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第5章ー11

 秋山好古参謀総長は寸暇を惜しんで、神戸の料亭である人物に密談を試みていた。

 仲介役として2人の人物ともここで合流し、ここで立ち会ってもらっている。

 相手の方が気後れして東京で構わないと言ったのだが、こちらから頭を下げる話なのに呼びつけるのも失礼な話だから、と姫路にある第10師団の査察の帰りに神戸で会うことにしたのである。

「どうもわざわざお越しいただき、本当にすみません」

 呼ばれた相手は、しきりに恐縮していた。

「いや、ついでがあっただけだ」

 秋山参謀総長は、相手に声を掛けた。

 相手は、鈴木商店の大番頭といえる金子直吉だった。


 金子直吉、鈴木商店を神戸の鈴木から世界の鈴木に発展させた最大の功労者といってよい存在である。

 世界大戦の特需に乗り、鈴木商店は世界でも名をはせる存在になっていた。

 そして、海兵隊を初めとする日本の陸海軍の将兵が欧州戦線で戦い抜けた一因が、鈴木商店の物資調達によるものだった。

 秋山参謀総長は欧州に赴いた際に、鈴木商店の欧州総支配人ともいえるロンドン支店長の高畑誠一と会ったことはあるが、金子と会うのは初めてだった。


 誰か、今後の自動車産業を興すのを頼める適当な人物はいないだろうか、とブリュッセル会の面々が頭を痛めているのを知った秋山参謀総長は、自分も知り合いに打診してみた。

 すると、予備役編入に伴い貴族院議員になった林忠崇元帥から後藤新平鉄道相を介して金子さんに一度会ってみてはどうか、という提案があったのである。

 鈴木商店と言えば、現在の日本五大財閥、いや三大財閥(三大財閥と言う場合は、鈴木、三井、三菱、五大財閥と言う場合は、この3つに住友、安田が加わる)の雄といえる存在であり、陸軍にしてみれば願ってもない話だった。


 挨拶を交わした後、秋山と金子は、本題の自動車産業の話に入ることにした。

 立会人として林と後藤も同席している。

「金子さん、鈴木商店で自動車事業をやってみる気はありませんか」

 秋山は単刀直入に話を振った。

「私に事業をやれ、という人は初めて見た」

 金子は笑った。

「私の方から大抵の事業を始めますからな」

「確かにそうだな」

 後藤が笑い出した。

 後藤の笑いに釣られて、秋山や林も笑った。

「しかし、それなりの利益が見込めないと。私は鈴木商店の大番頭ですからな。主を説得せねばならない」

 金子は笑いを収めながら、話を続けた。


「軍部が今後はある程度の自動車整備を行うことは、金子さんは当然、ご存知でしょう」

 林が口を挟んだ。

「ある程度どころか、この世界大戦終結後に全国の師団にまで自動車がかなり配備されましたな。欧州から持って帰って来たと聞きましたが」

 金子は肯定した。

「軍部が保有している自動車と言えど、当然、何年も経てば古くなり、買い換えねばなりません。その買換え用自動車が要る。焦眉の急の問題として、現在保有している自動車の整備をしなければならない」

 秋山が話し出した。

「金子さん、鈴木商店で陸軍用の国産自動車を作ってもらえませんか。言うまでもなく、それを民間用に販売するのは目をつぶります」

「それは」

 さしもの金子も絶句した。


 軍部御用達の国産自動車となれば、宣伝効果は抜群だ。

 しかも、全国に軍が展開している以上、全国宣伝を無料で打てるのも同然である。

 実際に将兵が運用する以上、不具合等があればすぐに指摘があるだろうし、更に将兵から鈴木製の自動車はいいぞ、と信用を勝ち取れば、あの鈴木製の自動車ならば、と民間に戻った後も買ってもらえる可能性が高い。

 それによる最終的な利益がどれくらいのものになるか、これまで数々の大ばくちを打ってきた金子と言えど目も眩むほどの大金脈だった。

 金子は沈思黙考した。

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