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農大生の俺に、異世界の食料問題を解決しろだって?  作者: 有田 陶磁
第二章 樹海の大炎 開拓の狼煙
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第十話【樹海に昇る開拓の狼煙】




 乾燥し、冷気をはらむ空は青く透き通っていて、夜を終えた月は薄く、その輪郭だけを強調している。

 

 作業を開始して一ヶ月半。予定されていたエリアに生える全ての木を排除し、その場に残されたのは、加工には適さずに剪り捨てられた木々の枝と、掘り起こして放置された木の根っこ達だった。


 眼下に広がる大森林に伸びる十本の帯には、間もなく火が放たれる。


 すでにそれらの外周は落ち葉などの燃えやすい物を排除し、切り開かれた場所以外に燃え広がらないよう準備も終えていた。


「一月半、本当に皆は頑張ってくれた。碌に休日も作れなくて悪かったと思ってる。だけど、この作業さえ終ればしばらく時間に余裕ができるはずだ。だから俺と一緒に、もう一踏ん張りしてくれ」


 目の前にはモングールの老若男女、子供から老人まで三百人もの人々が座ってこちらを見つめている。


 そんな状況の中で息も乱さず話している事に気が付き、大勢の前で話すのもだいぶ慣れてきたのだと実感させられ、そんな自分に思わず吹き出しそうになった。


「恰好つけたこと言いよるばってん、煙ば吸ってまーた倒れるっちゃなかや?」


「がっはっは、ちげえねえ!」


 以前はゲレルや、ハワル達ぐらいしかいなかったが、笑いながら野次を飛ばしてくる面子も徐々に増えてきた。


「ったく、散々そのネタでイジってきたんだからもう良いだろ? 体調は万全だからテコを入れられても倒れねーよ」


「どうだかなぁ、カズヒサの奴は貧弱だから分かんねーぞ?」


 再びどこからか飛んできた野次によって、彼等に笑いが巻き起こる。

 

 初めて彼らの前で話した時とは大違いだ。だが悪い気はしない。むしろ、暖かくて心地良いとすら感じる。


「はいはい、おふざけはこの辺にして始めようぜ。皆、松明と油はちゃんと持ったか?」


 この問いに対して、返事をする者もいれば、頷くだけの者、手に持つ松明を掲げる者と様々だった。だが、一つだけ共通した物があった。それは笑顔だ。


 彼等は皆、辛い肉体労働に追われたこの一ヶ月半を耐え抜いてきた。その終わりが目の前にまで迫って来ているのだから、嬉しくて仕方がないのだろう。


「焼畑作業が終れば、一月前にできなかった新年の祝いだ! この作業をやり切って気持ち良く、飲み食いしようぜ!」


 手に持つ松明を天へと掲げて俺がそう叫ぶと、目の前に居る皆からも同様に雄叫びが上がる。


「手順と配置は昨日説明した通りだ。それぞれの班長の指示に従って作業に当たるように。あと、落ち葉の上を歩く時も気を付けてくれよ。表面は燃えていなくても、下の方で燃えている事もあるからな······よし、小言は以上だ。今日も一日安全作業で頑張ろう! ご安全に!」


「「「「「ご安全に!」」」」」


 在学中に行っていたバイト先で覚えた挨拶を採用して、班ごとにやるように指示を出していたが、意外にもまじめにやってくれているようで、男達は特に戸惑う事無く返事をしてくれた。


 こうして、彼らは松明と種火を手に歩き慣れた斜面を下り始める。


 それに釣られて立ち上がった女性陣も、それぞれに割り振られた作業場へと向かって行った。


「さーて、俺も行くとするかねぇ······天気は良いんだが、もう少し風が出てくれさえすれば良く燃えるんだけどな」


 空に向かって伸びをしながらそう独り言を溢す。


「ん? 風があった方が良かと?」


「あぁ、火力が上がれば燃え広がるのも速くなって、作業効率が上がるからなぁ······って、うおっ!居たのかよチノ!」


 自然な流れの問いに思わず答えたが、周囲に誰も居ないと思っていたせいで驚いてしまい、勢いよく振り返る。


「居たのかよって、酷か言いぐさやね」


「悪い、悪い。てっきり皆と一緒に行ったとばかり」


 チノはこの言い訳に僅かに頬を膨らませて抗議すると、呆れたと言いたげに溜息を吐いた。


「もう、ずっと後ろに居ったやん······」


「だから悪かったって。今度、美味い飯を作ってやるから機嫌直してくれよ。 な?」


「······ご飯物も良かとばってん、その、うちは甘かとも食べたか」


 恥ずかしそうに顔を逸らし、微かに頬を桃色に染めながら頼まれてしまっては、断ることなどできやしない。


「分かったよ、焼畑が早く終わったら甘い物も作ってやるよ。砂糖も買っておいたことだしな」


「え、本当によかと?」


 嬉しさで破顔してしまいそうなのを必死に耐えているのが丸分かりな表情で、チノは確認を取ってくる。


「まぁ、簡単なやつで良ければだけど」


 予想以上の食い付きに、あまり期待させてはいけないと思った俺は、保険を掛けることにした。


「その言葉ば忘れんでよ、絶対やけんね?」


 だが、俺の言葉はあまり効果を成さなかったようで、普段は決して見せない必死さと緊張が混じり合った真剣な顔でチノは念を押して来たのだった。


 これ以上は期待値を無駄に上げるだけと感じたため、この場からは可及的速やかに離脱することにしよう。


「はいはい。じゃあ俺は作業の監督もあるし、そろそろ行くとするよ」


「うん、うちも行かんばいかん。じゃあ、また後でねカズヒサ。良か風の吹くごと祈っとくけん」


「おう、心強いよ。そんじゃ、また後でな」


 チノと短い別れを済ませ、俺達はそれぞれの持ち場に向かうことにしたのだった。


 斜面を下り、ハワル達の待つ集合場所へと進む。


 既に山脈側を担当する班は焚火たきびを起こしていて、作業の準備も完了しつつあった。


 縦長に伸びる木を伐採したエリアは、体感的に全長一キロメートルにも及ぶ。本来なら馬で移動したい所なのだが、炎を使うためパニックを起こす可能性もあるため使えない。


 そのため、この長い道のりを徒歩で移動している訳なのだが、流石にこれだけの土地の木々を全て伐採した光景は圧巻だった。


 そんな事を考えながら歩いていると、不意に頬を風が撫でてきた。


「お、丁度良い時に風が出てきたな」


 山脈から吹き下ろされる山颪やまおろしの風。これならば強く燃え上がっても、崖の上にまで火の粉が飛んでくる心配もいらない。さらに、この乾いた風は燃焼速度を大幅に上げてくれることだろう。


「案外、本当に早く終わっちまうかもな」


 せっかく良い風も吹いているため、この機会を逃さぬよう駆け足で森の中を急いだ。


 伐採したエリアの外周は、木々が残る森の方へ燃え移らないよう、落ち葉などを全て除去してあるため歩きやすい。


 また、折り重なっている木やその枝たちも、中央に向かって徐々に高くなるように配置しているので、一度火が付きさえすれば、後は風任せで勝手に燃え上がってくれるという寸法だ。


 息が切れ始めてきた時、前方に先に向かい始めたハワル達の姿を見つけ、合流することができた。


 とは言っても、すでに合流した地点から目的地までの距離は数十メートルだった訳なのだが。


 今回、俺達の班が担当するのは、縦に長い伐採エリアの中でも拠点から最も遠い森の奥側からの着火だ。


 風に任せて山脈側から燃やしても良いのだが、やはり燃え移りが心配なので森側の方からも火を放つことにしたのである。


 伐採エリアは同じ広さの同面積のものが十箇所ある。つまり、この作業を五人で十回行わなければならないため、時間に余裕がない俺達は早速作業に取り掛かることにした。


 用意したのは、砕猪の件では非常にお世話になり、残り四つとなってしまった火石。 (一つ当たり十五シル)


 これは火にくべておくだけで、吸収した熱を魔力に変換し、炎を吐き出してくれるという便利アイテムだ。

 

 最大放出時の持続時間が十数秒しかないのが難点だが、放出する火力は小型の火炎放射機並みの性能を持っている。


 また、短い持続時間ではあるものの、熱の吸収に掛かる時間も一分とかからないため、すぐに作業に戻れるという利点があった。


 これで一気に燃やしていくのだが、縦長と言っても幅が三百メートル程あるため、それでも時間は掛かる。


 熱吸収用の火種係を一人用意して作業に当たったが、一つの伐採地を終えるのに一時間程の時間を要した。


 十ある伐採地でこの作業が全てが完了する頃には、日の出と同時に作業を始めたにも関わらず、太陽と地平線との距離は僅かしか残っていなかった。


 顔をすすで黒く汚した俺達の班が斜面を登って拠点に戻ると、一族の皆が一様に切り立った崖の上から森の方を見つめていた。


 何事かと思い、崖の上に立って同じように森の方を見ると、すぐにその理由が分かった。


 今日という日に別れを告げて、地平線の彼方へ向かう太陽。その陽光が猛烈に立ち上り続ける煙の縁を、鮮やかな橙色だいだいいろに染め上げていたのだ。


「お帰り、カズヒサ」


 煙に見とれていると、後ろから聞き慣れた声に名を呼ばれて振り返る。


 するとそこには、見慣れてはいるが、いつまでも見ていたいと思える微笑みを浮かべた少女の姿があった。


「ただいま、チノ」


 返事をするとその表情に、より一層強く笑みを浮かべてこちらへと歩み寄ってくる。そして、何も言葉を発する事無く隣に立つと、チノは遥か上空へと昇っていく煙へ目を向ける。


「ほんなごて綺麗かねぇ。今まで、手綱と鞭しか持った事の無かったうち達でも、こがんすごか事ができるったいねぇ······」


 チノは感慨深そうに、シミジミとそう口にした。


 その目には薄っすらと涙が滲んでいて、チノと出会ったばかりの言葉を思い出される。


「なーに浸ってんだよ、こんなのまだまだ序の口も良い所だぜ?」


「そうばってん、うちは嬉しかとやけんしかたなかろうもん······って、もう! 子ども扱いせんでってば!」


 今にも感極まって泣き出しそうだったチノの頭をクシャクシャに撫でると、少しだけ遅かったが、いつも通りの反応が返ってきた。


「そうかい、喜んでもらえて何よりだ。だけどな、俺にとってこいつ狼煙のろしだよ」


「狼煙? なんで?」


 また馬鹿な事を言い出したと言いたげな笑みを浮かべるチノは、首を傾げて言葉の意味を問うてくる。


 それに対して、俺は自信満々にこう答えた。


「あぁ、これは狼煙だ。モングール族と俺がこのカースド大森林に来たんだぞって、この地を開拓して力強く生きていくんだっていうのを、この樹海に住む全ての生き物はもちろん、モングール族の事を毛嫌いしている帝国の役人どもに、俺達の意気込みを高らかに宣言する、そんな覚悟の狼煙だと俺は考えてる······って、ちょっと臭すぎたか?」


 言葉に耳を傾けていた少女は、俺の問いに目を瞑って首横に振った。


「ううん。その考え方うちも好きばい。カズヒサと一緒なら、ここでも生きていけるって思えるもん」


 予想していた反応と違い、照れくさくなって顔を少女から煙の方へと逸らしてしまう。


「ばーか、買いかぶり過ぎだぞ。俺にもこれから先の事が全部上手くいくなんて保証できねえよ」


 そう、あの時は大きな事を言ったが、百パーセント上手くいくなんて確証はどこにもない。


「だけど、上手く行かせるためにやらなきゃいけない事には一切手を抜かねえし、失敗しないためにできることだったら何だってやってやる······だから、その、なんだ、これからも一緒に頑張ろうぜ?」


 チノに掌を差し出したのは無意識で、その事には掌を差し出した後に気が付いた。


 チノが返事をするまでの間が非常に長く感じられたが、実際には三秒と時間は過ぎていなかっただろう。


 チノは微笑みを浮かべて、手をこちらへと伸ばしてこう答えた。


「うん。でもカズヒサ、お願いすっとはこっちの方ばい。これからも、うちらの事ばよろしく頼むけんね。あ、でも無理はいかんよ?」


 そう言ってチノは、両手で優しく俺の掌を包み込む。


 この気温のせいでチノの掌は酷く冷たくなっていたが、俺には柔らかで温かく感じられた。


「分かってるって、もう心配かけるような無茶はしないよ」


「ふふっ、その言葉は、ほんなごてやろうか?」


 俺の言葉に、チノは少しだけ意地悪にクスクスと笑う。


「おっと、俺って案外信用が無えんだな」


「え、あると思っとったと?」


「うわっ、こりゃまた手厳しいことで」


「······っく」


「······っふふ」


 お互いに無言で見つめ合うも、ほぼ同時に噴き出してしまった。


「安心しんしゃい。うちだけじゃなく、皆もカズヒサの事ば信用しとるけん」


「そうだと良いんだけどな」


「そうばい、うちが言うっちゃけん間違いなかさ」


 あまりにもチノが自信満々に言うため、そうなのかと乗せられてしまう。


 西の空を見ると、いつの間にか太陽は沈んでいて、空は日の出前のように青白くなっていた。


「ねえ、カズヒサ。下ば見てみんしゃい」


「ん?」


 チノに促されて見てみると、そこには未だに燃え続ける炎の明かりがキラキラと輝いていた。


「こっちも綺麗かねぇ」


「そうだな」


 その瞳を輝かせて炎を見つめるチノの横顔がとても美しくて目を引き寄せられる。


 こんな時、気が利いた言葉でも言えたらと思っている自分がいる事に気が付き、十四歳の少女に何を考えているんだと猛省する。


 そう、俺はこの少女に助けられた恩返しをするために、行動を共にしているだけなのだ。


 変な気を起こしては断じてならない。と、胸に深く刻むと、俺はチノから目を離して、樹海の中で燃え続ける大炎を眺め、湧き出た煩悩を焼き払うことにしたのだった。






 拝啓、家族のみんなへ


 皆様お元気で新年をお迎えのことと存じます。


 今年は僕のせいで、新年をめでたく祝えなかっであろうこと申し訳なく思っております。


 ですがこちらは、焼畑作業も終わった所なので、打ち上げを兼ねて出来なかった新年の宴を開こうと考えて居ます。


 とりあえず、 お雑煮食べたいので昆布と鰹節と、もち米を送ってくださると幸いです。


 長くなりましたが、この辺で失礼したいと思います。どうかご自愛ください。



                      敬具

                   山口 和久

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