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第5章ー14

「この度の世界大戦は、我が日本に多大な損害を与えました。欧州に本格派兵した結果、7万人近い戦死乃至戦病死者を出したのです」

 鈴木貫太郎海兵本部長は、言うまでもないことだが、わざわざ前置きをした。

 つまり、それだけ陸海軍内部でそのことが深刻に受け止められているのであるということである。

 貴族院議員にして予備役元帥海軍大将の林忠崇は、鈴木の内意を察して黙って肯いた。


「その結果、国民の多くが後ろ向きになってしまいました。できる限り、平和の配当を味わいたい、軍備を減らせる限り減らしてほしい、というのが民意の大勢です。我が陸海軍の首脳と言えど、民意に完全に逆らうわけには行かない。完全に逆らった結果、独と同様に政府の崩壊に至ってはかないませんから」

 鈴木はそれだけしか言わなかったが、林には鈴木の内意が分かった。

 日本国内で見ていれば、そこまで切迫感を自分も味わなかったと思うが、自分も含めて欧州に赴いた陸海軍の士官は、文字通り刻一刻と独国内の事情が急変し、帝政が崩壊して共和制が成立するのを目の当たりにしたのだ。

 民意を無視し続けたら、反動は本当に恐ろしいことになる。

 現在の陸海軍の上層部には、そのことが分かった面々が揃っている。


「かといって、軍の質的向上は図らねばならない。何しろ、我が軍の後進性は周知の事実です」

 鈴木の言葉に林は肯いた。

「そうなると、量的削減を行うことで質的向上を図るしかありません。軍人を減らさざるを得ないのですが、余りにも減らし過ぎると有事の際の軍人が確保できない。本当に難しい話です」

 鈴木は言葉をつないだ。


「そのために、一部の軍人を予備役編入しつつ、現役の勘を維持させることを、我々は考えました。例えば、鉄道連隊の人員を全て予備役編入の上で鉄道省に移管することで、表面上は軍縮を図りつつ、実際にはその能力を維持させるのです。他にもいろいろと考えています」

 鈴木はわざと含み笑いをした。


「そう言ったことから考えると、予備役士官訓練課程を(旧制)高等学校や大学に設け、その教官として現在の現役軍人を予備役編入の上で大量に送り込むのはいい考えだと思いませんか。山県元帥が言われるように予備役士官学校を設けたのでは、その教官は現役軍人のままですので、人員削減になりません。ちなみに空軍が予備役士官制度を積極的に推進しているのは、世界大戦で人員の消耗に悩んだからです。操縦員や整備員の養成には時間が掛かりますから」

 鈴木は更に偽悪的な表情を浮かべながら、説明を終えた。

 林は天を仰いで考え込んだ。


 確かに鈴木の言うとおりだ。

 更に鈴木の考えを採用すれば、新たに予備役士官学校を建てる手間も省ける。

 予め学校を建てることが決まっているところに、増築計画を押し込めば済む話だからな。

 それにしても空軍本部長の福田雅太郎将軍は、世界大戦で余程痛い目を味わったものと見える。

 いろいろと考えた末に、林は鈴木の考えを受け入れることに決めた。


「良し分かった。議員として、お前の考えを推進してやる。山県元帥は元老でもある。わしが積極的に説得してやろう。山県元帥が考えを変えれば、他の軍人も腰砕けになる奴が増えるだろう」

 林は鈴木に約束した。

「有難うございます」

 鈴木は林に頭を下げつつ思った。

 本当に山県元帥が考えを変えて下さるのだろうか?

「どんな人間にも弱いところがある。そこをうまく突けば、大抵の人間が折れるものだ」

 林は悪い笑みを浮かべながら、鈴木に言った。


 鈴木は更に想いを巡らせた。

 この後の山県元帥の説得は林閣下にお任せしよう、自分は知らない方がいい世界のようだな。

「どうかよろしくお願いします」

 鈴木は頭を下げつつ言った。 

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