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第8章ー6

 小泉六一中将が使者兼工作員として選んだ日本陸軍の下士官は、現地の中国人に変装して、馮玉祥将軍と10月18日に接触していた。

 お互いに数度、既に直接、会った仲である。

 会談自体は問題なく始まった。


「天津に海兵隊が到着したのは、ご存知でしょうか」

 下士官の問いかけに、馮玉祥将軍は笑顔で答えた。

「私の部下から報告がありました。日本は本格的な軍事介入をするつもりですか」

「表向きは、あくまでも在留邦人の保護です。表向きは」

 下士官は、自らも笑みを浮かべた後、更に続けた。

「佐世保海兵隊、「新選組」を選んで派兵してきたといえば、真意を察していただけるでしょう」

 下士官は内心で思った。

 馮将軍がどう思うかは、こちらの知ったことではない、だが、威嚇するには十分だろう。


 この下士官の見るところ、馮将軍はどうもかなりの野心家で、陰謀もそれなりにできる人物のようだった。

 奉天派が馮将軍に誘いを入れており、更に半分地下に潜伏している安徽派や、性質の悪いことに孫文率いる中国国民党も、馮将軍に連絡を取っているらしいことが、現地の日本陸海軍部の工作員の調査により判明していた。

 苦戦している奉天派は、馮将軍の寝返りを頼みにしている。

 馮将軍が、奉天派に自らを高く売りつける代償として、安徽派だけではなく中国国民党との連立政権案を奉天派に呑ませる可能性があった。

 そんなことになったら、日米には困った事態になる。


 日米が中国に有する各種の利権や在留邦人がテロ行為にあい、日米が保護を求めても、中国国民党が参画している北京政府がそれを無視するという事態が起こりかねないのだ。

「弱腰の幣原外相め。本当に日本政府は、馮将軍や北京政府に一発ガンと軍事介入をして、性根を叩き直してやるべきだ」

 下士官は内心でそこまで突き詰めて思っていた。


「よろしいでしょう。私は奉天派に付きます。私が率いる部隊を北京に向け、直隷派にぶつけましょう。「新選組」を出すとは、どうも日本も本気で介入するようですからな。勝つ方に味方せねば」

 終に馮将軍は、下士官に約束した。

 下士官はほっとして、馮将軍の下を辞去した。


「本当に奉天派に付くのですか」

 馮将軍の側近が、馮将軍に尋ねた。

「このまま直隷派にいても、先が見えませんからね。寝返らせてもらいます。ですが、私を脅したツケは日本からとり立てねば」

 馮将軍はそう言った。

「どうするおつもりで」

「中国国民党と奉天派、安徽派で連立政権を北京で樹立します」

 側近の問いかけに、馮将軍は平然と言った。

「しかし、それは日本を敵に回すのでは」

 側近は、馮将軍を諌めた。

「何、日本が本気で介入するつもりなら、砲兵や戦車部隊も同時に派遣するはずです。つまり、日本は本気で戦うつもりはない」

 馮将軍は、日本の足元を見透かしていた。


 だが、馮将軍は考えの中に、もう一つの列強である米国を入れるのを忘れていた。

 そのため、後に手痛いしっぺ返しを馮将軍は受けることになる。


 ともかく10月19日、馮将軍は寝返りを最終決断し、配下の軍を動かした。

 10月22日、直隷派の呉佩孚討逆軍総司令官の命令を公然と無視したまま、北京市の中心部の近くにまで、馮将軍は配下の軍を前進させた。

 これは、明らかにクーデターの前触れだったが、奉天派の軍と対峙していた呉総司令官の下には、馮将軍の指揮下にある軍に、急きょ向けられる自らの信頼する部隊が存在しなかった。

(直隷派も、奉天派も勝ちに乗じている時は、配下の部隊を信頼できたが、敗勢になると寝返る配下の部隊が多かった。)

 馮将軍は、呉総司令官が部隊を動かしていないことを確認すると、北京市街の制圧に掛かった。

「北京政変」が始まった瞬間だった。 

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