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第7章ー4

「本当に、おかんだな」

 大西瀧治郎大尉は、横須賀港沖合で日本初の空母における初着艦を行おうとしている「鳳翔」を見ながら、独り言を言った。

「おかんですか」

(本人としては不本意極まりないことながら)世界大戦以来の経緯で、大西大尉とコンビを組まされることの多い草鹿龍之介大尉は、合いの手を打った。

 その周囲には、山本五十六中佐や井上成美少佐ら、海軍出身の空軍軍人が集まっていた。

「どうして、おかんというのだ」

 山本中佐が大西大尉に尋ねた。


「いえ、山本中佐は知らない話かもしれませんが。「鳳翔」の艦内には、ライターもマッチも外部からの持ち込みは一切禁止で、艦内は完全禁煙とのことです」

 大西大尉は、心持ち声を潜めながら言った。

「何でそんなことに」

 好奇心をくすぐられた井上少佐も口を挟んだ。


「航空機用燃料のガソリンタンクを「鳳翔」では、設置していないので、そんなことになったとか。止むを得ないとして、ドラム缶を「鳳翔」に持ち込むことで何とかしているそうですが、そんなことをしたら」

 大西大尉は、笑いを隠せない表情になった。

 周囲にいる面々も、現在は陸軍傘下の空軍の軍人だが、元々は海軍軍人が揃っている。

 大西大尉の言外の意味が分かり、笑いが堪えられない者が何人も出た。


 その一人、山本中佐が笑いながら言った。

「艦内では火気厳禁にするしかない。下手に気化したガソリンに引火したら、「鳳翔」は爆沈してもおかしくないことになるぞ」

 謹厳実直をもってなる井上少佐も、懸命に笑いをこらえながら言った。

「何でそんなことにした。艦政本部の面々は、腹を斬るべきだな」

「ええ、だから、それを想いながら、「鳳翔」を見ていると、子どもの目の前で煙草を吸うなと文句をつける母親に「鳳翔」が見えてくるので、おかんだと」

 大西大尉は、笑いながら言った。

 その場にいる全員が笑い転げる始末になった。


 笑いを何とか収めた山本中佐が言った。

「ま、確かに「鳳翔」は、今後、建造されるだろう日本の航空母艦の「おかん」に間違いなくなるぞ」

「「おかん」ですか」

 草鹿大尉も何とか笑いを収めながら、山本中佐に問いかけた。

「うむ」

 山本中佐は、あらためて「鳳翔」を見ながら言った。

「「鳳翔」は日本初の航空母艦と言っても過言ではない。その運用実績等に基づいて、日本の航空母艦は整備されていくことになるだろう。つまり、日本の全ての航空母艦の母に、「鳳翔」はなるわけだ」

「確かにそうですね」

 井上少佐が相槌を打ち、大西大尉や草鹿大尉らも無言で同意しながら、「鳳翔」に注目した。


「ところで、吉良大尉が空母での初着艦に問題なく成功するかどうか、賭けないか」

 山本中佐は、その場の雰囲気を変えるためもあるのだろう、いきなり話を変えてきた。

「それは、問題なく成功しますよ」

 草鹿大尉は、即座に答えた。

「吉良大尉の失敗に賭けるというのは、同期生としては、はばかられますな。成功に賭けましょう」

 大西大尉も成功に賭けることにした。

 周囲の面々も成功に賭ける者ばかりだった。

「賭けにならないな」

 山本中佐は、賭けを諦めてしまった。

「仕方ない。吉良大尉の発着艦を、ここから眺めるか」


 ちなみに、ここでの会話が後に海軍内にも広まり、「鳳翔」の仇名、隠語は「おかん」になる。

 そして、その名にふさわしく「鳳翔」は、第二次世界大戦が終わるまでに、日本の空母の中では、最多の母艦搭乗員を育て上げた。

 第二次世界大戦後、老朽化した「鳳翔」は、廃艦、解体の運命を迎える。

 特別に開かれた「鳳翔」の廃艦式には、数多くの母艦搭乗員が参列し、涙をこぼした。

 その様子は、母の遺体に取りすがり泣く子どものようだったと、ある新聞の記事は報じた。 

 嘘と思われそうですが、史実でも「鳳翔」はネット情報を見る限り、ライター等持ち込み禁止で完全禁煙だったとか。

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