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農大生の俺に、異世界の食料問題を解決しろだって?  作者: 有田 陶磁
断章 四面楚歌 二人の覚悟
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プロローグ1【化物と呼ばれた子】




 沼の中へと沈んでいくように、微睡まどろみに飲み込まれる感覚が意識を包み込んでいく。


「はっ······はっ、はっ!」


 気が付けば、先を歩いている金髪の少年を息を荒げながら追いかけていた。


「まってー! まってください、おにぃさまー!」


 勝手に喋るこの口が言うには、金髪の少年はどうやら兄上らしい。


 おにぃさまである金髪の少年は、おだやかな微笑みを溢しながら振り返り、ゆっくりと立ち止まると、片膝を付いて両腕を広げた。


「さぁおいで、ウルスラ」


「おにぃさま!」


 どうしてだか、名前を呼ばれた事がとても嬉しくて、金髪の少年の胸に飛び込み、力任せに強く抱きしめる。


 飛び掛かられた少年もまた、そっと抱きしめてくれた。


「どうしたんだい、ウルスラ?」


「ううん、何でもないの」


「あはは、ウルスラは変な子だなぁ。よしよし、君は賢くて良い子だけど、甘えん坊な所は変わらないね」


 そう言いながら少年は優しく頭を撫でてくれた。


 優しい笑顔が見たくて、胸に押し付けていた顔を上げて少年の顔を見つめる。


 目が合っても何も話さなかったせいか、少年は微笑んだまま首をかしげた。


 その時、なぜだか霞がかっていた意識がはっきりと覚醒するのが分かった。当然、その理由も。


 目の前に居る少年は幼き日の兄上だ。そして妾もまた幼き日に戻っている。


 まだ何も知らない。しがらみも、欲も、汚れも、何もかも知らない。無垢な頃の妾と兄上だ。


 もう何度も繰り返し見た夢。幸せだった頃の夢。戻りたいと願う過去の夢。


 そして世界は暗転し、そう間を置かずに明かりが灯る。


 いつの間にか子供のものだった身体は元に戻っていた。


「······」


 それは兄上もまた同じ。この夢を見るたびに、恨めしそうな瞳でこちらを睨みつけてくる。


「化物め······」


 さらに険しい表情を浮かべ、兄上は沈黙を破った。


「兄上······何を?」


 全て理解している。だが、それでも間違いであってほしいと、聞き返さずにはいられない。


「言った通りだ、お前は妹でも何でもない―――」


 何を言われるのかは分かっている。現実で一度。夢の中では何度も聞いた言葉だからだ。


 だけど、どれほど覚悟を決めようとも、耐えられる気はしない。


 何故なら、妾は心の底から兄上の事を誇りに思い、敬愛していたのだから。


「―――化物だっ!」


 そのたった一言で、いとも簡単に胸が引き裂かれた感覚に陥る。


 この夢は、いつもここで終わる。これまでも、今回も、これからも。





「······っは! はっ、はぁ······はぁ」


 夢の中で意識が覚醒していた分、目覚めたにもかかわらず、まだ夢の中に居るのではないかという錯覚が脳を襲う。


 辺りを見渡すと、見慣れた自室が映った事でここが夢の中ではないと確信を得ることができた。


 窓ガラスの向こう側は青白く染まる前の黒色で、依然として月明りが差し込んでいる。使用人達もようやく目を覚ます頃だろう。


「······バルよ、近くに居らぬか?」


 そう言葉を発して数秒と立たずに、扉が開く音が鼓膜を擽った。


「······こちらに」


 名を呼ばれた忠実な臣下は鎧の音を響かせながら寝室の中に入り、入り口で片膝を付くと、寝台で身体を起こしている妾に向かって跪いた。


「こちらへ参れ」


「はっ」


 バルサルクは短く返事をすると、寝台の横で無言で立哨する。


「バルよ······もっと近こうよらぬか」


「······しかし」


 妾の要求に、バルサルクは従いかねるという様子だ。


「良い。それとも妾の言うことが聞けぬと申すか?」


「そういう訳では······」


「ならば、無駄口を叩かずに、言われた通り近こうよれば良いのじゃ」


「はっ······かしこまりました」


 手の振れる距離にバルサルクは近づいて来た。妾はバルサルクの首に手を伸ばしそのまま抱きしめる。


「何を―――」


「そのまま黙っておれ。何も初めての事ではあるまい」


「しかし······はぁ、また怖い夢でも見られたのですか?」


「······まぁ、そんなところじゃ。だから、しばらくの間こうしておれ」


「かしこまりました」


 バルサルクは諦めたようにそう返事をすると、慣れた手つきで腕を背中に回して抱きしめ、一定の間隔で優しく背中を叩き始めた。


 こうされると落ち着く。それをバルサルクも知っているのだ。


「のう······一つ聞いてもいか?」


「どうかなさいましたか?」


 バルサルクは背中を叩く手を止めずに返事をする。


「······妾は人になれるだろうか?」


 その問いに対して、バルサルクはあまり間を開けずに答えた。


「殿下、誰が何と言おうとも、あなたは人ですよ」


 愚かな問いであると自覚している。何故なら、バルサルクはこう答えてくれると分かって聞いているのだから。


「······そうだと良いのだが」


 答えを聞いてもなお、自分が人であるという自信を持つことができなかった。




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