第2章ー3
人種差別撤廃問題について、日本は国際連盟問題と絡めて処理することにした。
実は国際連盟については、日本の代表団はほとんど準備をしていなかった。
米国の伝統的な理想主義からウィルソン大統領が訴えているだけで、この国際会議で実現するとは考えていなかったのである。
牧野元外相がパリについてみると、英仏米が本気で国際連盟を作ろうとしているのを見て、慌てて本国の原首相に照会する有様だった。
そして、原首相から国際連盟結成に前向きな連絡を受け、積極的に国際連盟結成に動くとともに、人種差別撤廃問題も訴えることを日本の代表団は急きょ決めた。
だが、林元帥が予言したとおり、各国の腰は重かった。
「道徳的には日本の提案に賛成したいですが、米議会の議員が納得しないでしょう」
米国のウィルソン大統領やランシング国務長官は、否定的な言葉を連ねた。
「何しろ、議員にとって選挙は大事です。日系移民等は選挙権を持っていませんからね。選挙民の多くが人種差別論者だ。ジム・クロウ法等、我が国で選挙権を持っているのは基本的に白人だ。彼らの多くが白人至上主義を訴えている。国際連盟規約どころか、法的拘束力のない国際連盟の前文に人種差別撤廃問題を入れても、多くの議員たちが内政干渉をする国際連盟に入るな、と喚き散らすでしょう」
「豪州を始め、我が英連邦諸国の国内でも民衆レベルの黄禍論は根強い。人種差別撤廃問題については、我が英国も反対せざるを得ない」
バルフォア英外相も牧野元外相に気の毒な顔はするものの、上記のように言った。
豪州から来たヒューズ豪首相は、牧野元外相と林元帥が同席する場で頭を下げながら言った。
「豪州の国民は、ガリポリでサムライに助けられ、最終攻勢においてもサムライと共闘できたことを喜んでいます。しかし、それは日本人に対してだけです。日本人以外のアジア人を対等に扱うべき、と私が公式な場で発言したら、私は国会議員の議席を失うでしょう」
「やはり難しい。人種差別撤廃条項を国際連盟の前文に入れるのは無理と諦めざるを得ないか」
牧野元外相は、林元帥にこぼした。
「そうですね」
林元帥は、発想を切り替えた。
「国際連盟規約の制定は、全会一致が原則でしたよね」
林元帥は、牧野元外相に確認した。
「そうだが」
牧野元外相は林元帥を見返した。
「発想を変えましょう」
「採決が全会一致では、まとまるものもまとまらなくなります。かといって大国が一致しないと実効力が無い。採決は多数決とし、但し、英仏米伊日の五大国には単なる反対では無く、拒否権までも認めるという修正案を、我が日本は提案します」
牧野元外相は他の国の代表団に訴えた。
「確かに小国の横暴に振り回されるのは敵いませんな」
中華民国の代表団に振り回された各国の代表団は日本の提案に賛成した。
「人種差別撤廃条項は、国際連盟委員会ではなく、連盟国総会議での採決に賭けましょう」
林元帥の入れ知恵で、牧野元外相は西園寺元首相に訴えた。
「英米が拒否権を発動したら、自分で自分の首を絞めることになるでしょう」
4月28日、最初の連盟国総会議の席で、牧野元外相は人種差別撤廃条項を前文に入れるという修正提案を行った。
最初の連盟国総会議の場で、いきなり拒否権を発動して、決議をひっくり返す、どう見ても英米が悪者になってしまう。
英米の代表団はしてやられたという表情を浮かべた。
反対投票はするものの、拒否権発動を英米の代表団はせず、賛成多数で日本の修正案は通った。
「やったな」
西園寺元首相は日本の代表団の面々と握手を交わした。
前文に入っても、法的な実効力は無い。
だが、人種差別撤廃条項を前文に謳わせることには成功したのだ。
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