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第3章ー3

 林忠崇元帥は、鈴木貫太郎海兵本部長らと懇談した数日後に、井上良馨元帥の私邸を訪問していた。

 井上元帥は、色々な意味で海軍の長老である。

 薩摩出身で、伊東祐亨元帥が没した後は、海軍の薩派の精神的後ろ盾となっている。

 軍務局長や常備艦隊長官、横須賀、呉、佐世保の3つの鎮守府長官を務めた経歴を誇っている。

 ちなみに少将として将官に昇進したのは、明治19年の事であり、当時、東郷平八郎は中佐、山本権兵衛に至ってはまだ少佐だった。

 林元帥にしても、同様に中佐に過ぎなかった頃である。

 林元帥は、いろいろと昔の事を想いつつ、井上元帥に面会した。


「よく来たな。何か思うところがあって来たようだな」

 井上元帥は快活な表情を浮かべて。林元帥に会った。

「分かりますか。元帥ですが、最早、最前線に立つには老いましたので、今上天皇陛下に骸骨を乞い、予備役編入願いを出そうと思って、相談に参りました」

 林元帥は率直に述べた。

「それは良い考えだ。わしも同調しよう」

「えっ」

 井上元帥の答えに、林元帥は驚愕した。


 実は、井上元帥は、本音としては元帥になる前に大将として退役するつもりだった。

 だが、明治天皇陛下から元帥に任じられ、更に宮中杖を与えられるという恩典まで被ったことから現役生活を続けていたのである。

 だが、明治天皇陛下は崩御し、今上天皇陛下の御世になって7年が経とうとしている。

 井上元帥は、林元帥の言葉を聞いて、70歳を過ぎた自分も予備役に入り、現役生活から退こうと思ったのである。


「善は急げだ。わしも君に同行して、速やかに共に骸骨を乞おう」

 井上元帥にそこまで言われ、林元帥は肯いた。


 林元帥は、次に山県有朋元帥の下を訪ねた。

 山県元帥は、1919年2月にインフルエンザにり患してから、小田原の「古稀庵」で養生に努めており、東京に用事がある際には、止む無く東京の「新椿山荘」に泊まるという生活を送っていた。

 林元帥は、小田原の「古稀庵」に赴いた。


「よく来たな。欧州に赴く前に会って以来か」

 山県元帥も林元帥には気軽に会ってくれた。

 2人は戊辰戦争時には敵同士だったが、その後は、西南戦争、日清戦争と山県元帥の部下として林元帥は奮戦している。

 日露戦争時には、山県元帥のお気に入りだった乃木希典大将の右腕と林元帥は謳われた。

 そういったこともあり、林元帥は山県元帥のお気に入りだった。

 林元帥は早速、本題に入ることにした。


「欧州の戦野で4年を過ごし、この身は年老いました。いわゆる戦場の槍働きのみで高名を挙げて来た自分としては、最前線に我が身が立てなくなった以上、今上天皇陛下に骸骨を乞い、元帥ではありますが予備役に入りたいと思うのです。山県元帥は、どう思われますか」

「ふむ」

 頭を下げながらの林元帥の問いかけに、山県元帥は考えを巡らせた。


 林が自分に戦場の槍働きしか能がないと言うのは、謙遜が過ぎる、亡くなった本多幸七郎がいたから、林は存分に戦場で働いただけだ。

 実際、本多が海兵隊を退役した後、林が3年に及んで海兵本部長を務めた時に、海兵隊はこゆるぎもしなかったからな。

 それにしても、林が心身ともに疲れ、予備役に入りたいと願っているのは、本心からだろう。

 いざとなれば現役復帰すれば良いのだし、ここは林の願いを叶えてやるべきだろう。

 山県元帥は思いを巡らした。

 そして、山県元帥はいつの間にか自分の視界が潤んでいることに気づいた。


「よく分かった。わしからも、今上天皇陛下に口添えをしよう」

「ありがとうございます」

 林は、山県元帥の言葉にあらためて頭を下げた。

 だが、2人共気づいていなかった。

 このことは大きな波紋を周囲に及ぼして、多大な影響を与えることになる。



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