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農大生の俺に、異世界の食料問題を解決しろだって?  作者: 有田 陶磁
第二章 樹海の大炎 開拓の狼煙
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第十二話【初雪】〜Q.今欲しい物は? A.ロードローラーだッ!〜





 白い靄をはらむ吐息は淡く消え、吐き出されるその間隔は酷く短い。


 周囲からは掛け声が上がり、それと同じ数だけの鈍い音が、切り開かれた森の中に響く。


「おらっ、次ば打ち込むぞ! お前ら引けぇ!」


「「おぅっ!」」


 相変わらず野太い声で指示を出しているのは、もちろんゲレルだ。


 今現在、俺を含む男衆は二つの班に分かれて作業を行っている。


 一つは、切り開いたエリアをぐるりと一周囲むバリケードを作る班。


 そしてもう一つは、焼畑を終えたエリアの一つに、居住できる家屋を作る班だ。


 俺は指導役として、現在二つの班に所属して日別に行き来している。


 今日はゲレルが率いるバリケード班に来ていて、岩を高く持ち上げては、地面に突き刺した丸太に打ち込むというのを一日中繰り返している。


 女性陣が制作した滑車装置から伸びる縄を引くことで、岩が持ち上がる設計だ。


 そのため、岩と丸太の位置を調整する者も含めて、一つの装置には五人程かかりきりになる。


 ハッキリ言って、この作業は重労働だ。さぞ、不平不満の類が出るかと思いきや、今のところそういった報告は受けていない。


 まぁ、その理由はすごく明確で、分かりやすいものだったのだが。


「お前ら落とすぞ! せぇーのっ!」


 野太い掛け声に合わせて、縄を持つ五人が一斉に手を放す。すると、持ち上がっていた岩が、自由落下の法則に従って、地面に刺さる丸太に直撃した。


「まだへばるには早かぞ! 次行くぞ、次ぃ!」


そう、モングール一の豪傑で、実質的に族長のチノより発言権のあるゲレルが、自ら辛い役を買って出ているのだから、誰も弱音を吐くことができないのである。


 なによりたちが悪いのは、ゲレルがその辺の事情を分かった上でやっている事なのだが。


 まぁ、そのおかげでバリケードは想像以上の速度で完成に近づいていることは間違いない。


 寧ろ想定していた以上に苦労しているのは、女性陣が加工した木材の運搬だ。


 森を切り開いただけの悪路を、荷車で進むのはかなり辛い。地面が柔らかいため、車輪が取られて中々前進してくれないからだ。


 一応、秘策を用意してはいるのだが、まだそれを使える状況ではない。


「もう、いつ来てもおかしくない時期だと思うんだけどなぁ······」


 乾いた冷たい風に頬を撫でられながら西の空を見上げるも、雲一つない青空が広がっているだけだった。

 

 それから三日が経過し、その日は昼過ぎ辺りから天候が崩れて雨が降った。


 そのため、この日の作業は中止にすることにした。


 休日も無く働いていた彼らにとって、この雨は文字通り降って湧いた僥倖だったようで、そそくさと家族が待つゲルへと戻っていった。


 ゲルに戻った俺とチノは、久しぶりにゆっくりできる時間ができたため、裁縫や読書をしながら緩やかな時間を過ごした。


 光の神であるアーフラと、闇を統べる魔神アンリの戦いを描いた物語が聖書には描かれている。


 毎晩夜が来るのは、魔神アンリが人を惑わせ、快楽の夢の中で堕落させるためなのだそうだ。


 そして夜を闇を打ち払い、聖なる光によって堕落の夢から救いの手を差し伸べるのが、光の神アーフラ。


 生き物の排泄物は、アンリが統べる配下たちの好物で、疫病を引き起こすから触れるべからずとも書かれていた。また、人や動物の死骸が腐敗するのも同様らしい。


 だから、人々は光の神アーフラが作り出した光の結晶。つまり塩を食肉に擦り込んで魔神アンリの配下が近づかないようにするのだそうだ。

 

 聖書には人間が守るべき普遍的な考え方が書かれていて、この国に住まう人々の生きる上での考え方が窺い知ることができて面白い。


 しかし、アンリの仕業か、いつの間にか眠ってしまっていた俺は、チノの悲鳴に驚いて目を覚ました。


「おいチノ! どうしたっ?」


 声がした方を見ると、ゲルの入り口の幕を握り締めるチノ姿があった。


「カ、カズヒサ、外がハルツァガの天辺のごと、真っ白に染まっとる!」


「はぁ? 何言ってんだ?」


 あまりにも驚愕の表情で訴えてくるため、俺は入り口の方へと向かい幕の隙間から顔を出した。


「おぉ! やっと降ったか!」


 外を見ると、辺り一面は白銀に覆われていて、空からはチラホラと雪が舞っていた。


「カズヒサ!これはいったい何ね?」


「何って雪だよ」


「雪? 雪が地面に溜まる訳なかたい!」


「はぁ? ······あぁ、そうか。チノ達が居た草原は乾燥してるからな、風もあるし積もる前に溶けちまうんだよ」


 チノは積もった雪を手に取って握り締める。


「うわぁ、冷たさぁ!」


「霜焼になるから、やめとけって」


 雪が積もったのを見るのが初めてだったチノは、俺の言葉など聞かずに雪に触れて感動している。


 少し離れた所からチノと同じような声が聞こえ始めたため、他の者達も外の雪に気が付いたのだろう。


「これで運搬はどうにかなりそうだな······」


 手を真っ赤にしながら雪に触れ続けるチノをよそ目に、俺は眼下に広がる銀世界を見て笑みを隠せなかった。


 降り積もったのは三十センチメートル程で、歩くのが不便な程度だった。


 しかし、この日のために用意した秘密兵器があった。


 それは、荷車から車輪を外して作ったソリだ。


 牛や馬は足が長いため、この程度の積雪であれば難なく動き回ることができる。


 また、雪の上でソリを使えば悪路など関係なく、また荷車に掛かる摩擦も減るため一石二鳥というわけだ。


 この雪が溶けるまでが勝負なので、俺達はバリケードの設営を後回しにして、労働力を運搬に全振りして資材を運ぶことにしたのであった。


 男衆総出でソリに加工された資材を積みを始めた時、俺はいつものようにハワル達を呼び出し、別の指示を与えることにした。


「お前らには別の仕事をやってもらう」


「は? 別の仕事って何や?」


「まぁ良いから、その掬鍬シャベルとソリに牛ばつないでこっちに来い」


「カズヒサの事やけん、また俺達に何か変な事ばさせるつもりやろ?」


「人聞きが悪いぞウウゥル。そう警戒しなくて良い、やって貰うことは簡単だ。崖沿いに海側に進むと、中がすぐ行き止まりになってる洞窟があるだろ?」


 この問いかけに、四人は耳を微かに傾けながら考え込み、体格が一番良いゾンが思い出したように答えた。


「······あぁ、獣の巣になっとらんか確かめたやろ?」


「そうそう、そこでやって欲しい事があるんだよ······ちーとばかし辛いが、なーに、後で美味しい思いをさせてやるからよ······へへっ」


 後で聞いた話なのだが、この時の俺の顔は何か企んだ笑みを浮かべていて、気持ち悪かったらしい。 


 こうして皆で仕事に取り掛かり、なかなか進まなかった運搬作業はなんと、雪のおかげで三日間で終わったのだった。


 これで運搬に充てていた人員を、他の作業に充てる事ができる。まさに雪様様だ。


 だけど現代っ子の俺は、こう思わずにはいられない。


 知り合いの土建屋のおっちゃんに、ロードローラを借りれたらこんな苦労はしなくて済むのにと。

 

 一度だけ元の世界を思い浮かべながら、俺は作業に戻ったのだった。

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