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農大生の俺に、異世界の食料問題を解決しろだって?  作者: 有田 陶磁
断章 四面楚歌 二人の覚悟
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プロローグ2【怪物と呼ばれた子】

もう一つのプロローグです。



 光が差し込まない暗い空間。その中には一人の少年が、背を壁に預けて座り込んでいた。


 痩せた両足には枷が嵌められ、そこから伸びた鎖には鉄球が付けられている。


 俯いた褐色の髪の少年は、足を抱えたまま動く気配は無い。


 そんな時、淡い光がこの空間に差し込んだ。


 小太りな男が手に持つ棒の先端に付けられた、光石の輝きが鉄格子の影を作り出す。


「おい、○○○!」


 名を呼ばれた少年はビクッと肩を震わせて、光の方へと顔を向ける。


「ちっ、返事くらいすりゃまだ可愛げもあるってのによ。おらっ、さっさと外に出ろ、仕事の時間だ」


 品の無い男の声と共に錠前が外れ、鉄格子の扉が開く音が静かな空間で反響した。


「······」


 少年は一度だけ頷くと、無言のまま立ち上がる。


「······キョウ モ ヒト コロス ノカ?」


「当たり前だ。無駄口を叩く暇があるなら、そこにあるお前の斧を持ってさっさと外に出ろ! 客が待っているんだ! これ以上くだらない事を喋ってみろ、一週間飯抜きにするからな!」


「······ワカッタ コロシテ クル」


「それで良いんだ! 早く行けグズ!」


少年は、無造作に立てかけられた巨大な斧に手を伸ばして軽々と持ち上げると、鉄球を引きずりながら歩き始めた。




 石の階段を登り、左右に光石が設置された通路を進む。


 歩く少年がすれ違うのは、鋭い視線で睨みつけてくる猛々しい男か、担架を運ぶ者とそれに乗って運ばれる、血で汚れた男のどれかだった。


 鉄球を引きずる音を響かせながら歩く少年が角を曲がる。すると、外に通じる出口から強い光が差し込んでいた。


 徐々に大きくなっていく歓声が少年の耳に入る。


 しかし、その表情が変わらない。陽光の強い輝きを見つめてもなお、くすんだ両目に光が宿る事は無かった。


 少年は何も言わず出口の前で立ち止まると、後ろから付いてきていた小太りの男が口を開く。


「今日も殺してこい。ちゃんと殺せれば今日は肉を食わせてやるぞ! 分かったな?」


「······ワカッタ コロス」


 その会話を終えたその時、会場の歓声が弱まり、良く通る男の声が轟いた。


『さぁ、本日最後の対戦です! 西門から現れる挑戦者はもちろん、これまで八十七勝の強者······剛剣のトゥラケスだっ!』


 そう言い終えるとほぼ同時に、割れんばかりの大歓声が大気を激しく震わせる。


 しかし、その歓声はすぐに止み、先ほどの男が再び声を発した。


『それに対し、トゥラケスを迎え撃つために正門から現れるのはやはり、これまで九百七十八勝の生ける伝説、怪物○○○だぁぁ!』


 男の声が途絶えたその瞬間、凄まじいブーイングの嵐が巻き起こった。


 それでも少年は顔色一つ変えずに、罵声が飛び交う外へと歩みを進める。


 乾いた土を敷いた円形闘技場。その中央には、鳥の羽を付けた兜を被り、歪に湾曲した鉄剣と木の盾をその手に持ち、腕には籠手を、脚には脛当てをした大男が立っていた。


 それに引き換え、少年は、汚れてボロボロになった腰布と、両足の鉄球、そしてその体躯に見合わぬ巨大な戦斧を身に付けているだけだった。


 唯一の共通点は、互いに上半身が裸であるということ。


『やっちまえ、トゥラケス! 』


『殺れぇぇ! 怪物をぶっ殺せぇぇ!』


『死ねぇぇ怪物!』


 少年は罵声の中、闘技場の中心へと歩みを進め、中央で待つ男と対峙した。


「おい小僧、ムルミッロという男を覚えているか?」


 二人が目を合わせた時、トゥラケスが口を開いて問いかけてきた。その声には明かな怒りの感情が含まれていた。


「······?」


 しかし、少年の答えは首を傾げただけ。


「そうか······覚えていないのか。あいつは······ムルミッロは······我が弟だっ!」


 激昂したトゥラケスはそう言い放つと、勢いに任せて曲剣を振り下ろした。


 金属同士が激しくぶつかりあう音と衝撃が闘技場内に走る。


「ぐっ、うおぉぉぁぁあぁ!」


 上から押さえつけてくるトゥラケスの剣は、少年が細腕で握る斧によっていとも簡単に止められている。


「この、怪物め······っ!」


「オデ ハ······カイ······ブツ······」


 そして、幕引きは一瞬だった。


 少年はトゥラケスの剣を斧で弾き飛ばすと、凄まじい速度で斧を振るい、盾を横から押し退けて太ももと腹を斬りつけた。


 鈍く光る刃が肉を食い破るように走り、そこを巡る動脈は切れ味の悪さから引きちぎるように斬り裂かれて、勢いよく血液を噴出させる。


「な······がはっ!」


 トゥラケスの掌からは剣が零れ落ち、力なく膝を折って崩れ落ちた。


「そうか······これなら、ムルの奴も······苦しまずに······」


 返り血を浴び、鮮血に染まった少年は、紅い雫が滴る戦斧の切っ先をトゥラケスの喉元に突きつけた。 


「······トドメ イル カ?」


 息一つ切らしていない少年は、横たわる敗者に問いかける。


「心遣い······感謝······す······る······」


 問いの返答を受けた少年は、迷いのない手付きで戦斧を振るい、虫の息であるトゥラケスの喉笛を斬り裂いた。


 動かなくなったトゥラケスを一瞥した少年は、戦斧を肩に担いで振り返ると、鉄球を引き吊りながら来た方向へと歩き始めた。


 観客からは猛烈な罵声が上がり、少年に向けて様々な物が投げ込まれるも、気にする様子も無く東の正門の中へと入っていった。




 暗い檻の中に戻った少年は、背中を壁に預けたまま何時間も膝を抱えて座り込んでいる。


 すると、静かな空間に足音が響き、焼けた肉の芳ばしい匂いが充満し始めた。


「○○○! 飯だ食え!」


 小太りの男は、鉄格子の下に設けられた食事を与える用の隙間から、木皿に乗せられた肉の塊を檻の中に入れた。


「······」

 

 少年は立ち上がると、立ち去ろうとする男が持つ光石の明かりを頼りに、運ばれてきた骨付き肉の塊を見つめる。

 

「······ぅ······っ······」


 その肉には、見覚えのある切り口が刻まれていた。


 少年はそれを手で掴み、口に運んだ。


 檻の中で反響する咀嚼音。


 少年は何も言わずに嗚咽を必死に堪え、涙を流しながら肉を噛み締める。

 

 そして、肉片の一つすら残さず全て喰らったのだった。





 暗い部屋の中。彼は目を覚ました。


 ベッドと、机と椅子、そして鎧掛けだけが置かれたシンプルな部屋。


 外はまだ太陽の気配は無いことから、日の出はまだ遠いと理解する。


「殿下······どうか御身のお傍に······」


 溜息を吐き出してそう呟くと、額に浮いた汗を手の甲で拭ってベットから立ち上がる。


 そして鎧を身に着けた彼は、迷いの無い足取りで部屋の外へと出て行ってしまった。



次回から、一話になります。

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