第8章ー12
東京の海兵本部から、閣議で北京からの皇帝溥儀脱出について、海兵隊1個小隊の北京派遣を認める決定がなされたという連絡を受け、米内光政少将は、土方歳一大尉に1個小隊を率いて、正式に北京に赴くように下令した。
土方大尉は、表面上は冷静極まりない態度で、その下令を受けて、1個小隊で天津から北京へと出発していった。
1個小隊とはいえ、荷物を運ぶ等のために、自動車30台の使用が行われている。
土方大尉本人としては、多少なりとも気を紛らわせるために、自ら車の運転をしたかったが、指揮官として行動するのに、自ら車の運転をしていては色々支障があることから、結局、部下の下士官に運転を任せ、自らは助手席に座って、北京に赴くことになった。
土方大尉は、車に揺られながら、米内少将の今回の命令を初めて受けた時のことを考えていた。
「土方大尉に命ずる。指揮下にある海兵中隊の中から1個小隊を選抜し、それを直卒して北京へ赴き、皇帝溥儀を救出せよ」
米内少将は、自らの副官と土方大尉の3人だけで別室に入ると、いきなり土方大尉に上記のように下命した。
土方大尉は衝撃の余り、沈黙してしまった。
内心では、その命令の無謀さに怒りを通り越して、絶望感さえ感じている。
何しろ、北京では降兵も含むとはいえ馮玉祥将軍が3万以上の兵を率いており、その兵力で北京を完全制圧下に置いているのだ。
そこに1個小隊、50名程で赴いて、どうやって皇帝溥儀を救出しろと言うのだ。
しかも、その命令を下した米内少将は自分の眼前で笑いながら、そう言っているのだ。
米内少将は狂ったのではないか、とまで土方大尉は思った。
土方大尉の内心を察したのだろう、米内少将は、顔色を改めて言った。
「わしが無謀極まりない命令を下したと思っているような顔をしておるな」
「そんなことはありません」
土方大尉は、表向きそう言ったが、不機嫌そうな顔を半分わざとした。
自分に死ね、と米内少将は言っているのだ、これくらいのことは許されるだろう。
「裏を知らねば、そう思うのも当然だ。だが、これからの私の話を聞けば、納得できるのではないかな」
米内少将は、言葉をつないだ。
「まず第一に、この1個小隊の派遣は、馮将軍を始め関係各所に事前通告をして行う。この派遣は義和団事件の際に締結された北京議定書に基づくものと説明もする。この小隊に攻撃を加えるということはどういう意味を持つことになるかな」
「それは」
土方大尉は、そこで言葉を詰まらせた。
どう見ても、公然たる宣戦布告行為だ。
日本の世論は激昂し、加藤内閣は北京政府に宣戦布告をする、と言う事態になる。
英米を始めとする国際世論も日本を支持するだろう。
「そして、その後の日本の報復で最も損害を被るのは誰かな?」
米内少将は笑みを今度は浮かべた。
言うまでもない、それは土方大尉率いる海兵小隊に攻撃を仕掛けた馮玉祥将軍率いる部隊だ。
奉天派はさっさと米国に仲介を依頼して、馮将軍率いる部隊に攻撃さえ仕掛けるだろう。
旧安徽派や中国国民党も、馮将軍率いる部隊が損害を被るのを内心では歓迎するだろう。
「だから、馮将軍は、我々を保護せざるを得ない。下手をすると、中国国民党あたりが工作員を使って我々に攻撃を馮将軍が仕掛けたような工作さえしかねないしな」
米内少将は腹に一物ある人間の顔を浮かべた、
「念のために、米国政府に奉天派へ圧力を加えるようにお願いもしている。どうか、北京へ行ってくれないか」
米内少将は最後に土方大尉に頭まで下げた。
ここまで言われても是非もない。
土方大尉は、本当に大丈夫かと疑問を持ちつつ、指揮下にある1個中隊から選抜した1個小隊を率いて北京へと赴くことになった。
ご意見、ご感想をお待ちしています。




