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第8章ー13

 馮玉祥将軍の機嫌は極めて微妙なものがあった。

 まさか、日本の海兵隊が北京に赴き、皇帝溥儀を連れ出そうとするとは、馮将軍は予想していなかった。

 しかも、1個小隊でそれを行うというのである。

 勇敢と言うべきか、無謀と言うべきか、迷うところだった。

 何れにしても、この1個小隊は公然と天津から北京に向かっており、自分や奉天派の張作霖らのところに事前通知が行われている。

 そして、米国の圧力により、奉天派はこの1個小隊に安全通行権を改めて与えることを表明していた。

 つまり、この1個小隊に馮将軍率いる部隊が攻撃を仕掛けたら、馮将軍は、奉天派との戦争を早速覚悟せねばならないという状況になったのである。

 馮将軍は思いを巡らせた。


 どう考えてみても、この1個小隊は全力で守らねばならん。

 あからさまな挑発行為だが、ここまでやられては、乗る方が馬鹿だ。

 北京周辺で自分が信頼できる部隊は2万程、後は自分が優勢なので味方に付いた者ばかり。

 奉天派の軍勢は10万以上いる。

 1個小隊を殲滅するのは容易いが、そうなると天津にいる日本軍が全力で自分に刃を向けるだろう。

 奉天派は当然その尻馬に乗る。

 自分の敗北は間違いない。

 その後。

 馮将軍は、更に考えた。


 軍閥同士の戦いなら、敗北しても下野すれば、まず命は助かる。

 しかし、日本軍は別だ。

 自分は草の根分けても探し出され、良くて名誉ある銃殺、悪くすると惨殺されるだろう。

 特にサムライについては、東学党の乱、義和団事件で数々の悪名を聞かされた。


 曰く、東学党の乱でサムライと戦った東学党員は全員が戦死した。

 曰く、義和団事件の際、義和団員がサムライに対し、10倍以上の人数で包囲して白兵戦を挑んだが、全員が返り討ちにされて、骸を晒した。

 その際に、サイトーというサムライは、100人以上を斬り殺し、自らは無傷だった。

 等々。

 嘘だろうと思う話もあるが、自分にその話をした皆が、これは真実だと言い張った。


 本当か嘘か知らないが、今回、北京に向かっている1個小隊の指揮官はヒジカタというが、その祖父はそのサイトウの直属の上官で、剣術の師匠だったという噂が流れている。

 それなら、この一見、無謀に見える行動も放胆極まりない計算された行動に違いない。

 馮将軍は、背筋が凍る思いがしだした。

 馮将軍は、部下に対して、海兵隊には絶対に手を出すな、とあらためて厳命した。


 そんな想いを馮将軍がしているとは露思わず、土方大尉率いる1個小隊は、北京にたどり着いた。

 土方大尉は、北京市街に入ると、わざとゆるゆると自動車を進ませた。

 北京のどこに皇帝溥儀がいるのか、連絡はあり、地図もあるので、さっさと行けなくもないのだが、示威行為として、土方大尉はそれを行った。

 馮将軍の部下達は、それを見て、驚嘆して話し合った。


「俺たちを怖れていないのか。僅か50名の部隊だぞ。こちらは数万人いるのに」

「義和団事件の時に、列国の軍隊の中で最精鋭の名をほしいままにしたと言うが、その遺風だな」

「指揮官も指揮官だが、部下も部下だ。部下が指揮官にきちんと従っている」

 自然と馮将軍の部下の多くが、敬意を込めた表情を浮かべ、海兵隊を遠巻きにして観察していた。


 目的地の醇親王邸に海兵隊の部隊が近づくと、鄭孝胥やレジナルド・ジョンストンが文字通り飛び出してきた。

「よくぞ来てくださいました。本当に来てくださるとは」

 口々に感謝の言葉を、彼らは述べた。

「行きましょう。天津へ。荷物とか積み込みたいものがあれば、積みこんでください。申し訳ないですが、一部の人は荷台で我慢してください」

 土方大尉は丁寧に述べた。

 2人は肯くと、人を呼び、海兵隊員もそれに協力して荷物の積みこみを始めた。 

 少しネタに奔らせてもらいました。

 でも、私が新選組伝説に毒されているせいか、この話に出てくるサイトーこと斎藤一が史実の義和団事件に参戦していたら、本当に百人斬りをやってしまいそうな気が。

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