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農大生の俺に、異世界の食料問題を解決しろだって?  作者: 有田 陶磁
第二章 樹海の大炎 開拓の狼煙
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第十三話【冬の終わり、春の気配】







 雪が降ってから十日程で木々の伐採を行ったエリアを、ぐるりと囲むバリケードが完成した。


 運搬を終えて仕事に溢れた者達は先に、十本ある焼畑地の中央、右から数えて五本目の場所にて木造家屋の建設作業に入って貰っていた。


 なぜ、この忙しい時期にわざわざ家を作っているのかと言うと、現在進行形で住居として使っているゲルが雨に対する耐久性が低いからだ。


 雨漏り防止のために、なめし革を防水シート替わりに使っているが、雨が数日間と降れば持たないだろう。


 実際に、この間の雨で雨漏りを起こしたゲルも数軒あった。


 元々、彼らモングールが住む土地は森が無い。森が無いという事は十分な雨が降らない乾燥した土地という事なのだ。


 ここへ来てから、空を眺めるようにしているが、日本と同じで西から東へと雲が流れていくため、この世界でも偏西風はあると俺は確信している。


 カースド大森林の植生と体感温度の推移から、この地は日本と近い緯度にあると思われる。そのため、季節が冬から春に移るにしたがって降水量も増えるはず。


 だからこそ、簡易ではあるが木造家屋の建設を急ピッチで行っているのだ。


 現在、俺がやっている仕事は家屋の建築ではなく、資材の管理だ。 


「おーい、ユムのばっちゃん! 今日の分のダボはできてる?」


「来たねカズ坊! ちゃんとできとるけん、持っていきんしゃい!」


「お、すげぇ、全部できてる! 流石ユム姐様だ!」


「嫌ばいこの子は、調子の良か時ばっかい煽てるっちゃけん!」


 照れくさそうに顔を覆うユムと俺のやり取りを見ていた周囲から、笑い声が起きる。


 今までは警戒されて事務的な会話しかなかったのだが、子供達に作ったドーナツの評判が功を奏して、徐々に心を開いてくれているようだ。


 ちなみに、愛称はカズ坊。昔からおば様受けが良かったが、どうやらこの世界でも同じらしい。


「カズ坊、こっちもできとるけん持っていきんしゃい!」


「うちん所もできとるよ!」


「はいはーい、順番に回るからちょっと待ってくださいねっと」


 モングールの女性達はかなり手先が器用だった。


 車輪を作る技術があるので、ある程度は物つくりができるだろうとは思っていたが、予想以上の技術と生産力を彼女たちは発揮してくれている。


 どれくらい器用なのかと言うと、釘を使わずに家を建てられるくらいだ。


 現在作っている家は、本棚を作る時に使う棚受け、通称ダボ。これを使って木材同士を組み合わせて作っているため、感覚としてはプラモデルに似ている。


「ダボ、柱材、壁材、屋根材OKっと······」


 男衆に出来上がった木材を現場に運ぶよう指示を出して、自分の仕事を終えた俺は、一番最初に作った木造家屋に向かった。


「よっ、進んでるか?」


 扉を開けて中に入ると、窓から差し込む光を頼りに机に向かう三人の男女の姿があった。


「あ、カズヒサ。今、二人のおかげで皆の名前、年齢と家族構成がまとめ終ったばい」


 机と睨み合っていたチノが顔を上げて、高く積もった羊皮紙の束をポンポンと叩きながら答えてきた。


 チノと他二人の男女、フイテンとソルには戸籍の作成や、食糧の備蓄量、家畜の数、荷車や農機具の目録などをまとめて貰っていた。


「早いな。あ、二人もお疲れさん。おっちょこちょいのチノだけに任せるのは不安だったから助かるよ」


「いや、生まれつき身体の弱かけん、おいにも出来る仕事のあって嬉しかばい」


「そうやね、うちらも前は帝国に頼まれた荷運びの管理ばしよったばってん、最近は何もできんやったもんね」


 フイテンとソルは、笑いながらそう言うと、机の上に視線を戻して羽ペンを忙しなく動かし始めたのだった。


「人聞きの悪かよ、カズヒサ。うちはモングール族の族長ばい? おっちょこちょいなわけなかやん!」


 頬を膨らませて抗議してくるチノを見て、俺は二人に問いかけた。


「我らの族長様はこう言っておられますが、お二人はどう思われますか?」


 そう問いかけた瞬間、ふたりが動かしていた羽ペンがピタリと止まる。


「······た、頼りがいのある良か族長やと思うばってん?」


「あ、あはは······あはは」


 フイテンは言葉を詰まらせながらも答えたが、ソルに関しては苦笑いだ。


 二人そろって、おっちょこちょいである事を否定することは無かった。


「だそうですよ、族長様?」


「くぅー、二人とも酷かばい。まぁ、自覚はあるばってん、カズヒサに言われると何か腹ん立つ」


 不貞腐れた様子のチノは、羽ペンを再び動かし始める。


「自覚はあるのかよ。って俺だけ酷い言われようだな」


「はいはい。そいで、用件は何やったとね?」


「あ、あぁ。用って程じゃないんだが、荷車から外したままになってる車輪があるだろ?」


「うん、あるね。そいがどがんかした?」 


「いや、何個か車輪を貰えないかなと思ってさ」


 チノは俺の突然の頼みごとに首を傾げる。


「車輪なんて貰ってどがんすっと? 荷車なら他に使ってない空いとる奴のあるやろ?」


「いや、荷車に使うんじゃないんだ。ちょっと作りたい物があってさ、良いか?」


「良いかって言われたら荷車は皆の物やけん、うちだけじゃ決めれんし、駄目に決まっとるたい」


「だよなぁ。でも、そこを何とかならないか?」


「うーん······そがん言われてもねえ」


 困った声を漏らすチノの隣で、フイテンが口を開いた。


「良かっちゃなかですか族長。どうせ荷下ろしばして荷車は余っとることですし、一台破損ということで帳簿に付けとけば誰も気づかんでしょう」


「そうやね。カズヒサさんのすることやけん、きっと皆の役に立つ事に使わすですよ」


 予想してなかった二人からの援護射撃に、チノも微かに唸りながら悩む。


「分かった。車輪は皆に内緒でやるたい。でも、車輪なんて何に使うと?」


「まぁ、あんまり期待させたくないからな色々とだけ。完成したら見せてやるよ」


「そがん答えで貰えると思っとるとやぎ本当にこの男は、族長であるうちの事ば舐め過ぎばい。はぁ······まぁ良かたい、持って行きんしゃい。けど、皆にバレんごと使いんしゃいよ?」


 溜息を吐きながらチノは、渋々といった様子で俺に車輪の使用を許可したのだった。


「分かってるって。ありがとな、チノ」


「まったく、本当に分かっとるっちゃろうか······?」


 呆れた様子のチノは、俺を一瞥すると視線を机の上の羊皮紙へと戻したのだった。


「じゃ、用も済んだし俺は戻るよ。また後でな!」


「はいはい、また後でね。怪我せんごと気を付けんしゃいよ?」


 母親のようなセリフを背中で聞きながら、俺は建物から出たのだった。


 特に意味も無く斜面を登り、眼下に広がる景色を眺める。


 カースド大森林を訪れて早、二ヶ月が経過していた。その間に、目の前に広がる風景も大きく様変わりしたものだと感心してしまう。


 今、この世界は日本でいう二月頃だ。あと一ヶ月もすれば春の足音も聞こえてくることだろう。その頃には予定している戸数の家屋や小屋、倉庫も出来上がっているはずだ。


 その頃になれば畑を耕すのに丁度良い時期で、それが終れば種蒔きだ。


 種蒔きが終れば少しだが、働き詰めだった皆に休暇を取らせてあげる事もできるかもしれない。


 昔は春が嫌いだった。冬の間は比較的に働かなくて良かったが、春になると種蒔きやら畑の土慣らしやらと、やることが増えて手伝わされるからだ。それでも労働量は、今の数分の一程度なのだが。


 だけど、今はそんな春が待ち遠しい。いろんな事が起きると思う。楽しいことも、嬉しいことも、当然辛いことも。


 だが、この世界に来て農家を継ぐだけで良いという、祖父さんや親父に敷かれたイージーモードのレールを走る退屈な毎日を送る俺にとって、文字通り命がけでこの見ず知らずの異世界で、一から耕作地を作るというのは刺激的な毎日だ。


 この世界に来た頃は、帰りたいという気持ちの方が強かった。


 もちろん、今でも元の世界には帰りたい。


 だが今は、彼らがこの土地でどのような実りを生み出すのかを見てみたい。


 そして、族長という重圧に耐える少女が解放されるその瞬間を、俺は目に焼き付けたいと思っている。


「もうすぐ、冬が終わる······」


 季節が移り替わるように、この景色も変わっていくことだろう。


 きっと良い方向へ、必ず。


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