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第10章ー15

 6月1日、蒋介石と土方勇志提督は、降伏の面談をしていた。

 5月28日に程潜将軍が戦死(?)した後、蒋介石は周囲を説得して、無錫近郊で日英米を主力とする連合軍に包囲された中国国民党軍全軍を降伏させることに成功した。

 武漢からは最後の一兵まで戦い抜くように、激励の電文が届く一方で、南京市に部隊を籠らせており、無錫近郊にいる蒋介石率いる部隊の救援に赴こうとしていないという情報が蒋介石らの下に入って来ていた。

 周囲の部下達も、以前から補給がろくに届かなかったという事実を覚えている。

 蒋介石の降伏に強い反対の声は周囲の部下達から挙がらず、5月31日に軍使を蒋介石は土方提督の下に送り、降伏の手続きを進めたのである。


 土方提督は内心では憮然とした思いに駆られていた。

 最後まで戦い抜くか、と考えていた蒋介石率いる中国国民党軍主力が降伏してきてしまったからである。

 それに、日本本国、田中義一内閣から海軍軍令部を介して届いていた極秘指示、蒋介石率いる中国国民党軍を無闇に追い詰めないように、という指示も土方提督の内心の想いを高めていた。


 確かに、理屈は分かる。

 日本本国が考えるように、蒋介石と我々が戦って、双方に多大な犠牲者が出た場合、中国共産党と国民党左派が高笑いするだけだというのは。

 だから、お互いにそう犠牲を出さないようにしろ、中国国民党軍主力を包囲したら、包囲だけに止めろ、というのも理屈では分かる。

 だが、軍人として、こんな八百長じみた戦闘をさせられてはかなわん。

 しかも、これが自分にとって最後の実戦になろうとしているというのは。

 土方提督は、苦々しい思いを腹に溜めて、蒋介石と面談をした。


「降伏に同意されますか」

「降伏に同意します」

「戦時捕虜として、あなた方を適切に取り扱うことを、我々は保証します」

「そのお言葉に感謝します」云々


 土方提督と蒋介石は、降伏の際の定型といえば定型のやりとりをした。

 この瞬間、上海から南京までの間に有力な中国国民党軍はいなくなった。

 そして、ここに事実上、日(英米)中の限定戦争は一時的に停戦となった。


 英米の海兵旅団は、南京を望見できるところまで進軍したところで停止した。

 南京に下手に入って、市民虐殺の宣伝を武漢政府にされてはかなわないからである。


 田中内閣は、これ以上の泥沼の戦争を回避するために、米英と武漢政府の間に入り、上海を日英米の事実上の保障占領下に置き、上海市の周辺20キロを全ての軍の立ち入りを禁止する非武装地帯として確保することで停戦するという斡旋を双方に行った。

 武漢政府に参画している中国共産党は更なる戦争継続を唱えたが、対日英米戦が本格化して満州の自らの利権が侵されることを心配したソ連が、これ以上の武漢政府への軍事支援を断ってきたため、まず「北伐」優先を唱える中国国民党左派の主張が通り、日(英米)中の限定戦争は、だらだらとした交渉の末に、8月初めに停戦が成立した。

 そして、この停戦成立を受けて、英米は1個海兵旅団を、日本は鎮守府海兵隊を上海に駐屯させることになった。


「さて、還るか」

 土方提督は、指揮下にある全部隊(この後、上海に駐留することになった舞鶴鎮守府海兵隊を除く)に帰国命令を出しつつ、内心では忸怩たる思いが広がるのを止められなかった。


 所詮は停戦であり、いつ再戦に至るか分からない。

 田中内閣も休戦条約を本当は結びたかったが、蒋介石ら降伏した国民党軍の兵士全員を帰国させるという条件を武漢政府が譲らなかったために、停戦協定にしたという。

 蒋介石らを帰国させたら、「漢奸」としての処刑が目に見えているからだ。

「生きて虜囚の辱めを受けずか」

 土方提督は頭を振った。

 第10章の終わりです。

 次から第11章、最終章になります。

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