第3章ー2
「相談事とは?」
鈴木貫太郎海兵本部長が、林忠崇元帥に問い返した。
「うむ、わしは予備役編入願を出したい」
林元帥の答えに、黒井悌次郎軍令部次長と共に鈴木海兵本部長は驚愕した。
「待ってください。元帥は終身現役です」
黒井軍令部次長が押し止め、鈴木海兵本部長も慌てて肯いた。
元帥といっても、世界各国で微妙に制度に差はある。
日本の場合、元帥は、元帥の称号を賜り元帥府に列した陸海軍の大将の事を指す。
従って、陸軍元帥、海軍元帥と呼称するのは誤りで、元帥陸軍大将、元帥海軍大将と呼称される。
そして、元帥の最大の特権が、終身現役であることだった。
つまり、死ぬまで睨みが利くのだ。
「おいおい、わしに趙の廉頗将軍のように下を漏らすようになっても戦えと言うのか。お前らを育て上げた甲斐がないな」
林元帥が諧謔をこめて更に言うと、2人は思わず笑みを浮かべた。
林は元大名だが、鈴木も黒井も士族の出であり、全員が中国の古典の史記に通暁している。
趙の名将、廉頗は、奸臣の讒言を受けて趙から亡命せざるを得なくなり、隣国の魏へ亡命する。
だが、趙王は後悔して廉頗を魏から呼び戻そうとして、廉頗へ使者を送るが、その使者は奸臣に買収されてしまい、廉頗について嘘の報告をする。
「廉頗は、私の前で、米や肉を大量に食らい、鎧を着こみ、馬を乗りこなしました。しかし、3回も私の前で下を漏らし、しかもそれに気づきませんでした」
趙王はその報告を聞いて、廉頗はそこまで老いたか、と呼び戻しを断念したという話が、史記にある。
林元帥は、逆説として、自分の老骨ぶりをそれに例えたのである。
「お気持ちは分かりますが、それをやると海軍では井上良馨元帥が、陸軍では山県有朋元帥が、臍を曲げかねません。控えられるべきかと」
鈴木海兵本部長は、林元帥を何とか引き留めようとした。
「まず、隗より始めよ、という言葉がある。海兵隊は、世界大戦終結による平和の到来に伴い、縮小再編制の真っ最中だろう。わしを予備役編入にすれば、海兵隊にいる他の者も静かになるだろう」
林元帥は更に言った。
鈴木海兵本部長や黒井軍令部次長は沈黙してしまった。
林元帥の言葉は全くの事実だったからだ。
世界大戦終結に伴い、鈴木海兵本部長と黒井軍令部次長は、海兵隊の縮小再編制に取り掛かっていた。
4つの各鎮守府ごとに、海兵連隊1個、砲兵大隊1個、工兵中隊1個、戦車中隊1個を基幹とする鎮守府海兵隊を置く。
鎮守府海兵隊の内1個海兵大隊は即応態勢に置き、直ちに出兵できる状態とする。
そして、最大限の動員時には各鎮守府海兵隊を師団に改編することで、4個海兵師団体制を組めるようにしようとするのが、大雑把な構想だった。
だが、これには大きな抵抗があった。
世界大戦時に、海兵隊は最終的に4個師団にまで膨れ上がっており、鈴木海兵本部長らの構想に従うのならば、全体の8割近いの士官や下士官を退職させて、予備役編入等にせねばならなかった。
本来の所属である陸軍や海軍本体にかなりの士官や下士官が戻るので、実際にはそこまでのことは無いが、それでも海兵隊本来の所属の士官や下士官の5人に1人が退職予定となる。
当然のことながら、海兵隊の組織内には不平不満が渦巻いていた。
林元帥は、自らを予備役に編入させることで、そういった不平不満分子を宥めようとしていたのである。
林元帥でさえも予備役になると言えば、退職予定の士官や下士官も自分を納得させやすいだろうと言われれば、鈴木海兵本部長や黒井軍令部次長も肯かざるを得なかった。
「分かりました。でも、井上元帥や山県元帥に林元帥から話をいただけませんか」
鈴木海兵本部長が頭を下げ、林元帥も了承した。
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