第3章ー4
その後、林忠崇元帥は、山本権兵衛元首相や加藤友三郎海相を訪ねた。
海兵隊が半独立の存在とはいえ、海軍本体の下にある以上、林元帥と言えど、加藤海相の了解が無いと予備役にはなれない。
また、山本元首相は停年で予備役海軍大将になったとはいえ、元老となったことから未だに海軍に隠然たる力を持っている。
そのために、林元帥は次にこの2人の了解を得ようと考えたのである。
林元帥としては、老提督のこれくらいの我がまま位、2人にはすぐ聞いてもらえるだろうと楽観していたのだが、山本元首相と加藤海相は困惑していた。
実は、2人の下には既に井上良馨元帥から、林元帥と共に予備役に編入されたいという希望が届いており、2人掛かりで井上元帥を慰留している真っ最中だったのである。
山本元首相は林元帥と会って、開口一番に言った。
「お願いですから、予備役になりたいというのは止めていただけませんか。元帥は生涯現役という特権が崩れてしまいます」
「おいおい、わしが自分から予備役に編入されたいというのを止めるのか」
いきなり、山本元首相に予備役編入願いを止められた林元帥は思わず上から目線の言葉遣いをした。
海軍の階級で言えば、林が現役の元帥海軍大将なのに対し、山本元首相は予備役海軍大将に過ぎない。
林元帥が対等の口をきいても別に構わなかった。
「わしも年だぞ。4年にわたり欧州の戦野を駆け巡って心身ともに本当に疲れた。わしが予備役に編入されて、楽隠居の身になりたいということくらい許してくれ」
林元帥は、他に人がいないことから、山本元首相とざっくばらんに話をすることにした。
「林元帥だけなら別に構いません。しかし、特例を一度作ってしまうと後まで響きます。また、井上元帥まで同様のことを言われだしたので」
山本元首相は、そこで言葉を濁したが、林元帥には何となくピンと来るものを感じた。
「まさか、東郷元帥のことか」
「ええ」
山本元首相は更に言葉を濁した。
「それは考えていなかったな」
林元帥も考えに沈んだ。
今、海軍には3人の元帥がいた。
井上元帥、林元帥と後、東郷平八郎元帥である。
井上元帥は、人格的にも丸く、海軍内のまとめ役の所があった。
東郷元帥よりも年長であり、軍歴も長く、東郷元帥の暴走を陰で牽制していた。
ここに林元帥が帰国してきた。
山本元首相と加藤海相としては、今後は井上元帥と林元帥で東郷元帥を抑え込もうと画策していた。
だが、井上元帥と林元帥が予備役になってしまうと、東郷元帥が海軍唯一の現役元帥となってしまう。
東郷元帥の暴走を止められる存在が無くなってしまうのだ。
「もし、東郷元帥が暴走したら。東郷元帥の暴走を止めるのに、陸軍等の手を借りるわけにはいきません。海軍内のことは海軍内で収めないと組織が保てません」
山本元首相は言葉を継いだ。
組織内の論理だと言われそうだが、山本元首相の言葉も真実ではあった。
「こういうのはどうだ。東郷元帥が自ら予備役編入を承諾したら、井上元帥もわしも3人揃って予備役編入というのは」
林元帥は、妥協案を山本元首相に提案した。
「それならば構いませんが。東郷元帥が納得しますかね」
山本元首相は首を傾げた。
「井上元帥もわしも、いつまで生きられるか分かったものではない。井上元帥やわしが先に亡くなり、東郷元帥のみ生き残る場合もあり得るしな」
林元帥は半分独り言を言った。
「確かにそうですね」
山本元首相は肯いた。
「3人共、50年以上前の戊辰戦争に参戦した老人で、ここまで生き延びて古希を過ぎたのだ。晩節を汚さぬためにも、これを機に全員が予備役に入っても良かろう」
林元帥は更に半分、独り言をつぶやき、山本元首相もその言葉に肯いた。
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