不用意な先輩と苦労する後輩
何となく思いついたから書殴った程度のものです。
私立狛米学園高等学校。
特別成績が優秀ということも無く、特別部活が盛んという訳でも無く、特別荒れていることも無く、特別提携を持っているという訳でも無い。唯一の利点は都会にあって交通の便が良いことと、悪い噂も無ければ偏差値がとても低いということも無いので人数が集るぐらいのこと。
彼女、逸見 朝莉はそんな狛米学園に入学した初々しいJK。黒髪眼鏡で清楚で真面目そうな印象を与え、そして彼女もそんな印象と違う事無く、頼まれると断るのが苦手という性分であった。
故に彼女が中学時代は学級委員長を押しつけられ、あまつさえ生徒会長にまでなってしまった経歴がある。本人としてもあまりやりたいことでは無かった為に、高校からはどうやって逃げるかを考えた結果、先に図書委員になってしまうという方法を思いつき実行した。
目論み通り、図書委員となった彼女は学級委員長を押しつけられる事無く無事に委員決めを終えることが出来た。
誤算だったのは、図書委員にいる委員長であったことを知るよしも無かった彼女は、日替りの図書館担当をその委員長と一緒にやることとなってしまったことだった。周りの先輩の哀れむような視線に気付いていれば、事態は変ったのかもしれないが、彼女は気付けなかった。ただ、それだけが誤算だったのだ。
「やあ、逸見君。質問を良いかな?」
「・・・セクハラは辞めてくださいね委員長」
「やだな。僕が1度でもそんなことしたことがあるかい?」
委員長と呼ばれた男は穏和そうな笑みに朗らかな雰囲気を纏い、顔立ち自体は整っている。パッ見では格好いいとかイケメンという部類に入るであろう男だ。
逸見は当初こそ委員長と一緒ということに少しドギマギしたものだった。何せ彼女の人生は男と縁遠かったからだ。なのにいきなりイケメンと一緒に仕事となって嬉しかったのも事実。その舞上がりのせいで、周りの視線に気付けなかったというのも事実。
「散々しているじゃないですか」
「僕は知的好奇心から質問しているだけで、そう捉える逸見君がドスケベなだけだろ?」
普通ならば何を言っているんだこの変態! のような論理だが、委員長と呼ばれた彼は真剣そのものだった。馬鹿にしているとか、免れようとしているとかそうでは無く、彼自身、心からそう思っているのだろう。
良くも悪くも彼は極度に天然であった。分らないことは直ぐさま質問し、理解を得ようとする。その性格故に学校でも成績は優秀で先生たちの評判だったとても良い。模試テストだって全国で二桁台前半以下を取ったことがない程だ。
が、その天然故に、本来ならば質問を躊躇うようなことを躊躇無く聞いてくるのだ。
「逸見君はドスケベさんなんだな」
「だから違いますよ。お願いしますから本当に辞めてくださいね」
そう良いながらも恐らくは委員長は質問を辞めることは無いことを理解しており、同時に頼まれたら、聞かれたらちゃんと考えて答えてしまう逸見は溜息を付いた。
委員長はそんな逸見の態度などお構いなし、と言うよりも見てさえいないのか質問を繰出した。
「僕は常々不思議に思っていた。女子はスカートの中身、つまりパンツを見られることを嫌うだろ?」
「・・・ええ、まあ」
「なのにスカート。それも短くしている子だっている。風が吹けば捲れるし、階段登れば角度が付いて見えてしまう。あんなセキュリティ低いものでどうやって隠し通せると思っているのかが理解出来な、いたっ!」
そう言いながら逸見のスカートを摘んで軽く持上げようとした委員長の手を逸見は払いのけた。今の行動も委員長がパンツを見たいからでは無く、セキュリティの低さを示す為の行動だとは分っているものの、逸見は頭を抱えたくなった。
「触らないで下さい」
「でもセキュリティが如何に甘いかを実証しなければ納得しないだろ?」
「穿いているので実感していますから」
そうか、と1人納得した委員長は言葉を続ける。あくまで視線は彼女を見ているのでは無く、スカートを見て、だ。
逸見はこれにも困った。委員長はどこを見ているか、隠す気が無い。スカートを見ているということは、同時に逸見の足を見ているということになる。さらに言えばスカートから覗く太股を、だ。スポーツよりも本を読む逸見は肉付は比較的良い方で、太股も自他共に認めるムッチリだ。幸いなことに、お腹周りなどにはあまり付いていないのだけれども。
コンプレックスに思っている所を凝視されるのは良いものでは無い。が、辞めてと言っても太股を見ていないよ、と返されるだけなのが眼に見えていて、言う気さえ起きないでいた。
「しかし、学校ではこのセキュリティの低いスカートを強制的に穿かせている」
「そう言う発想はしたこと無かったですけど、極端な話しではそうですね」
「つまり、学校はスカートの中のパンツを見せたがっているということだ!」
「いやそれは違うと思いますよ!?」
そう、天然なこの人は分らないことを質問する以外にも、変な着地点を見つけてそれを話すことも多い。それ故に入学当初にはモテモテだった彼は、夏休み入る前には学校1の変人というレッテルが貼られ、いや縫付けられた。本人は気にもしていないようであるが。
「学校とは女子一同の敵であったのだ! そして男子の味方であった!」
「だから違いますって。制服は、聞いた話しですけど協調性を高めるとか、一目でどこの学校に人間か分るようにしているとかそう言う理由ですよ」
なるほど、と得心がいったような表情を浮べる委員長に対し、逸見は我ながら納得したフリをすれば良かったと後悔している。なぜならば、このままだと新たな疑問や着地点を話し続けるからだ。
「つまり、学校側の制服着用に理由がある以上、別の方法でセキュリティを高めてパンツを見られないようにしなければならない、ということだね逸見君。流石は女の子だ。パンツを見せたくない一心で色々調べたんだね」
そんなことはしたことが無い、と心で毒づきながらも困ったようなハニカミで何となく流してみたが、委員長の中では逸見はパンツが見られたく無い一心でその方法を探し回った子、というレッテルを貼られてしまった。勿論、覆せなくは無いのだが、一週間付きっきりでようやくかかるような大仕事だ。大抵の人は諦めてそのレッテルを貼ったままにしてしまう。
逸見のドスケベなどのレッテルも最初は剥がそうと頑張ったのだが、次から次えと貼られて貼られて貼られて、最後には諦めてしまったのだ。1年生である彼女が3年生である委員長と会うのもこの同じ日の図書当番だけだと諦めたのだった。
「そう言えば、そんなパンツを見られたく無い逸見君は今日はどのようなパンツなんだい?」
そしてナチュラルにセクハラをしてきているも、眼は真剣そのもの。不思議に思ったから質問した、という彼の思考は下着を見せてというとセクハラだが、聞くだけならセクハラにならないという考え方らしい。
「・・・教えませんよ」
「何故だい逸見君!? 僕は心の底から今君が穿いているそのパンツに興味があるというのに!!」
「ちょっ、声が大きいですよ委員長」
「構うものか! それに図書室には誰も居ないじゃないか!」
「そんな声で話したら廊下にまで聞えますから」
図書館に人がいれば、委員長は真面目に仕事をする。いや、正確にはこのような雑談をしないのだ。根が生真面目故に、仕事があれば、それを優先する。しかし、仕事が出来る人間である為、やらなければいけない仕事は来て10分とかからずに終らせてしまうのだ。故にお昼休みぐらいからやる仕事が無くなり、誰も来ない放課後ではこのような会話のやり取りが行われてしまっている。
「さあ逸見君! 君が今穿いているパンツはどのような形状でどのような柄で何日穿いているのか答えてくれたまえ!」
「まず何日も同じなんか穿きませんから!」
なるほど、と手帳と取出して何かを書込み始めた。どう考えても、たった今の発言をメモしているとしか思えず、逸見は慌てて手帳を取上げようとしたが簡単にいなされてしまう。
「それで?」
「だから教えませんってば。いいですか委員長。女性の下着が見られたく無い、って話しの流れだったのですから、教える訳無いじゃないですか」
「それは見られたく無いであって教えたくない、だろ?」
見られたく無い=教えたく無いにはならないさ、と爽やかな笑顔で答えるとまるで回答を、質問の答えを待望んでいるかのように真っ直ぐと見据えている。
「・・・それでも教えたくありません」
「言いふらしたりしないさ。僕が楽しむだけで」
「十分嫌ですよ」
「個人的には逸見君のような大人しそうな子は、こう・・・ それ紐じゃん! というよなセクシーな下着を着けているイメージなんだがどうだろうか?」
「そんなの持ってすらいませんから!」
逸見の持ってない発言に眉を顰めておかしいな、と呟く委員長。どうやら彼のイメージと言うよりも、彼の中では決定した事柄だったのかも知れない。身勝手極まり無いが、そういう人物なのだ。
「ならばシースルーな」
「違いますよ! 普通のですよ普通の!」
「普通とは? 女子の普通は男子には分らないぞ逸見君。ちゃんと教えて貰わなければ」
こうやって結局答えるハメになっている逸見は今回の話題こそどうにか避けたいと思っていた。勿論今穿いているのがとても際どいものとかでは無く、エスカレートしたら困るからだ。
「そうかそうか。確かに自分だけ話すのは恥ずかしいな。よろしい。ならば僕が今穿いているパンツを見せてあげよう。そうすればお互い五分五分となり、恥ずかしさも無くなるだろう」
「無くなりませんし、見たく無いですよ委員長のパンツなんて」
至って真面目に考えてこうなのだから困る。実際委員長と呼ばれた男はベルトを緩め終っていた。ちょっとでも絶句していれば、直ぐさまにズボンを降ろして見せていたことだろう。見られたいとかでは無く、善意として。
そして彼なりにどうすれば私が言いやすくなるかを真剣に模索している。決してどうにかして聞きだそうでは無く、逸見が言いやすいようにが前提な所も委員長の凄さとも言える。良くは無いのだが。
「ならば逸見君、絵で表すのはどうだろうか?」
「いや、教えたくないのに何で絵を描いて教えるんですか・・・」
「最近の漫画などでは下着など当り前に描かれ、あまつさえ下着の中に手を入れるものもあると聞く。なれば、そこにパンツの絵を描くことは決してエッチなことでは無いのだよ!」
描きたくないと描いたらダメは別物であるとは思っていないらしく、描いてダメってことは無いという考えからならば描ける、という結論に至っているようであった。
つまり、エッチなことを描いてはダメ、という思考回路を持っているが、漫画でも描いているからエッチでは無い、だから良いという思考らしい。
「これを使ってくれたまえ逸見君」
自分が持っていた手帳を1枚破り、持っていたペンと共に逸見の前に置いた。まるでワザワザ君の為に用意したんだぞ、ぐらいの態度が全開なのだが、逸見はそれについては諦めている。実際、委員長はこの行為を善意だと信じて疑わないだろう。
「ですからね委員長、教えたく無いんです」
「ふむ。つまり・・・」
そう言って逸見に差出した手帳の切れ端に何かを描き始める委員長。ささっと完成させた絵は申訳無い程度の面積しか無い膨らみがあり、三角形っぽい形をしている紐だ。やたら立体で描かれ、生々しいと思える程の画力を持っている委員長も委員長であるが、それで描いたものは、恐らくはパンツ。それも最初に彼が逸見が穿いているのではと話したパンツだ。
「さっき否定はしたものの、実はこういうパンツを穿いていて、今描いたらさっきの嘘がばれてしまう、と思ったからかい? ならば気にしなくて良い。僕としては、逸見君がこういうパンツを穿いている方が興奮するから、寧ろ嬉しいくらいさ。今晩は君に決りだね」
最後の一言は完全にセクハラになっているのだが、委員長としては褒め言葉ぐらいの使い方をしている。実際今晩の妄想の相手に使われるのかは逸見としては知りたくもない所だが、イケメンに使われるというのは、行く分か心が躍るようにも思う。逸見としては最初だけで現在ではウンザリしているのだが。
委員長は自己完結している為、放っておけば確実にこの下着を身につけている、とされてしまう。もうドスケベ等々のレッテルは諦めているものの、いや、機会があればそれも剥がしたいとは思っている逸見はこればかりは流石に訂正しなければと思った。
実は委員長、言いふらしたりはしないものの、聞かれたら答える律儀な人なのだ。極々一部にだけしか伝わっていないが、逸見がドスケベというのも知っている人がいるぐらいだった。最も、同情心を向けてくれていたので委員長の人柄を知ってるからなのだろうけども。
つまり、こういう下着を着けている、という情報が漏れる可能性がかなり高い。ワザワザ聞きに来る人も滅多にいないだろうけども、そういう噂が立ってしまったら困る。しかし、彼女にはそれを打消す案が思い浮ばず、仕方が無く、
「違いますよ、貸してください。こういうのです」
真実を描くしか無かった。実際逸見が穿いていたパンツは白ベースで、ピンク色のリボンと白いレースが付いた、可愛らしい、普通なパンツだ。
先端を潰した三角形を描き、簡単なリボンの絵とフリルを表すグルグルを四ヶ所に描いて委員長に返した。
「ふ〜む・・・ 逸見君。こう・・・ 汚れまで描かなくて良かったのだよ? 確かにそういう性癖にも僕は理解はあるけれど、僕自身はそうでは無いし」
「よ、汚れじゃ無いですよ!」
慌てて引ったくり、注釈を添えていく。中央から矢印を伸して白、リボンから矢印を伸して薄いピンクのリボン、そしてグルグル全てから矢印を伸してフリル、と付け加えた。まさか汚れを描く何て思われると思っても見なかった。
「こうですよ」
「フリルだったのか。後ろ側にはクマさんが描かれているのかい?」
「リボンが無いだけで同じですよ前と」
結局自分が穿いている下着を委員長を教えてしまったという残念感と逃げようと頑張ったのに無駄だった徒労感からか、やたら疲れたように感じて両手を組んで上へと体を伸した。
委員長は下着の絵を暫く眺めていると、唐突に逸見と向いになる方向へと変えた後に後ろへと下がった。椅子にはキャスターが着いていないので、ズーと音を立てたが、図書館ながら誰も居ないので気にする人もいない。
「逸見君、立ってくれたまえ。この下着を当てはめて想像してみる」
逸見は絶句した。下着を教えるだけで終るかと思っていたが、あまつさえ自分を立たせて穿いている自分を想像してみると言出したのだ。実際に穿いている下着を教えている以上、それは殆ど見せているに近い。勿論細部は教えていないし、自分の足も正確に教えていないので完全に一致することは無いが、それでも羞恥心的には見せているに近しい。
「嫌ですよ。何で想像するんですか」
「何故って・・・ 見せて貰えないだろうからね。それとも見せてくれるのかい?」
「そりゃ見せませんけど・・・」
委員長の中では理屈が通っているらしく、自信満々という風だ。一方の逸見は勿論納得がいかない。何で見せなければいけないのか、全く持って納得がいかない。そして見せないと想像されることだって納得はいかない。他人にならまだしも自分に、それも宣言してだ。
「もう教えたく無いことを教えたんですから終りにしてくれませんか?」
「教えたく無いことを教えたのなら最後まで付合うべきだと思わないかい?」
自分の知的好奇心の為ならば何とでも言えるこの委員長相手に、逸見は太刀打ち出来なかった。普通の女子がするように、思いっきりなじって罵って怒ってしまえば、委員長と言えど流石にそれ以上はやらない。最低限、常識を持っているからだ。
が、怒られない為に平気、という考え方をしている委員長に取って、怒らない逸見はスケベな娘だからきっとこういう質問も良いのだろう、という見られかたをしている。つまり、委員長は自分が正論を言っていると思い込んでいるのだ。
そしてそれを真っ向から、怒って違うと言えれば逸見の扱いも変ったのだろうが、何より押しに弱く、そして怒ることを苦手としていた彼女は餌食となってしまった。怒らないと、怒らないとと思いながら怒れないでいる。そしてズルズルと付合う内に、質問に答えたりしてしまっている。悪循環なのだ。
そして今回も、最後まで付合うべきと言われ、そうなのかもと思ってしまっている。押しに弱い所が遺憾なく発揮されてしまっている。それでもまだ羞恥心が勝っているようで
「恥ずかしいです」
「大丈夫。それがきっと気持よさに変る時が来るさ」
「・・・露出狂を目指している訳じゃ無いのでその時は来ないで大丈夫です」
そう良いながらも、彼女は自分の中で、ただ立つだけだし、脱ぐ訳じゃ無いし、という考えが生まれている。必死でそれをかき消そうとしているが、衝突を避けてきた彼女に取って、余程嫌、エッチしたいとか付合ってくれなど以外は妥協しても良い所を捜してしまう癖があり、今回も見せるよりも、という一段階上のことを考えて良いかもと考えつつあった。
「しょうがないな」
もう少しで立上がりそうになった逸見を制したのは、委員長本人だった。そう呟くと、残念そうな表情を浮べて席を立った。
逸見もその表情を見て一瞬立上がりそうになったが、頑張って堪えた。折角勝てたのに、自ら負けようとしている行為に気付けたからだ。
実際逸見は気付いていない。今日立たなくても、来週この部屋に入る時は立っていることを。そうで無くても帰り彼女も立上がって帰るのだ。今は無駄な抵抗だということに気付いていない。
しかし、委員長もそれに気付いている訳では無い。彼は奥の本棚から1冊取出し、パラパラと捲りながら戻ってきた。
「どうしたんですか?」
「ん? いや、僕が委員会に入ってから1度も借りられたことのない本があるから、そろそろ裏に下げようかと思って」
「そういうのって他の本を入れたらやるんじゃないんですか?」
「あっ、そうか。失敗失敗。逸見君、悪いけどこの本をあそこの本棚まで戻して貰えるかい?」
確実にわざとである。逸見を立たせる為にわざと本を持ってきた。そしてそれを返すのをお願いすることで席を立たせようとしている。
「・・・手の込んだことをやりますね」
「何、先輩として本がどこにあるか把握しているかチェックしなければならないしね」
最もらしいことを良いながら、さっきのメモを、パンツの絵が描いてあるメモを手に取ると目線の高さまで上げた。どうやらしっかりとイメージする気でいる。逸見としては、ただ考えられるだけならばまだマシだが、ここまでやるぞ! とポーズを取られては恥ずかしさが増すばかりだ。
「自分で返してくださいよ。委員長が取ってきたじゃないですか」
「逸見君は冷たいな。お願いだよ、僕の代りに返してきておくれよ」
普段であれば、逸見は直ぐさまに返しに行っていただろう。そのパンツの絵さえ無ければ。しかし、1度は折れかけた心と、普段はやっていること。逸見はもう耐えられなかった。
「分りました。けど、できるだけ見ないで下さいね」
「できないから見てるかな」
期待はしていなかったものの、予想通りの回答に深く溜息を付いた。本を受取って起ち上がり、出来るだけ気にしないように足早に本棚へと向った。本棚は奥ともなると何処に何があるのかあまり把握していないようで四苦八苦しながら場所を探した。取出している所を見ていたが、上の方にあって踏台を使ってもギリギリ届く程度だったせいか仕舞うのにはかなり苦労を要した。
逸見が戻ってくると、委員長は何かを書込んでいる。また変なことを書いているのかと思ったが、日誌を付けているようだった。時間にしてはまだまだ早いけども、やることが無いので先に書いてしまうのも悪いことでは無い。その後、何かあったら書足せば良いからだ。
そう思って逸見はずっと凝視されていなかったことに驚きつつも、言葉ではああ言うけども気を使ってくれてはいるのかな、などと麻痺したことを考えていると
「できた」
と委員長が顔を上げた。日誌が書上がれば今日の業務はほぼ終ったようなもの。逸見としては本でも読んで終りまで過したい。委員長もそれを良しとしてくれるタイプな為、そこだけは逸見も気に入っている。今日もそうして貰おうと思って日誌に自分の名前を書こうと引寄せて、言葉を失った。
日誌には絵が描かれている。腰ぐらいまで髪の毛がある女の子の後ろ姿。それも・・・
「ちょ、これ私じゃないですか! それにスカート穿いてないしですし!」
「うん、力作だよ。どこか間違って無いかな? スカート越しに見るお尻の大きさだから正確とは言えないけども、大きめだと予想したよ」
まるで褒められるかと思っている子供のような無邪気な笑顔に逸見は毒気を抜かれ、勢いよく立上がったものの、そのまま落ちるように座った。
改めて絵を見た逸見が驚いたのは、お尻や太股のムチムチさ加減が限りなく自分、つまり本物っぽかったことだ。見せたことは無いし、プールだってまだやっていない。体育だって短パンだからこんなハッキリと見せる機会など無いというのに。
「どうかな? 似ているかい?」
「って、なんで日誌に描いているんですか! 消さないと、ってボールペンじゃ無いですか!」
「ああ。力作を消されたく無かったからね」
力作、そう称するだけあって逸見から見てもとてつもなく上手い。これが自分で無ければ笑い話程度なのだが。
「先生に見られちゃうじゃないですか」
「大丈夫。小林先生は女子高生の下着は大好きだから。きっと喜んでくれるよ」
「嫌ですし、小林先生のその反応はそれはそれで問題ですよ」
それだけじゃ無い。日誌は一ヶ月分纏めてある為、他の図書委員もこの絵を見る可能性は高い。スカートを穿いていない、爪先立ちをして右手を伸しているこの高い所の本を戻そうとしている女子生徒の絵は誰ということは分らないものの、図書委員の人たちならば描いた人物から誰を描いたかは容易に想像出来る。
「僕としてはこっちのオススメパンツバージョンも描いておくべきかと思うのだけれど」
「辞めてください」
「そうかな。そんな逸見君の姿の絵を見たら、稲田君なんて来年は君と一緒に当番をしたいと思うんじゃないかな」
それが嬉しいか嬉しくないかは人よるとは思うが、少なくとも逸見には有難い話しでは無かった。稲田君とは委員会でしか会ったことがない、クラスも別の人。グヒっ、と笑うので女子からは気持悪がられていると聞いたことがある。
「しかし逸見君は可愛らしい下着だね。これなら見られてもマイナスにはならないのではないかな?」
「見せませんし、見られたくないですよ」
「そう! 見られる。最初の話しはそこだったよね」
勢いよく委員長が立上がった。今の今まですっかり忘れていた、と言わんばかりだった。
確かにパンツ談議は逸見の下着についてでは無く、元々は委員長が繰出した、スカートだとセキュリティ低いよね発言から発展したものだ。セキュリティが弱いという話しで終っていたので、逸見としても終ったものと思っていた。
「つまり、スカートを穿かないといけない中、セキュリティが緩い中、どうやって中を守るかだよ」
「スパッツとかタイツ穿けば良いと思いますけど」
「ダメだ。あれらは透けて結局パンツを見られることになる。それはそれで興奮するけども、今回は目的はパンツを見られないことだ」
ちょいちょい性癖を明かしていく委員長に守備範囲広すぎだよね、などとどうでも良いことを思っている逸見。逸見としては、最早興味は無かった。と、言うよりも委員長の結論は飛躍しすぎて参考にならないのだ。実際見られない良い方法が彼の口から出るのならば、それを実行しても良いとは思っているが、十中八九あり得ない。逸見はそう結論付けており、尚かつ確信している。
「ならどうすれば良いと考えますか? スカートの中央の前と後ろをホッチキスで止めたりします?」
「それは制服改造になって校則違反だ。悪いことをしてはダメだよ逸見君。ちゃんと謝って!」
「・・・すみません」
ちゃんと謝れて偉いね、と頭を撫でてくる委員長になす術無く撫でられている。これは撫でられたいからでは無い。既にさっきのやり取りで、逸見は疲れていた。だからもう適当に流しているのだ。ただ、普通の人の流しと違ってしっかりと話しを聞き、答えている為流しているとは言い難いのだが。
「僕は画期的な方法を思いついた。これならばセキュリティの甘いスカートでも確実にパンツを見られることが無い。もしこれで見た人がいるならば、そいつはアルセーヌ・ルパンの生れ変わりだろう」
「何で泥棒なんですか」
「泥棒では無い。怪盗だ。怪盗ルパン。三世では無いぞ」
何か拘りでもあるのか、泥棒という所に反応を示した。逸見としてもどちらでも良い、と言うかどうでも良かった。逸見も本が好きなのでアルセーヌ・ルパンのシリーズは一通り呼んだが、イマイチはまらなかったので何となくしか印象に残っていない。アニメの三世もスペシャルは見たりしているけども、欠かさない訳じゃ無い。やはりどうでも良いのだ。
「その方法はね、逸見君」
ワザワザ委員長が区切って言う時は、決って『何ですか?』という合の手を欲しているからだ。ここ二ヶ月ぐらいで逸見が知ったことだが、意外と探偵物が好きなようで、こう言う時は促される合の手を欲しがる。そして入れてあげないと永遠と繰返す。
「・・・その方法は何ですか委員長?」
「うむ。ズバリ! 穿かないことだ! 最初からパンツを穿かなければ見られることなんて無いのだよ!」
逸見は堪らず転んだ。ひな壇芸人がやるような、椅子に座ったままズルッと転ぶやつだ。スカートでやると危ない為にあんまりやらないのだが、ついやってしまった。
「委員長、それは本末転倒です」
「何故だい? 女子が希望するパンツが見られないという点では最強の堅固さを叩出していると言うのに」
アルセーヌ・ルパンで無ければパンツが見られない理由も、部屋に侵入するなりしてタンスを開けないと拝めないからなのだろうと逸見は頭で考えた。
男女によって下着に求める効能は違うのだろうけども、飛躍しすぎていて話しにならない。委員長は変人で変態と言いたい所ではあるけども、彼なりに真剣に考えて出した結論だということも分ってしまっている逸見は罵倒するよりも、何故ダメかをハッキリ言って上げるべきだと考えてしまう。
「そもそもパンツはその下である股を見られたく無いから穿いているんですよ」
「なんだそんなことか。大丈夫、逸見君ならモジャモジャだから大して見えないよ」
「ちゃんと手入れしてますから!」
委員長は親指と人差指でOKマークを付くり、そしてそのまま手のひらを上に向けた。逸見が不審がってよく眼を懲らすと、親指と人差指で何か細いものを挟んでいる。その細い何かはそこそこ長く、縮れている。
「先ほど逸見君が席を立った時に椅子に落ちていたものだ」
「ちょ! そういうの拾わないで下さいよ!」
「いや臭いが気に成ってね」
「嗅いだんですか!?」
「流石に一本じゃよく分らなかったけどね」
逸見は流石に顔が真っ赤になった。椅子に落ちていた、となると、限りなく近い正解は・・・ 陰毛ということになる。他の誰かのと主張したいが、自分が座る時は椅子を1度撫でるように払うので、可能性は低い。ましてや先ほど行ったことは真逆だが、整えることをちょっとサボリ気味という自覚がある彼女にその長さは限りなく自分のだと思ってしまう。分ってしまう。
「捨ててくださいよ」
「いや、まだ調べたいから持ち帰るよ」
何を調べるつもりか分らないが、ポケットから取出した小さいサイズのジップロックに投入れてしっかりと風を始める委員長。逸見は慌ててジップロックを取ろうとしたが、メモ同様にいなされて仕舞う。
「ダメですよ捨ててください! それは完全にセクハラですよ!」
「何故だい? 僕は落ちていた毛を拾っただけで」
「でもセクハラです! 捨てて下さい!」
いつも以上の剣幕と勢いに気圧されたのか、委員長は仕方がないといった表情でジップロックから取出した毛をゴミ箱に入れる。逸見の顔を赤さはまるで消える様子は無い。
「何調べるつもりだったんですか?」
「臭い成分とかね」
「嫌がらせですよそれ・・・」
「そうかい? 僕としては女の子の汗の臭いは素晴しいと思うのだけれどもね。股なんて常に閉めきった状態だから、その素晴しい臭いが充満していそうじゃ無いか」
「委員長は臭いフェチなんですか?」
逸見が力無く質問すると、委員長はキリッとした表情で
「いや違う。そういうフェチもあると知っているから体験しようかと思ってね」
キーン コーン カーン コーン
「おや、今日も終りだね逸見君。僕は鍵を閉めて日誌を提出して帰るから先に帰りたまえ」
「はあ、どうも・・・ ってダメですよ! その日誌の絵を消さないと!」
「何故だ! こんなよく描けているのに!」
「だから余計にダメなんです! こちらに渡して下さい!」
逸見 朝莉。まだ6月に入ったばかり。今後も委員長との図書当番の日が続く。
「朝莉も大変な先輩に当ったよねぇ〜。面白そうな人だとも思うけどさ」
次の日、クラスメイトと共に食事を取っている逸見。大人しそうな彼女と違い、胸元を大きく開け、スカートの中を見られるの上等と言わんばかりに足を隣の机に載せてあんパンを貪る金髪の少女。逸見の親友というよく分らないギャルのような子だった。
「でも朝莉って剛毛そうだもんね。仕方がないというか」
「そんなこと無い・・・ と思うけど。比較したこと無いから自信無い」
「それに臭いきつそうだし」
「えっ!? そうなの!?」
このギャル娘は逸見とは付合いは短く、入学した当初に何故か仲良くなった。普段接するグループは全然違うものの、お昼だけは2人で食べることが多かった。
彼女は見た目に違わず性に関しても奔放だったせいか、逸見は委員長と気が合うのではと内心思っている。
そして歯に衣も着せないような何でも言うような子だった。裏表が無いが、その分ストレート過ぎて相手を傷付けることもあった。逸見はそれも良い所なんだと受入れているからこそ、ずっと仲良くやっているのかも知れない。
「ま〜、でもその先輩の案はダメだよね。パンツ無しは」
「そうだよね。余計に恥ずかしいし」
「目覚めちゃうもん、気持よさに」
えっ? と眼が点になった逸見に指で顔を出すように指示して近付き、耳元で
「私、もう3年ぐらい穿いてない」
逸見はつくづく思った。ああ、自分の周りはこうも変態が多いのだろうか、と。視線は彼女が投出している足に向く。スカートはちょっとずり下がっており、足も上に向いて組んでいるので、降ろすにしろ何にしろ、見えるチャンスが存在する。それも穿いていない。
「だからその先輩に言ってあげな。その案はダメでしたっ、て」
無邪気な笑顔の彼女を前に、ただ肯くしか出来なかった逸見。彼女は気付いていない。その言葉をそのまま伝えれば、逸見自身が実行した結果のように聞えてしまうことに・・・