表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
農大生の俺に、異世界の食料問題を解決しろだって?  作者: 有田 陶磁
第二章 樹海の大炎 開拓の狼煙
17/99

第一話【グレン辺境伯】



 昨夜は一悶着あったものの、朝に顔を合わせた時にはいつも通りのクリスに戻っていて、チノとも普通に話しているようすだった。

 だが、俺と目が合った時の瞳に、どことなく殺気が籠められていたような気がしたが、どうか気のせいであると信じたい。


 食事を終えて出発したのが日の出過ぎ。領都トレリアに到着したのは正午前だった。

 

 領都に入るにも人頭税が必要だったが、意外なことに人と獣人の金額は同じだった。

 しかし、三百人全員を中に入れる訳にもいかないので、俺とチノ、そしてクリスの三人で市壁をくぐってグレン辺境伯の屋敷に向かうことにした。


 屋敷に到着して、庭の手入れをしていた庭師に事情を話すと、辺境伯付きの執事と名乗る、燕尾服を着た老齢の人物に取り次いでもらうことができた。


「始めまして、この屋敷の執事長を務めておりますセガール・バルトロス・バネッティーと申します。話は我が主から伺っております。そちらの馬と羊はこちらの使用人にお預けください」


 庭師に家畜を連れている事を聞いたのか、セガールは若い小僧を同行させていたため、貢物として連れてきた足の速い一頭の馬と、丸々と肥えた二頭の羊はすぐに受け取って貰うことが出来た。


 ちなみに、なぜ馬を貢物にしたのかというと、グレン辺境伯が軍閥系の貴族だからという理由からだ。他にも、以前クリスからグレン辺境伯は変人であると聞いていたため、少しでも機嫌を取っておきたかったというのもある。


 屋敷の中に通され、豪華な応接間に案内されてから二十分が経過した頃、装飾を施された白い扉からノックが響き渡った。


「失礼致します。我が主が謁見の間にてお待ちです。どうぞ、こちらへ」


 静かでありながら、どことなく重みのある声でセガールに応接間から出るように促される。

 先を歩くセガールは老齢でありながら、ピンとした姿勢で歩く後姿は、実際の年齢より大幅に若く見えた。

 そんなことを考えながら大理石製の床を歩いていると、セガールは一際大きな扉の前で足を止めて、こちらに振り向く。


「こちらでございます。今、扉をお開け致しますので、今しばらくお待ちください」


 そう言って、軽く握った拳を持ち上げると扉を跳ねるようにノックする。

 すると、扉は内側からゆっくりと開かれた。


 完全に扉が開かれ、完全に制止したのを確認すると、セガールが口を開く。


「では、我が主の下へ参りましょう」


 セガールの言葉に頷き、再びその背中を追って謁見の間に俺達は足を踏み入れたのだった。


 一直線に敷かれた赤いじゅうたんの上を歩き、その赤い筋の先に一段高くなった場所に設置された白い椅子。

 そこには、淡い紫色の塗装が施された甲冑を身に着けた、厳つい男が鎮座している。

 おそらくあれが、グレン辺境伯なのだろう。


 年は四十代ぐらいだろうか、鎧越しでも分かる筋肉質な肉体と、完全に剃り上げられた頭が特徴的だった。


「ご主人様、先ほどお伝えしました三人をお連れ致しました」


「ありがとうセガール。あなたはもう下がって構わないわ」


「はっ、失礼致します」


 セガールを下がらせた男は、ニコリと笑い口を開いた。


「ようこそ仔猫ちゃんたち。あたしは、アンフィビアン・ドレーク・グレン。この辺一帯の領主よ。そうねえ、あたしを呼ぶ時はアンフィビアン卿でも、アンちゃんでも構わないわぁ・・・・・・ただし、間違ってもあんちゃんにはしないこと」


 その風貌からはとうてい似つかぬ言葉に、思わず硬直してしまう。


「帝国からあなた達の話は聞いているわ。モングール族の長、ボルテ・チノアちゃんと、うちの税の監視をすることになった裏切り者のクリスちゃん・・・・・・えーと、そこの可愛い坊やの話は聞いてないわねぇ。いったい誰かしら?」


 問いかけられているにも関わらず、あまりの衝撃に呆けていた俺は、数秒間かけてようやく我に返り、ドモリながら返答する。


「お、俺は、カズヒサと言います。野党に襲われ、それが原因で記憶を失いましたが、モングール族の皆に助けられて、今は行動を共にしています」


「そう、それは災難だったわねぇ。それに緊張しているのかしら、声が震えているわよ?」


「い、いえ、そんな」


「うふふ、良いのよ。あたしの美貌を前にして緊張しなかった雄は居ないんだから・・・・・・まぁ、あたしを変態呼ばわりして生き残った雄も居ないのだけれど・・・・・・ね?」


「ひっ・・・・・・」


 アンフィビアン卿は悪戯っぽくニコリと笑みを浮かべ、俺の反応を堪能したのか次はチノに視線を向けて再び口を開いた。


「遠路遥々良く来たわねえ。歓迎させてもらうわ、チノちゃん?」


「ひゃ、ひゃい!」


 隣で盛大に噛んだ返事が聞こえたということは、どうやらチノも酷く緊張しているようだ。


「あらあら、そんなに怖がらなくても良いのよ? まぁ、帝国側がどう考えてるのか知らないけど、あたしはチノちゃんを取って喰おうなんて思ってないから安心なさい」


「は、ひゃい!」


 再び盛大に噛むチノにアンフィビアン卿は苦笑したが、責める事は一切無かった。


「今日、今この瞬間を以て、あなた達モングール族はあたしの領民として迎え入れさせて貰うわぁ。税率は帝国の方から言われている物で構わないし、獣人だからといって上げるつもりも、下げるつもりも無いわ」


 あれ、この人もしかして、変た・・・・・・身なり格好と話し方が変なだけで、まともな領主なんじゃないのか?


「そうねえ、あなた達はあの森を開拓してくれるわけだし、それに最近の帝国のやり方も気に食わないから・・・・・・そうねぇ、一年目だけ税率を五割免除して、あ・げ・る」


「そ、そいは、本当ですか!」


 アンフィビアン卿の提案に、すぐさまチノは驚愕の声を上げた。

 まさに降って湧いた減税の話は、これまで辛い税に耐え、納める苦しみを知っている少女にとって夢にも等しい感覚なのだろう。


「えぇ、男に二言は無いわぁ。ただ、一つだけ忠告しといてあげる。今の言葉に甘えると痛い目に合うから気を付けなさい。それと、ここまで譲歩して上げたんだから、あたしの顔に泥を塗るような結果にしないこと。良いわね?」


「は、はいっ!」


 今度は噛まずに返事ができたチノ。その様子を見ていたアンフィビアン卿は穏やかな笑みを浮かべたのだった。


「そういえば、あなた達が持ってきてくれた馬をさっき見せて貰ったわ」


 唐突にアンフィビアン卿が貢物について触れたため、強制的に俺とチノの背筋に緊張が走る。


「ど、どがんやったでしょうか?」


 必死に標準語を喋ろうとするチノの口調は、相変わらずチグハグだったが言葉の意味は問題なく伝わったようだ。


「とても素晴らしかったわ。丁度、あたしの息子が乗るのに良い馬を探してたところなのよ」


「む、息子っ!?」


 話を聞いていると、突然理解不能な単語が耳に入り、驚いた俺は思わず声を荒げてしまう。 


「あーら坊や、あたしに子供が居たら変かしらん? こう見えてあたしは既婚者な・の・よ」


「い、いえ、てっきり、こっち側の趣味かと・・・・・・」


「やぁねえ、あたしは何も男だけが好きって訳じゃないの、両方とも好きなのよ。でも最近、息子があたしと話してくれなくて寂しいわぁ・・・・・・はぁ、どうしてかしら?」


 原因は目に見えてるが、それを言う勇気が俺には無かった。


「さて、お話はこの辺で切り上げるとしましょう。あなた達と話せて楽しかったわ、また来年の納税月に会いしましょう?」


「は、はい! アンフィビアン卿、今日はありがとうございました!」


 噛まずに礼を言えたチノに、アンフィビアン卿は人差し指を鼻先で数回振った。


「チッ、チッ・・・・・・お別れの時くらい、アンちゃんと呼んでくれても良いのよ、チノちゃん?」


 アンフィビアン卿の無茶振りに、チノは目をグルグルさせながら戸惑った様子をみせたが、覚悟を決めたのか軽く息を吸ってその名を呼んだ。


「え、えっ・・・・・・ア、アンちゃん?」


 アンフィビアン卿は、アンちゃんと呼ばれたのが相当嬉しかったのか、口角を上げて大いに口元を歪ませている。


「とっても素晴らしいわ! ご褒美としてカースド大森林までの地図をあげちゃう! あとでセガールに渡させるから受け取って頂戴ねぇ!」


「あ、ありがとうございます!」


 この茶番が終り次第、謁見は終了になるなと考えていたとき、そういえばフランツから預かった手紙をまだ渡せていないことに思い至った。


 懐に忍ばせておいた手紙を取り出し、まだケタケタと笑っているアンフィビアン卿に声をかける。


「横から勝手な発言をお許しください。アンフィビアン卿、帝国の税務官フランツ氏より手紙を預かっております」


「・・・・・・」


 声が聞こえなかったのだろうか、発言に対して一切の反応が見受けられない。


「アンフィビアン卿、フランツ氏より手紙を・・・・・・」


「・・・・・・」


 今度は視線すらも微動だにしなかった。つまり、完全な無視だ。


「アンフィビアン卿! ん・・・・・・アンちゃん?」


「どうしたのカズヒサちゅあん! あたしに何か用かしらぁー?」


 どうやらチノから始まった茶番がまだ続いているらしい。この禿だるまを正直言って殴りたい。


「は、はい・・・・・・帝国の税務官、フランツ氏より手紙を預かっております」


「はぁぁ? あのド腐れ守銭奴のフランツがあたしに一体何の用よっ? ・・・・・・クリス、手紙を受け取ってこちらに持って来てちょうだい!」


「かしこまりました」


 指示を受けたクリスは、封蝋が押された羊皮紙を俺の手から受け取ると、アンフィビアン卿の横に立って一礼し、それを差し出した。


「くだらない内容だったらお仕置確定よっ! ・・・・・・ふん・・・・・・なるほどねぇ」


 手紙に目を通し終ったのか、手の中で羊皮紙は再び丸められる。


「あの銭ゲバにしては面白い手紙を書くじゃない。カズヒサちゃん届けてくれてあ・り・が・と!」


「ど、どういたしまして」


 アンフィビアン卿はクリスに耳打ちすると満面の笑みを浮かべ、それとは対照的にクリスは酷く嫌そうな表情になった。


「さて、そろそろ本当にお開きにしないと、セガールにお尻を蹴られちゃうわね。二人とも有意義な時間をありがとう、カースド大森林の開拓が成功することを微力ながらここで祈っているわ」


 クリスの方から顔を戻し、仕切り直しの咳払いをしたアンフィビアン卿・・・・・・もとい、アンちゃんは最後の言葉をそう締め括った。


 こうして、短いながらも濃い時間となったグレン辺境伯との謁見は終了したのであった。






 拝啓、家族のみんなへ


 木枯しが吹きすさぶ頃、暖かい部屋に居る皆はますますご隆昌の事と存じます。


 こちらはグレン辺境伯領の領都レトリアに到着し、領主様にお会いしたしだいです。


 今日は比較的修羅場も無く、ただの変た・・・・・・特殊な趣味を持つ御方と顔を合わせました。


 中々迫力がある人でしたが、意外に良い人で気さくな印象を受けました。


 それと、人は外見で判断してはいけないという言葉が、今日ほど身に染みた日は他にありません。


 長々となりましたが、今日の所はこれぐらいにしておきましょう。


 寒さが日一日と増して参ります。お風邪など召されませぬよう御身体を大事にしてください。


                           敬具

                        山口 和久

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ