第5章ー13
同じ章ですが、主な話が変わります。
陸海軍の予備士官養成に関する話です。
話は変わるが、陸海軍部共に将来の戦争の際の士官の損耗について、世界大戦の経験から懸念を覚えるようになっていた。
何しろ途中から欧州派兵に協力した陸軍でも若手士官、尉官クラスの1割以上が戦死、海軍に至っては最も戦死者をだし、地獄を見たと謳われた海兵41期生に至っては8割近くが戦死したのである。
慌てて、海軍兵学校の入学枠を増やして、海軍は対処したが、陸軍にしてもそれを眺めているだけで済ませるわけには行かなかった。
諸外国の士官養成制度を陸海軍がいろいろと研究する中で着目したのが、米国の予備役将校訓練課程制度(ROTC)だった。
「米国の予備役将校訓練課程制度を参考に、(旧制)高等学校や大学の一部の学生に給付制の奨学金と引き換えに士官訓練を施して、卒業後は士官にするのか」
「ずっと現役軍人として働くわけではない。8年間働いたら、原則として退官してもらう」
「もし、8年間、軍人として働かなかった場合には?」
「事情に応じて、奨学金として支給された金額の全額又は一部を国庫に返納してもらう」
「なるほど、ずっと士官として働かせるわけではないし、30歳程で退官するわけだから、人件費の増大をそんなに気にしなくてもよいな」
「30歳くらいなら、まだまだ就職先もあるだろうし、軍部で転職先を斡旋してやってもよい」
「これは一考に値するな」
陸海軍の研究会において、日本なりの予備役士官訓練課程制度の導入が提言されることになった。
幸いなことに、高等教育の拡充は、原内閣の4大政綱の1つに掲げられており、高等学校や大学の建設が全国的に進められていた。
陸海軍の研究会の参加者にしてみれば、この動きに便乗して、という想いが頭を掠めたのも事実だった。
だが、さすがに反動が出た。
「軍の士官養成を、高等学校や大学でも行う必要があるのか。専門の予備士官学校を作った方がよいのではないのか」
陸軍の大御所の山県有朋元帥が、まず反対した。
高等学校や大学で予備士官養成を行うことは、軍の雰囲気を変えてしまうのではないか、という感情的な反発もあった。
そして、山県元帥の声に、多くの上級陸軍士官、将官、佐官クラスも呼応する動きを示した。
その声は海軍内にも広まり出した。
米国の制度を導入するということに馴染みが無いのもあり、予備士官養成は混迷しつつあった。
予備役元帥として貴族院議員となっている林忠崇の耳にも、陸海軍内で予備士官養成が問題化しつつあるのが届くようになった。
楽隠居を決め込みたかったが、そもそもの発端が、自分が総司令官を務めた世界大戦での士官の損耗への対策にあることを考え、林議員は古巣の海兵本部に顔を出し、現状の問題点を聴取することにした。
「済まんな。急に訪ねさせてもらった」
「いえ、別に構いません」
林議員の急な訪問に、鈴木貫太郎海兵本部長は内心では慌てふためいていたが、表面上は平静を保って対応していた。
「単刀直入に尋ねさせてもらう。予備士官養成問題について、お前の存念を正直に話せ。これは予備役元帥海軍大将からの下問としてだ」
林は往年の眼光を保ちつつ、鈴木を見据えながら質問した。
「それは、嘘は許さん、と言うことですな」
鈴木の返答に、林は黙って肯いた。
「分かりました。正直に申し上げるならば、陸海軍の予備士官養成問題については、研究会の結論に海兵本部は賛成です。他に空軍も賛成の意向を示しています。主な反対は陸海軍本体です」
鈴木は言った。
その答えを受けた林は、更に言葉を継いだ。
「理由を詳細に説明してくれ。儂が納得出来たら、引退した身である以上、軍人としてではなく、議員として動いてやる」
「有難うございます」
鈴木は説明を始めた。
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