第3章ー5
その後、林忠崇元帥は、加藤友三郎海相にも同様の話をし、元帥海軍大将3人全員が予備役に入ることを受け入れるという条件で、自らの予備役編入を認めさせた。
林元帥と井上良馨元帥は話し合って、井上元帥の私邸に東郷平八郎元帥を招き、3人が膝詰めで本音を語り合い、3人揃っての予備役編入に合意するように東郷元帥を説得することにした。
9月上旬のある日、井上元帥の私邸に3人の元帥は集った。
「東郷、よく来たな」
井上元帥の言葉に、東郷元帥は表面上は暖かい表情で答えた。
「井上元帥、お招きいただきありがとうございます」
「うむ、元帥海軍大将3人で話し合いたいことがあってな」
井上元帥の言葉に、東郷元帥の表情は硬くなった。
「3人揃って、予備役編入の話ですか」
「分かっていたとは、話が早い」
「元帥は生涯現役です。自ら志願してとはいえ、予備役編入の前例を作るべきではないと考えます」
井上元帥と東郷元帥はやり取りをした。
横から林元帥が口を出した。
「欧州の戦場に赴いて思ったのですよ。老人がいつまでも上に居ては、下が時代についていけなくなると」
「何を言いだす。林」
東郷元帥は、林元帥を格下と思っている。
実際、大将昇進は、林の方が遅い。
「確か井上元帥も東郷元帥も薩英戦争が初陣と伺っておりますが、違いますかな」
林元帥の問いかけに、井上元帥が答えた。
「そのとおりだ」
「薩英戦争の際に、大山巌元帥らは艦隊への斬り込み隊の一員として参加されたと仄聞しておりますが、違いますかな」
「事実だな。結果的に英国に警戒されて失敗したが」
東郷元帥がそれに答えた。
「今の時代に、敵艦隊への斬り込み戦術等、味方の意図的な攻撃手段として成り立ちますかな」
井上元帥も東郷元帥も首を横に振った。
「私の初陣は戊辰戦争で、その頃は抜刀斬り込みが有力な戦術でした。西南戦争の頃までもそうでしたよ。ですが、今の陸戦では戦車や航空機が主役となり、抜刀斬り込みは苦し紛れの最後の戦術になっています。海戦でも同様に潜水艦や航空機が役に立つようになりました。そういえば、ド級戦艦という代物が出来たのも日露戦争後でしたな」
林元帥は、半分独り言を言った。
井上、東郷両元帥は林元帥の言葉にいつしか聞き入った。
「こういった新しい兵器やそれを活用した戦術を生かせるのは若者です。薩英戦争や戊辰戦争でも実際の戦場で役立ったのは外国から輸入した兵器やそれを活用する戦術を理解した若者ではないですか」
林元帥の言葉に、井上、東郷両元帥は肯いた。
「老人がいつまでも現役で居座っていては、若者が伸びません。3人共、古希を超えた身です。骸骨を全員乞うて、若者に日本の海軍を託し、栄光に包まれたまま、晩節を汚さぬように退くべきだと思いませんか」
林元帥の言葉に、井上元帥が肯きながら言った。
「そうだな。林元帥の言うとおりだ」
反論できぬ茶番を見せられた。
東郷元帥は内心で思った。
確かに林の言葉は正論だ、しかも、わしの薩英戦争の経験も踏まえているだけに尚更だ。
これで、わしだけ現役にしがみつく、と主張しては、わしは悪者になってしまう。
この場限りの話にするつもりは、井上先輩も林もあるまい。
今日のやり取りは、すぐに海軍内に流れるだろう。
東郷元帥は、予備役編入を受け入れるしかないと腹を括った。
9月末、井上、東郷、林の3元帥は、今上天皇陛下に予備役編入を申し出た。
そこまで時間が掛かったのは、海軍内の書類の決済のためである。
今上天皇陛下は慰留したかったが、元老の山県有朋と山本権兵衛から3人の内意を聞いていたので、そこまで言うのならば、と全員の予備役編入を承認した。
ここに林元帥は予備役生活を送ることになった。
第3章の終わりです。
次から第4章になります。
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