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第9章ー2

 この状況を鈴木商店にしても台湾銀行にしても座視していたわけではない。

 金子直吉には、商売人としての才能は抜群なものがあったが、一つ欠点があった。

 株で言うところの「損切り」が、金子にはできないのである。

 少々損が出ても、金子はついしがみついてしまう。


 今の鈴木商店は、戦争で言えば、味方の戦況が悪化し、戦線を一時的に縮小再編制して、味方の戦力を整え直して、その上で反攻に転ずべき時期に達していた。

 それなのに金子は戦線の縮小に反対するのである。

 部下(参謀)が、戦線の縮小を唱えると金子は飛ばすことも辞さなくなっていた。

 こうなっては、鈴木商店の経営にとって、今や金子は障害にしかならなくなっていた。


 それ故、台湾銀行と鈴木商店の改革派は、鈴木家の一員でもある高畑誠一(高畑は鈴木商店の「お家さん」鈴木よねの孫婿であり、家系的にも鈴木の3代目にふさわしい存在)を旗頭にして、鈴木商店からの金子の引退を策した。

 だが、「お家さん」が断固、反対した。

「金子さんあっての鈴木商店や。金子さんを辞めさせては、いけません」

 鈴木よねは、そう言い、その母に後押しされた二代目、鈴木岩治郎も、

「金子直吉は鈴木の大功労者である。これを辞めさせることは人間としてできぬ。せめて、相談役として金子の現役を続行させてくれ」

 と、台湾銀行の担当者に言い渡す有様だった。


 台湾銀行は、こういった状況から、金子を切り捨てられない鈴木商店を見捨てることさえ、検討に入っていた。


 林忠崇元帥の下には、そういった情報が入っており、貴族院議員として、どうすべきかを考えていた。

 そこに、元老の山本権兵衛元首相から自分の下に来るように連絡が入った。

 林は、山本元首相を急きょ訪ねることにした。


 一しきり、挨拶を交わした後、山本元首相は単刀直入に本題に入った。

「何のために、林侯爵を呼んだと思う」

 山本元首相は、林元帥に問いかけた。

「私を侯爵と呼ぶということは、政治絡みですな。軍事絡みではない」

 林元帥は、そこで言葉を切った後、謎解きに答えた。

「鈴木商店のことでしょうか。しかし、私は貴族院の無所属議員だ。法案成立にそんなにお役にたてるとは思えませんが」

「鈴木商店の事なのは当たりだな。そして、普通に考えれば、その通りだ」

 山本元首相はそう言った後、気持ち声を潜めて続けた。

「実は、空軍関係者、具体名を言うと伏見宮将軍から、わしに依頼があった。鈴木重工が破産騒動となると国防の一大事になるので、何としても鈴木商店を救ってくれとな」

「ほう」

 林元帥は、興味深いと言った表情を浮かべながら言った。

 山本元首相は、林元帥に事情を説明した。


 1926年末、日本空軍悲願の初の国産陸上戦闘機、鈴木重工製の87式戦闘機は初期故障等の数々の問題を無事にクリアし、とりあえず仮採用が決まった。

 増加試作機12機を作って、実際に部隊運用してみて、制式採用という段取りである。

 だが、ここまで来た以上、ほぼ制式採用が決まったと見てよい段階だった。

 それなのに、鈴木重工の親会社たる鈴木商店が破産寸前と言う悲報が空軍上層部に届いたのである。

 制式戦闘機の開発、採用がとん挫する、空軍上層部は血相を変える羽目になった。

 空軍上層部は、鈴木商店を何としても救え、と陸軍や海軍にも懸命に掛け合うことを決めた。

 今の空軍のナンバー2、参謀本部次長(空軍担当)は、海軍から異動した伏見宮陸軍中将だった。

 伏見宮は、皇族の力を生かして、元老の山本元首相に面談して協力を要請した。

 このため、山本元首相自ら、鈴木商店救済のために乗り出さざるを得ない状況になったのである。


「林侯爵、金子直吉のクビを斬ってくれ」

 山本元首相は言った。 

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