第三話【終着点 カースド大森林】
カースド大森林までの道中にある最後の村を出て、道無き岩場が続く海沿いを進むこと五日。眼下には地平線の彼方にまで続く大森林が広がっていた。
しかし、その殆どの木々が広葉樹なのか、この寒さのせいで葉が落ちてしまい、そのおかげで樹海の見通しは、すこぶる良くなっている。
ゆるい上がり下りの傾斜が続く山道。左側は切り立った崖になっており、その下は野獣や魔獣が歩く樹海だ。
なぜ、こんな荷馬車が進みにくい道を進んでいるのかというと、木々やその根に覆われた樹海の中を切り開きながら進むより遥かに楽だからである。
この経路を進むにあたって、斥候としてモングール族の若者四名でこの道を調べさせた。
彼等は、力仕事を押し付けてきたゲレルのおかげで仲良くなれた年の近い者達だ。名前は、ハワル、ゾン、ナマル、ウウゥル、という。
戻ってきた彼等から受けた報告は、家畜と荷馬車で三日程度の距離で樹海に降りれる緩やかな傾斜があり、その近くに湖を見つけたとのことだった。
ちなみに、それが三日前。
今のところ野獣や魔獣と遭遇することなく順調に進んでいるため、もうそろそろ目標地に到着することだろう。
アンちゃんの地図の記述で魔獣の事を知った俺とチノは、酷く気を落とした。
だが、最後に立ち寄った村で、ある物と情報を得たことで、幾らかは気分は良くなっていた。
そのある物とは、この握り拳程度の大きさの石。色は白色で遠目で見ればただの白色だが、近くで見ると微かに透けているのが分かる。
これは、最後の村で偶然出会った老人から、条件付きで譲ってもらった物だ。
その老人が言うには、若い頃にカースド大森林を山脈沿いに踏破した証明として石を持ち帰ったが、誰も信用してくれなかったらしい。
だから譲る条件として、この石をカースド大森林で拾った物であると証明して欲しいとのことだった。
この石は魔法石でもなければ効果な宝石という訳でもない。日本では敷石なんかで使われていたりする物だ。
だが、これは開拓をする上で後々必要になるため、老人がくれた情報は非常に有益な物とっなった。
掌の中で白い石を転がしていると、隣で手綱を握っているチノが口を開いた。
「ねぇ、カズヒサ。あれがハワル達が言いよった湖じゃなか?」
チノの白い指が指し示す方を見ると、確かにそこには太陽の光を不規則に反射している湖が見えた。
「おっ、やっと着いたか。これでようやく移動の旅ともおさらばできるな」
荷馬車の揺れにはもう慣れたが、常に激しい揺れが襲う岩場は体力の消耗も激しかった。
「湖の周辺は広い平地になってるようだし、そこにゲルを張ってしばらくの拠点にしよう」
「水も確保できるし、そいが良かやろうね。そいぎ、湖の近くでゲルば張るごと皆にはうちから言っとくけん」
「あぁ、頼んだ」
稀人である俺に出来る事、族長であるチノに出来る事はそれぞれ違う。だから役割分担は大切だ。
だが、開拓に取り掛かるにあたって、今後は人という天敵である俺の指示をモングールの皆に聞いてもらう必要ある。
まぁ、モングール族全体は無理であっても、男衆だけであれば策がある。
どうやって事を進めていくか脳内でシミュレーションをしていたら、いつのまにか湖の畔に到着していて、荷馬車の車輪も止まっていた。
チノは荷馬車から降りて、この上り下りが続いた道を歩いてくれた馬を労うように優しく撫でると、こちらを向いてに問いかけてきた。
「それじゃ、うちは皆にゲルば組み立てるごと言ってくるばってん、カズヒサはここで待っとくやろ?」
「いや、俺はちょっと湖を見てくるよ。気になることもあるし」
「一人で行くと? うーん、何が潜んどるか分らんし、落ちんごと気を付けんしゃいよ?」
「あいよ、分かってるって」
チノは少し不安そうな表情で注意を促すと、それ以上は何も言わず後続で待っている荷馬車の方へと駆け出して行った。
「さーてと、行きますかねぇ」
荷馬車を降りて、一度強く伸びをする。すると凝り固まっていた筋肉が一気に伸張して、間接の節々から次々と乾いた音が発せられた。
湖の畔に立つと、真円を描く美しい水面を一望することができたと同時に、とある違和感に気が付いた。
「やっぱりこれ・・・・・・カルデラ湖じゃねえなぁ」
湖があると聞いた時は、この山脈は活火山なのかと考えて居たが、どうやらそれは違うらしい。
ここに来る最中も、岩肌などを観察していたが火山活動の形跡は一切見られなかった。
つまり、この山脈は日本の富士山のように火山の噴火によって形成された物ではなく、エベレストのように大陸プレート同士がぶつかり、隆起したことで形成されたと推察される。
こういった場合、形成される湖は、万年雪から溶け出た水が窪みに溜まったものだ。そのため形は不規則な物になることが多い。
だが、この湖は掘り返されたように綺麗な真円を描いている。
そこから導き出された答えは一つだ。
「あー、こいつ隕石湖か。生で見るのは初めてだな」
山頂の方に万年雪は目視できる。だが、湖に流れ込む小川らしき物は見受けられない。大方、極小規模の隕石が飛来し、雪解け水が溜まっている水脈を突き破ったことで、圧力から解放された水が湧き出したのだろう。
そう考えれば湖が真円を描いているのにも説明が付く。
「カルデラ湖でもねえし、隆起した地層も石灰岩を主体としたもので構成されてるから、重金属の心配も要らなそうだな・・・・・・」
まさか、ここで農大の授業で取っていた地質学が役に立つとは思いもしなかった。
「よく脱線する授業をまじめに聞いといて正解だったな・・・・・・」
十中八九、飲める水であると思うが、後で水を火にかけて蒸発した際の残留物を確認するに越したことはない。
死活問題であった水の確保という課題がとりあえず解決し、その安心感からか溜息が洩れた。
「とりあえず水はどうにかなりそうだ。あとは、チノに男衆を俺の所に集めて貰うだけだな」
とりあえず、湖に関して一人で確認できることはこれだけなので、皆の下へ戻ることにした。
しばらく湖の畔を拠点にするため、建てるゲルは簡易式の物ではない。
そのため、ゲルの組み立てに時間がかかると判断した。
そこで、この時間を利用してハワルとゾンに頼み、傾斜の下の様子を確認してきて貰うことにした。
それで分かったことは、樹海と山脈との間には細い帯状に広がる草地があり、周囲の木々が落葉しているおかげで見通しも良いとのことだった。
これで、二週間程度は家畜のエサには困らないらしい。
ここまでお膳立てされてしまうと、後で強烈な竹箆返しを貰いそうで恐怖を感じるが、今は神様に甘えておくことにしよう。
ゲルの組み立てと、家畜達の柵の設置が完了した頃には、太陽は大きく傾き、空はオレンジ色に染まり切っていた。
今まで避けてきてしまっていたが、明日からの事を考えると俺は、モングールの男衆だけでもまとめる必要がある。むしろこれを失敗したら開拓は上手くいかない。
男衆をまとめるには、それ相応の士気を上げる何かが必要である。そして俺は、モングールの男衆の士気を上げる物を、チノが帝都で口にしたおかげで知っている。
これしか方法が無いと確信し、決意を固めた俺はチノに頼んで男衆を集めて貰い、今夜、命運を賭けた勝負の決起集会を開くことにしたのであった。




