第十一話【帝都での買い物Ⅵ ~その手の温もり~】
第十一話【帝都での買い物Ⅴ ~その手の温もり~】
スミス商工組合の建物を出た頃には日は大きく傾き、空は茜色に染まり始めていた。
ゴルダンから教えて貰った穀物を取り扱う商会と、塩と香辛料を扱う商会に向かおうと歩いていた時、ふと脇道に掲げられた看板に目を奪われる。
「なぁチノ、あの看板には何て書いてあるんだ?」
「ん? あれは······魔法石・魔道具を取り扱う、ケルティック横丁はこちら······って書いてあるけど」
チノの口から出てきたまさかの単語に、思わず反応に困ってしまったが、どうにか口を開くことができた。
「えっ? この世界って魔法があるのか?」
「当たり前やん、そいがどがんかしたと?」
「えぇ、マジで! うわぁ······てっきりファンタジー要素皆無で俺の世界と何ら変わりないとばかり······」
「何ば驚きよっと? まさか、カズヒサの居った世界では魔法は使わんと?」
「うーん、使わないって言うより、俺の居た世界じゃ魔法を使える奴自体がそもそもいない。チノも魔法を、って言うかこの世界の人間達は皆使えるのか?」
「うちはその······使えん。それに魔法は才能がある人じゃなかぎ使えんとよ」
モングールの族長だったらまさかと期待したが、どうやらチノも魔法は使えないようだ。
「そうだよなぁ······使えるんだったら、ここまで来る間に魔法の類を見てるはずだし」
「何ば言いよっとカズヒサ、魔法なら毎晩必ず使いよるたい」
「······? まったく身に覚えがねえけど?」
「はぁ、日が沈んで外は暗くなってもゲルの中は明るかやろう。なんでやと思う?」
呆れたように溜息を吐いたチノは、嘲笑気味に問いかけてくる。
「何って、ロウソクの明かりだろ?」
「ううん、違う。燃えやすかゲルの中で剥き出しの火ば使ったら危なかけん。うちらは光石っていう魔法石ば使いよるとよ」
「え、そうなのか······? 確かに夜になったらいつの間にか明かりがついてたけど」
この一か月間の生活を振り返っても、火と言えば羊の糞を燃やしている場面しか思い出すことが出来ない。
「じゃあ他にも、魔法石には種類はあるのか?」
「有りはするばってん、普通に使えるとは水石と火石、南の方では暑い季節に風石ば使ったりするとは聞いたことのあるね」
「へぇ、結構種類があるんだな。その魔法石を手に入れれば、火や水が使い放題になるのは便利だな」
魔石の話を聞いて感心している所に、チノは容赦無く溜息を吐き出す。
「そんな訳なかろうもん。魔法石ば使うのにも準備が必要かとたい」
「えっ、準備?」
「そうよ、例えばうちで使いよる低品質の光石ば一晩光らせるとに、昼の間ずっと太陽の光に当てとかんばいかん。しかも、力ば溜めるとにも限度のあるけん、いつまでも光り続ける訳じゃなか」
「魔法石なのにソーラー充電式かよ······」
年甲斐も無く魔法という単語に胸が踊ったが、この世界の魔法は意外にも俗っぽくて苦笑いする。
「他にも、火石なら火の中に、水石なら水を吸わせんばいかん」
「つまり、属性ごとに魔力を石に溜めて使う訳だな」
「そういう事やね。それで、カズヒサは見に行きたかとやろ?」
「······ちょっとだけな」
こうして目的の商会に向かう前に、ケルティック横町へ寄り道することが決定する。
しかし、これが失敗だった。
鉄器の購入で、金銭感覚が崩壊気味だった俺達を止めるものはおらず、輝きが強く、またその持続時間も長いという十五シルもする中品質の光石を二十個、同じく十五シルの風石と火石と水石を五個ずつ購入した。
締めて二ゴルと二十五シル。日本円換算で三百七十五万円となる。
何かに使えるだろうという事で購入したが、店主のセールストークとセット割に絆された結果の散財だった。
何故か、一緒に店主のセールストークに骨抜きにされていたはずのチノから、金遣いの荒さに対するお説教を受けつつ、用のある商会を全て回って、月が出る頃には食料など必要な物品の買い付けを無事に終わらせることができた。
「いやぁ、塩がこんなに高いとは思わなかった······。まさか中樽満杯の岩塩で五十シルもするとはなぁ······」
「しょうがなかよ。塩は国王の専売品で塩税が掛けられとるけんね。そいでも、良かったたい。まだお金も結構余っとるもん」
「いや、それは辺境伯領についてから必要な分を買い足す用の金になる。どうせすぐに無くなるよ」
実際に帝都で買い物をしてみて、元の世界であれば今日購入した物品を揃えるのに十分の一もかかることは無かっただろうと思う。それだけこの世界の物価は高すぎるのだ。
「俺、調子に乗ってモングールの皆の金を使いまくってしまったけど······その······怒ってるか?」
必要な物品であることに変わりないが、自分で稼いだわけでもない大金を湯水のように使うのは、どことなく罪悪感があった。
そんな思いに駆られて、問いかけた質問にチノは、クスリと笑ってこう答えた。
「ふふっ、よかよか。お金は使うためにあっとよ? 今日、カズヒサが買いよったとは全部、これから必要になる物ってうちも分かっとる。それに、命さえあればまた稼ぐことはできるとやけん気にせんでよかさ」
横を歩いていたチノは、俺の背中を強めに叩くと少し前に出てこちらを向いて立ち止まる。
「そいじゃ、ゲレル達も待っとるけん帰ろうか······その、なんね、人の多かけん、はぐれんごと手ば繋ぎんしゃい」
そう言って差し伸べてきた手をマジマジと見ていると、チノは腕を振ってさっさと繋げと無言で抗議してきた。
「えーと、手を繋がれて歩くほど俺はガキじゃねえぞ?」
「そがん言うばってん、うちとはぐれて帝都の入り組んだ道の中ば、字が読めんカズヒサが一人で歩いて帰ってこれるとね?」
冷静になって考えてみると確かにそうだ。ここまで来る間に何度も道を曲がったし、街道を歩く人々の数や、街の雰囲気も昼と夜とでは大きく様変わりを始めている。
今、目の前に差し出された手はマジで命綱と言っても過言ではない。
「繋がんならそれでよかたい。迷ってもうちは知らんけん」
思考を終えてその手を掴もうとした瞬間、チノは痺れを切らしたのか、怒ったように背を向けて一人で歩き出した。
「え、ちょっ、つ、繋ぎます! 手を繋がせてくださいチノ様!」
先を歩いて行くチノの掌をどうにか掴み、迷子になる心配がなくなったことに安堵する。
「最初っからそがんすれば良かと。さぁ、ほら行くばい」
「はいはい、すいませんって······」
チノに手を引かれて歩きながら謝っていると、一軒の店に目が留まる。
「なぁ、あれ本屋か?」
「うん、そがん看板には書いてあるよ」
チノに看板に何を書いてあるかを確認してもらうが、どうやら間違っていなかったようだ。
「······ちょっと買いたい物があるんだけど良いか?」
「そいは良かばってん、何ば買うと?」
「文字の勉強もしたいから聖光教の聖書を買おうと思う。この世界のことも知りたいし丁度良いだろ?」
「そいやぎ、帝国から与えられた一冊ば持っとるばってん、そいで良かっちゃなか?」
「もしその聖書を傷つけてもみろ。神への冒涜だとか言って滅ぼされるかもしれねえだろ? 自分で買うから良いよ」
店に入って店主に事情を説明すると、大人用と子供用の二冊を勧められた。どうにも、この国で使われているビサンティ文字は、二種の音文字と形文字で構成されているらしく、子供でも読める二種の音文字だけで書かれた聖書と、形文字も入った大人用の聖書で勉強した方が良いとのことだった。
二冊合わせて三十五シル。チノは代金を出してくれると言っていたが、これはモングール族のためではなく、俺に必要な物であるためそれを断って、検問官のおっさんから貰った金で購入した。
店を出ると、暖炉の熱で温められていた身体を容赦なく冬の冷気が襲う。
「暖かい所から出ると、寒いのが分かるな。俺達を待ってるゲレル達と早く合流してやらねえと」
「そうやね。急ごう」
そう言葉を交わして歩き出すと、ほぼ同時に腕を伸ばして、自然と互いに掌を重ねていた。
どちらともなく繋いだ手に対して、互いに触れることは無かった。
他愛も無い話をして歩いていた時、ふと会話が途切れて沈黙が続いた。
そんな時、チノが発した微かな声が鼓膜と触れ合った。
「―――暖かい」
その声にハッとし、俺は少しの間を置いてこう返した。
「そうだな······」
そう口にした後、微かに掌を握る力を強められた気がして、無意識に俺も掌に力を籠めていた。
それから俺達は、帝都で暮らす人々で賑う街の中を十五分ほど歩き、ゲレル達と合流した。
待っていたゲレルからは、帰りが遅くて心配しただろという内容の説教を少年時代ぶりに受け、帰路に着いたのだった。
拝啓、家族のみんなへ
天高く馬肥ゆる秋ち言いますが、米の収穫を終えた皆さんは如何お過ごしでしょうか?
私は今、金策をどうにか解決し、物価の違いに戸惑い、金銭感覚が崩壊しかけています。
ところで最近、この世界の本を二冊購入したのですが、値段は驚くことに日本円で三十五万円。
これには悪徳な、教育用品のセールスマンもビックリですね。
一冊三百円もしない週刊少年誌を買うのに躊躇していた自分が、とても可愛く思えてきます。
最近というか、ここ数日はとにかく修羅場が多かったように思えますが、
あなた方の息子は元気に生きておりますので、ご安心ください。
季節の変わり目は体調を崩しやすいと言いますので、ご自愛ください。
敬具
山口 和久




