幕間ー1 関東大震災等
幕間になります。
関東大震災の前の現況説明回も兼ねています。
1922年8月、木更津に隠居所を構えた林忠崇元帥を訪ねようと、土方勇志提督は1日休暇を取って、横須賀から木更津へと車を走らせていた。
土方提督の運転する米国製シボレーは払い下げを受けた中古の代物だったが、故障をせずに無事に木更津へとたどり着いた。
やはり、米国製は違うな、国産の量産車でこの性能が出せるのはいつだろうか、と内心で思いつつ、土方提督は、林元帥の隠居所の玄関をくぐった。
林元帥は、土方提督を歓迎して、玄関まで出迎えた。
「わざわざ、自分で車を運転してくることも無かったろうに。鉄道で来てもよかったのでは」
応接間まで共に歩みながら、林元帥は、土方提督に声を掛けた。
「休暇を利用して車を運転して景色を楽しむのが、最近の私の趣味ですから」
土方提督は、そう答えながら、林元帥の様子を伺った。
林元帥は、古稀を超えたにもかかわらず、相変わらずかくしゃくたるものだった。
昨年末に開かれた帝国議会開会中は、東京に詰めて、必ず登院していてたのことだ。
この年末に開かれる予定の帝国議会でも変わらぬ姿を見せることになりそうだった。
「車の運転が趣味か。時代も変わったものだな」
林元帥は、慨嘆するように言い、自ら応接間の襖を開け、土方提督を応接間へと誘った。
「頼まれたものを持参しましたよ」
応接間の椅子に座ると、土方提督は風呂敷包みを解いて、中に入っていた私家版の書籍を取り出した。
母、土方琴の遺稿となった書籍だ。
自分の甥姪がせがんだことから、母は自分が土方歳三の下に嫁いで、今に至るまでの生活の思い出を語った。
それを甥姪が文章にまとめて、自分の親戚や知人に見せる内に、書籍で読みたいという要望がその人たちから出て、私家版の書籍としてまとめたのだった。
「わざわざすまんな」
林元帥は、頭を下げて、ぱらぱらと拾い読みした。
土方提督が気が付くと、林元帥は目に涙を浮かべていた。
「どうか、なさいましたか」
「いや、君の父上、土方歳三提督の苦労がしのばれてな。北の大地でさぞ苦労されたのだろうと思いが駆け巡って」
土方提督の問いかけに、林元帥は声を少し詰まらせながら答えた。
林元帥は、自らの若い頃の苦労も思い起こしていた。
戊辰戦争の後、自分が軟禁生活を送っていた頃に、土方歳三提督は北の大地に赴き、屯田兵として、そこの開墾に当たられていたのか。
その時の苦労が目に浮かぶようだ。
2人の間に、林元帥が本をめくる音だけが流れる静かな時間がしばらく続いた。
一しきり、その書籍に目を通し終わると、林元帥は土方提督に書籍を返そうとしたが、土方提督は謝絶した。
「1冊、差し上げますよ。亡くなった母も喜ぶでしょう」
「ありがとう。私の思い出話の書籍をお礼に渡そうかな」
土方提督の言葉に、林元帥はどこまで本気なのか、そう答えた。
「いただけるなら、大歓迎しますよ」
土方提督は、林元帥の冗談だと思って、軽く答えたが、林元帥は半分本気だったらしい。
「いや、予備役編入されて、侯爵に陞爵して、手元不如意になってしまってな。この際、思い出話を回想録としてまとめて、書籍として売ろうかと。米とかだと有名人の回想録はそれなりに売れるそうだから」
「それはまた」
土方提督は、途中で林元帥が投げ出すと思い、軽く承けあうことにした。
「何でしたら、鈴木貫太郎海兵本部長にも協力をお願いして、間違いのない回想録にしませんか」
「土方が協力してくれるなら、頑張るか」
林元帥はやる気を出した。
その後、土方提督が鈴木海兵本部長に軽い気持ちでこの話をしたところ、話がどんどん大掛かりになり、実際に、林元帥の回想録が海兵隊の教本という名目で海兵隊の全面協力を経て、出版されることになる。
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