね。そう言ってくれると心強かよ」


 無理に笑顔を作っていたチノがそう答えた頃には、いつもと同じように元の屈託の無い微笑みに戻っていた。


 他愛も無い話を一時間程続けていると、帝都に入るための関所に到着した。


「純粋な人間以外の人頭税は高っかけん、帝都内に入れるのは数人だけ。けど、うちらの中に好んでこの中に入ろうとする者もおらんけどね」


「まぁ······そうだろうな」


 帝都に入ろうとする荷馬車のの列に並ぼうとした時点で、周囲から向けられている視線が友好的な物では無いというのは薄々と感じていた。


 それに人頭税が高いのも、帝都内に入る異民族の数を制限して、反乱を防止する意味合いもあるのだろう。


 列に並び初めてから、三十分ほどで検問の順番が回ってきた。


 チノは木箱から一枚の羊皮紙を取り出し、怪訝そうな表情を浮かべている検問官に差し出す。


「けっ、亜人かよ······それで、人狼族が帝都に何の用だ?」


 羊皮紙を見た検問官の男は、ぶっきらぼうな声でチノに問いかける。


「税の支払いと、移動の報告ばしにきたとです」


「後ろの荷車は?」


「税で収める羊毛と毛織物、それにチーズが乗っとるです」


「他に納めるはずの羊と牛は?」


「毎年、市壁の外にある王立牧場に納めるようになっとるですけん、一族の者が代理で行っとりますです」


「ちっ、一人頭······十シルずつだ。早く払って入りな」


 罠に嵌めて憂さ晴らしでもするつもりだったのか、検問官の男はバツが悪そうに舌打ちする。


 何事も無く通れるのかと思ったその時、青ざめた様子のチノが困惑した声で検問官に問いかけた。


「な、なんで······? 去年は七シルで通してくれたやなかですか!」


「何だ? 知らねえで来たのか? 全く、これだから田舎者の亜人族は困るんだ」


 検問官はニヤニヤと笑いながら罵倒し、さらに続けた。


「増税だよ。西の方の亜人族が凶作で税を納めることができないんだとよ。それで、お前ら亜人族は連帯責任を取らされて増税ってわけだ。俺の言葉は通じたかい? 人狼族のお嬢ちゃん?」


「そ、そんな······」


 肉食獣に追い詰められた草食獣のように絶望した表情を見せるチノ。どうやら請求されている人頭税が酷く高い金額のようだ。


「おいおい、どうした? まさか払えないって言わねえよなぁ? 人頭税が払えないんだったら、税を納めに行けねえよなぁ。物があるのに税を納めないのは反乱の準備と勘違いされてもしょうがねえよな?」


 酷く困った様子のチノを見かねた俺は、策を考えるよりも早く検問官に声をかけていた。


「あ、ちょっと待ってくれ······俺は検問官殿と同じ純粋な人間だぞ? 流石に俺まで十シルってのは高いんじゃないか?」


 その言葉に、チノを虐めることしか考えて居なかった検問官は、面倒くさそうに俺の方を向いた。


「あぁん?······ふん、確かにお前は同胞のようだな······なら、帝国民である証明札をさっさと出せ」


 なるほど、どうやら正式な帝国民には証明札なる物が発行されているらしい。取り合えず、数回のジャブを打って相手の出方を見ることにしよう。


「それが、旅の途中で野盗に襲われてしまってね、身包み全部剝がされてしまったんだよ」


「ちっ······それなら、お前が住んでた領地の貴族様に再発行してもらうんだな。帝都に入るのはその後だ。帝都民だったのなら、反対側の南の関所で再発行してくれるさ」


 相変わらず口は悪いが同じ人間であることが功を奏したのか、気前良く状況を打開する方法を教えてくれた。そんな男の様子を見た俺は、あることを思いつく。


「丁寧な説明ありがとな兄弟。だけどよ、それは俺も良く理解してるんだ」


「あぁ? だったらさっさと―――」


 検問官が不機嫌そうに出してた声を遮り、俺は口を挿んだ。


「そこでだ、どうして俺がモングールなんかと出会えるような辺鄙な場所に居たのかをよーく考えて欲しい」


「はぁ? いきなり何言ってるんだお前?」


 怪訝そうな顔はしているが、どこか引っかかる様子の検問官を見て、俺は行けると確信した。


「さて兄弟、ここで問題だ。どうして俺がモングールの族長なんかの隣に座っているのでしょうか?」


 そこまで言われた検問官は、その問いの意味を考え始め、次の瞬間には顔全体から脂汗を噴き出させながら驚愕の表情を浮かべていた。


「まさか、帝王直属の······亜人監視官殿······?」


 以前、チノの話から推測はしていたが、検問官の言動からみても、やはりそういった役職は存在するようだった。


 これは好機と、鼻先に人差し指を意味あり気に当てて、さらに畳み掛ける。


「おいおい、あまり大きな声を出さないで欲しいんだけどな。そういえば、増税なんて話は聞いてないんだが······それは本当なのか?」


「そ、それは······七シルから増税されたのは本当······です」


「それで? 本当はいくらなんだ?」


「うっ······八······シルです」


 検問官の態度を見て怪しいとは思っていた訳だが、やはり獣人相手に嘘の人頭税を吹っかけていたようだ。


「へぇ、二シルもガメてた訳か······いい商売だな。上に報告したら面白そうだ」


「そ、それだけはどうか! ······どうかご勘弁を! 私には家族がいるのです!」


 その脅しに、掌を返すように男は態度を急変させ、怯えた表情で命乞いを始めた。


「おいおい兄弟······流石に、これを見過ごすのは俺の首が危なすぎる」


「そこをどうか! そこをどうかお願い致しますっ! この通り! この通りですっ!」


 この辺が頃合いかと読んだ俺は、ここで打開案を提案することに決めた。


「そうだなぁ······それならいくつか条件がある」


 心臓はバクバクと音を立てていた。

 ここでこの偽りが露呈するわけにはいかない。失敗は死を意味しているからだ。


 だが、後ろめたい何かを持つ者には、カマをかけてみるもんだ。

 よほど頭のキレる者でない限り、騙していた側は決して自分が騙されている側に回っていると、認識できないからだ。


 それにしても、まさかこんな所で農作業をサボるために磨いた、祖父さん相手の方便が役に立つとは思いもよらなかった。









 関所をどうにか突破し、馬が引く荷馬車の上でチノがこの話をするのは六度目だった。


「ほんなごて驚いたばい! まさか人頭税ば払わんでよかごとなるなんてねえ!」


「そういや、一シルでどれくらいの物が買えるんだ? 安くないみたいだが······」


「丸々太った羊が一頭で三シル、街では一シルあれば白芋の中樽一つと交換できるばい」


「へぇ、つまり一シルが一万円相当ってわけだな······」


「一万······円?」


「いや、こっちの話だから気にしないでくれ」


 チノ話から算出して、一人当たりの人頭税は日本円換算で八万円もの税金を帝国は取っている訳になる。


 もし、チノがあのまま税金を取られていたとしたら、六人で六十シル。つまり、六十万もの大金を失っていたことになるのだ。


 そりゃ、チノも青ざめるわけだと溜息を吐きそうになりながらも、その嬉しそうな横顔をみたら笑いに変わってしまった。


「それにしても、検問官殿は気前が良い奴だったな。五十シルも俺にくれるなんてよ。それに滞在許可証のおまけ付きと来てる」


 五十シルの入った革袋を掌で弄びながらそう呟くと、チノはまた同じ話を繰り返し始めた。


「カズヒサが喋り出した時は心臓が飛び出るかと思ったばい。まさか、本当に監察官なのかと騙されたせいで、背中は冷や汗でじゅっくりになってしまったもんねぇ」


「はいはい、何回もその話は聞いたよ」


 俺はそんなチノを軽くあしらっていた時、美味しそうな料理の香りを感じたため、匂いの方向を見ると、横に曲がった先に大きな商店街があった。


「丁度良い。腹も減ったし、税を納めに行く前に何か食べて行こうぜ」


「そ、そうやね! そこに馬車置き場のあるけん、皆の分ば買ってこようか」


 チノもその匂いを感じ取って、同じことを考えていたのか、その白い頬を微かに紅く染めながら快諾した。


 どうやら、空腹を悟られたと勘違いしているようだ。


 面白いので、これをネタに揶揄ってやろうかと思ったが、草原を出てからずっと笑顔に影があったチノの機嫌を、わざわざ害するのは気が引けたため何も言わないことにした。


「それじゃ、皆のお昼ご飯ば買ってくるけん、ここで待っとってね!」


「おう、若い奴らも腹減っとるけん頼んだぞ、チノ!」


 チノが残る三台の荷馬車にそう指示を出すと、一族の中でも豪傑と知られているゲレルが、やはり豪快な声で返事を返した。もちろん、他のメンバーも手を振ってそれに答えている。


 チノはそれに手を振って答えると、振り返って商店街へと歩みを進めた。


「そんじゃ、行くか」


「そうやね、待たせたら悪かけん急ぐばい、カズヒサ!」


 チノはそう言って商店街の中へと進んでいく。


 その跳ねるように歩く後ろ姿を見たのは、初めての大移動をしたあの日以来だったかもしれない。


 俺はそんなチノの様子を見て吹き出しそうになる笑いを堪え、その小さな背中を追った。



 拝啓、家族のみんなへ

 一ヶ月が経ちました。ゲルの設営と解体と移動の日々を送り、


 だいぶ筋力がついてきたように思います。


 今の俺なら用水路に落ちることはなかったと思いますので、


 日頃の筋トレをやっておけばと悔やまれる日々です。


 今日は関所で検問官から危うく騙されるところでした。


 祖父さんも良い年なので、俺の名前を騙ったオレオレ詐欺などに


 引っかからないよう、気を付けてください。


 そちらは九月で、もうすぐ収穫の時期ですね。


 気合を入れ過ぎて、腰をやらないようご自愛ください。


                        敬具

                     山口 和久

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