サドンナマゾンナサドンデマゾンデ
「ついにぃぃっ!発見したぞぉぉぉぉぉーっ!」
老いた猫の真心が大声に反応してニャーと鳴いた。
「何だよ一体?急に大声出しやがって!とうとうボケたか?じじぃ。なら早く死んで遺産くれよ」
「バカもん!まだまだ儂は現役じゃわいバカ孫が。いや、そんなことはどうでも良いじゃわい。それよりついに発見したんじゃ」
じじぃこと宗重 清真はワクワクテカテカした顔で布団の上で叫んだ。叫ぶたびに膝に乗せている老猫真心がおたおたとバランスを取り直す。
ボケたじじぃが暴れ出したおかげで、僕こと宗重 心の貴重な読書時間が一時中断してしまった。畳の上でゴロ寝の体勢から座り直す。
「ったく。儂が集めたSMコレクションを読み耽りおって。ケツの青いむっつり青二才のくせに」
僕がこのじじぃ宅に来ている理由はその一点。じじぃが集めたSMコレクションという本を読みに来ているのだ。このじじぃはSMに関する研究をしていて、その資料がたくさんある。関連書籍にムチやロウソクなどのグッズなどなど。別名SM御殿と言われ、近所から怪しげな目で見られている。
僕はじじぃの顔を見てくるという表向きの理由を持って、このコレクションをハァハァしながら眺めていた。僕も年頃の男の子だから。またSM御殿と言う別称のおかげで僕以外にこの屋敷へ立ち寄る者は少ない。じじぃの話相手だけを我慢すればSMコレクションをじっくり見放題なわけだ。
というわけで、僕は仕方なしにじじぃのくだらない戯言の相手をしてやることにした。
「うるせーよ、じじぃ。それより何を発見したって?出来れば僕の耳に届かない小さな声で勝手にしゃべっててくれ。むしろそのまま永眠してくれ」
「くくくっ。そんなことを言っていられるのも今のうちじゃぞ?儂が発見した魔法の効果を知れば、土下座してでも聞きたくなるじゃろう」
「はいはい。それで?もう話終わった?じゃあもう死んでろ」
僕はさっさと読書に戻った。
「お前のような学無きバカ孫には理解できないだろうが、いわゆる人を操ることができる精神浸食系の魔法じゃ。人を操る魔法は古来より研究された人々の夢。どうじゃ?ワクワクしてきたじゃろう」
「ハイハイ。ソレハ良カッタデゴザイマ死ネ」
ここからが長くて退屈だから、僕は適当に相槌を打っておくことにする。じじぃはいつもこんな感じでベラベラとしゃべる。
「今まで精神浸食が成功しなかったのは人の感情にしか影響を与えられなかったからじゃ。感情を興奮させても、その処理の仕方を知らなければ発散できん。
つまりその処理の仕方を情報として記憶として植え付ければ良い話じゃったんじゃ。感情を興奮させ、その欲求の発散方法を導いてやれば、誘われるように従ってしまうわけじゃな。一つのアプローチで人を操ることはできん。ならばアプローチを増やせば良いんじゃな」
「おい、じじぃ。そろそろ薬の時間じゃないか?精神疾患のな」
「フン。向精神薬も同じようなもんじゃ。あれも感情にしか作用しないからゴミと変わらん。さて説明してもわからんじゃろう。その身を持って実感してみろ。今から従属欲求を高めてやろう」
じじぃはごにょごにょと小さい声を発していた。そろそろ本当にボケたかも。
「マゾンナ!じゃ」
……。
「まぞっぷ!」
じじぃが訳の分からないことを叫んだと思ったら、急に何かが変わった。世界が変わったと言っても良い。何も変わりのない、いつものじじぃの寝室だったはずなのに、妙に息苦しいというか空気に圧迫されて身体が縮んでいくような錯覚がする。空間が重い。
「じ、じじぃ!な、何をし、た?」
「くくくっ効果が現れたな。それが儂の発見した魔法じゃ。今のお前は儂に従属することに喜びを感じるマゾ豚になったんじゃ」
何を言っているんだ、このじじぃは?と僕は思ったが、身体が自由に動かない。まるで空気膜で縛られているような感覚がある。
「ほれ。お手でもしてみぃ。バカ孫」
くっ誰がそんなことをするもんか!と心の中で思っているのだが、この抵抗が妙に心地良く感じられた。
「ほれほれ。お手してみぃ。お手」
バカにしやがって!の思いと同時に湧き上がるこの感覚は何だ?妙に呼吸が荒くなる。感じたことのない感覚に頭がくらくらしてくる。脳が混乱しているのか、よくわからなくなってくる。何と何が頭でぶつかっているのだ?僕は舌をベロンと出し、いつの間にか右手を差し出していた。何故そんなことをしたのか自分でも意味がわからない。
「ひょひょひょ。普段からこれだけ素直なら良いのじゃがな。ほれ。リセットッ!」
じじぃがパンッ!と手を叩くと、僕は覚醒する。今まで縛り付けられているような重い空気が吹き飛ぶ。ウソのように身体が軽い。
「じ、じじぃ!てめぇ!」
「どうじゃ。身をもって儂の魔法を体験してみた気分は?効果抜群じゃろう」
確かに効果は抜群だった。自分でも体感したことのない未知の感覚だ。僕は本来マゾだったのか?本質はマゾなのか?と思えるくらいの昂揚感があった。
「想像してみぃバカ孫。今の魔法を女の子にかけてやればどうなるか?自分の思うがままに操れるとは思わんか?」
「じ、じじぃ!さっさと教えろ!」
「教えてください。尊敬するおじい様ではないか?」
「教えてください!尊敬するおじい様!」
「調子が良いのぅ。まぁ良かろう。しかと聞け。やり方は人間には聞こえない声でリズムを刻むんじゃ。それで脳の感情領域と記憶を操作し……」
と、じじぃが発見した魔法理論の説明が続く。音が作用させる理屈やら、それによってこのような波紋が広がるとか。長いのでカットする。やり方さえマスターすれば良いんだから。考えるな、感じろ!というやつだ。
それから特殊な発音法を練習し、五つの魔法を覚えた。じじぃの考えた魔法はサドンナ・マゾンナ・サドンデ・マゾンデ。そして魔法の効果を消すリセットの五つだ。
まずサドンナとマゾンナのンナ系は支配・従属欲求を高める魔法で、支配すること・されることに喜びを感じる性的嗜好を操作する。
サドンデとマゾンデのンデ系は加虐・被虐欲求を高める魔法だ。こちらは苦痛や痛みに快楽を感じるようになる。SMでも肉欲的な嗜好を操作するようだ。
「詳しくはわからないが、とにかくこの発音法で魔法を唱えれば、女の子のSM嗜好を操れるんだな?」
「そうじゃ。夢のような魔法じゃろう?」
意外と簡単にマスターできた。早速このムカつくクソじじぃにマゾンナをかけてやろう。
「マゾ……「マゾンナ返し!」
「ぐはぉぶ!」
「バカ孫が!お前の考えていることくらいお見通しじゃ!どうせ儂にマゾンナをかけて、さっきの仕返しでもしようとしてたんじゃろ!そうはいかんぞ!」
くそっ。マジでムカつくじじぃだ。
「マゾン……「マゾンナバリアァァ!」
「へぼしっ!」
「そうそう。昨日通販で良いもの買ったんだよね。サイト名は何だったかなぁ。確かア、マゾンナ……「マゾンナカウンタァァ!」
「みつりんっ!」
「いいかげん諦めんかバカ孫!お前ごときが儂に勝てるわけがなかろう!」
「な~に、バカなことやってんの?アンタたち」
「清真おじいさん。心おにいさん。お久しぶりです」
僕が振り返るとそこには二人の少女がいた。一人はツインテールで生意気そうな女の子。もう一人は後ろに隠れているボブにカチューシャを付けている控えめで大人しそうな印象を受ける女の子だった。何故こんなところに少女が二人?
「おー。よぅ来たよぅ来た。麗ちゃんに雪ちゃんじゃな。しばらく見んうちに大きくなって。ほらほら。おじいちゃんの膝の上に座って、合体しよう」
「死ね!脳みそ腐ったエロじじぃ」
「もひゃば!もっと蹴ってくれ!麗ちゃん!」
「キンモッ!」
……本当に気持ち悪いぞ、じじぃ。これが自分の祖父だと思うと死にたくなる。
「いや、そんなことよりこの少女たちは誰だ?もしや誘拐してきたのか?それなら今すぐ牢獄へ送ってやる」
と、僕が聞く。じじぃの頭を踏み付けるツインテールの女の子がじじぃの代わりに答える。
「あたしもそれに賛成。このじじぃは隔離しないとダメね。それは置いておいて、心くん。あたしたちのこと忘れちゃったわけ?小さい頃お医者さんごっことかして一緒に遊んだんだけどなー」
「麗ちゃん。心おにいさんが忘れるのも無理ないよ。何年も会ってないんだもの」
僕が二人と小さい頃に出会っている?ような会話の流れだが……そうだ!思い出した。今よりも二人が幼いときに会っていた気がする。遊びに付き合って丸裸にされた悲しい記憶の断片がある。
「思い出したよ。今よりも幼い麗ちゃんに僕の大事な部分を切り取られそうになったことがあったね」
「つまんないとこは覚えているのね」
「あやうく、女の子にされるところだったからね」
「な、ななな、なんて羨ましいんじゃ、このバカ孫は!れ、麗ちゃん。儂ともお医者さんごっこしておくれよぅ……ペポンパッ!」
じじぃ。もうしゃべらないでくれ。でも二人とも成長してて気付かなかった。子供の成長は早すぎると僕は実感する。
「ここが変態による変態のための変態屋敷だとわかってから、全く来なくなったっけ」
「はぁ~くんかくんか。麗ちゃんの足の匂いが堪らんわい。ふんぎゅばぶえっ!」
麗ちゃんは足に力を込めた。じじぃの頭をそのまま潰してくれ。
「こんなエロじじぃがいれば当然か。えっと。改めて自己紹介。あたしは勝来 麗。二人とも心くんとは甥と姪の関係になるのかな?」
「あ、あのっ!わ、私は羽千衣 雪……です。お久しぶりです」
急に声を張り上げて自己紹介する雪ちゃん。ボブでカチューシャの女の子のほうだ。
「あ、あわわぁ。急に大きな声を出してごめんなさい。緊張してて」
「あははっ雪は心くんと会えるの楽しみにしてたもんね」
「も、もう!麗ちゃんのいじわるぅ」
「儂も成長した二人に会いたかったぞ。麗ちゃんはもう黒パンツを穿くようになったか……って、あんもろわっ!」
麗ちゃんはじじぃの頭を蹴飛ばしてから、ワンステップ。逃げるように距離を取った。
「の、覗くなよ。このエロじじぃ!」
少女のキックだから大したことはないだろうが。スカートの中を覗くなんて羨まし……けしからんぞ、じじぃ!あとで詳しく話を聞かなければ。
「そんなことより、どうしてあたしたちを呼んだわけ?つまらない用事だったらすぐ帰るからね!こんな屋敷立ってるだけで妊娠しそうだわ」
「うむ。赤ちゃんがほしいなら儂がいつでも協力……あ、真面目に話します。じゃ」
麗ちゃんが拳を振り上げたのを見て、じじぃは本題に切り替えた。
「コホン。今日二人を呼んだのは孫の心と三人で別館の掃除をしてもらおうかと思ってな。長年掃除してないから、きっと埃まみれじゃろうて」
……は?そんな話を僕は聞いてないんだが?完全にボケたようだな。
「どうしてあたしたちがそんなことしなくちゃいけないわけ?素直に従うとでも思ってるの?こんな屋敷一分一秒もいたくないんですけどぉ?」
「二人とも新しいスマポォはいらんか?掃除してくれたら儂が新しいの買ってやるぞ?ん?ん?」
「雪。別館行くわよ。さぁ掃除掃除大掃除っと」
麗ちゃんの変わり身の早さ。最新スマポォに釣られている。だが僕は掃除なんて面倒なことしたくないぞと反論しようとしたら、じじぃにヘッドロックされて口を塞がれた。
「麗ちゃんと雪ちゃんは先に別館へ行って準備しておいてくれ。掃除内容はこのバカ孫に伝えておくからのぅ」
「はーい。雪行こ」
と麗ちゃんはスキップしながら別館のほうへ向かった。
「清真おじいさん。私は掃除好きだから一生懸命キレイにしてきますね」
「うむ。頼んだぞ、雪ちゃん。ピッカピカにしてくれ。せっかくだから儂の下半身もピッカピカに磨いて……「すぐに来てね。心おにいさん」
雪ちゃんは素晴らしい無視を見せた。にっこりと僕に微笑んでから麗ちゃんの後を追った。二人の姿がなくなってから、ようやく僕は解放された。
「どういうことなのか説明しろよ、じじぃ」
「慌てるな、バカ孫。あの雪ちゃんが儂の話を躱すとは……。何もわからぬ子供のままならば良かったのにのぅ」
じじぃは遠い目になる。そのまま霊体が抜けてくれないかなと願わずにはいられない。
「それで真の頼みごとを説明するぞ。お前はこれから別館にて儂が教えた魔法を試して来い。そのためにあの二人を呼んだんじゃ。用意が良いじゃろう?儂を褒め称えても良いんじゃぞ」
「……マジかよ」
あの二人に魔法?本気でそんなことを言っているのか?
「マジじゃ。大マジじゃ。マジ中のマジじゃ。あの二人で儂の魔法が完璧であることを証明してくるんじゃ。儂がもう少し若ければお前なんぞには頼まんのじゃが、こればっかりは仕方ないんじゃ。仕方……ないんじゃ。ううっうううっ。3Pなんて体力が持つわけがなかろうがぁあああーっ!うわあああああああああーっ」
じじぃマジ泣き。ポロポロと涙を流していた。そのまま脱水症状を起こして死ねば良いのに。
「ぐすん。本当は譲りたくないんじゃ。こんなおいしい話……いや、過酷な実験をお前に託すなんて。しかしこの魔法を完璧なものにできれば、儂はもう一花咲かせられるんじゃ。……とにかくじゃ。儂の言う通りにするんじゃ。わかったな?バカ孫よ。さればおいしい思いができるんじゃから、文句ないじゃろう?」
じじぃから実験の手順を聞く。
「良いか?魔法の成功率だけ調べれば良いんじゃぞ?プレイするまでは必要ないんじゃからな。わかってるか?バカ孫。可愛いからって手を出すなよ?18禁作品じゃないんじゃからな?」
僕は後半の意味不明な戯言は無視して、さっさと別館へと向かうことにした。相手の精神を浸食してサドやマゾにできる魔法の実験だなんて面白そうじゃないか。
じじぃの膝の上で大人しくしていた老猫真心がニャーとひと鳴きした。
「ねぇ雪。掃除なんて放っておいて遊びにいこうよ。あんなエロじじぃの言うこと聞く必要なんてないって」
「ダ、ダメだよ、麗ちゃん。ちゃんとお掃除するって約束したじゃない」
「あんなのスマポォ買ってもらうためのお・芝・居。じじぃの前だけ良い顔してれば良いのよ。……あっ心くんだ」
「えっ?あ、あわわっ。心おにいさん。こんにちわ」
麗ちゃんは片手にケータイゲームをしながら横目で、雪ちゃんは身だしなみを整えてからペコリと一礼しながら、僕に挨拶してくれた。
「ねぇねぇ心くん。三人でどっか遊びに行こうよ!」
「お、おふぅっ」
麗ちゃんの腕組み。少女の身体が僕の腕に絡み付く。発展途上のその膨らみが腕に当たってるのを敏感に反応する僕の腕。グッジョブ!
「れ、麗ちゃん。せっかくのお誘いだけど、掃除が終わってからね」
ふぅ。あと一歩のところで理性が保てたようだ。
「えーっ。いいじゃん。適当に時間潰して終わったよーって言ってれば、あのエロボケじじぃなんてホイホイってお小遣いくれるよ。だから遊ぼうよー。デートしようよー。大人の遊びかた教えてよー」
グイグイと僕の腕を掴んで振り回す。振られるたびに麗ちゃんの膨らみをコスっていく。……遊ぶか。これは遊ぶしかないだろ。遊ぶしかないじゃないか。こんな可愛らしい少女のお誘いなんだぞ?据え膳食わぬは男の恥と言うだろ……いやいや、待て待て僕。今回は別の目的があるんだった。ちょっとは落着けよと自分を戒めた。
僕は苦渋の選択で麗ちゃんをなだめてから掃除の準備に取りかかる。掃除する部屋はA室とB室の二部屋あり、麗ちゃんと雪ちゃんは別々の部屋で作業してもらうことにする。もちろん二人同室にいて、魔法を使用するのが難しいからだ。
「ねぇ心くん?なんで雪と同じ部屋で作業できないの?もしかしてあたしがいない間に雪に手を出そうとか考えてないよね?心くんも結局あのエロじじぃの遺伝子引き継いでるんじゃないの?気持ち悪いー」
グギググッ。それはもっともな質問だった。雪ちゃんも同じ疑問を持ったようで不安げな表情をしていた。関係ないけど、じじぃの遺伝子を引き継いでいるというところで軽いショックを受けた。
「そ、そんなこと考えているわけないだろ?雪ちゃんが担当する部屋はけっこう汚れてて、丁寧な掃除が必要だからってじじぃが言ってたんだよ」
「何よそれ。まるであたしが掃除下手みたいじゃない」
「ちなみに麗ちゃんって自分の部屋は掃除してる?綺麗にしてる?」
「……」
「麗ちゃんの部屋は……その、か、可愛いですよ」
「なんかその言い方は部屋が汚いって肯定しているようなもんよ、雪?」
「えっ?そ、そうかな?ごめんなさい」
「そういうことだよ、麗ちゃん。じじぃもそれを見越してたんだろう」
「ハイハイ。わかりましたよ。あたしは掃除の邪魔にならないようにあっちの部屋でサボってくるわ。でもね、雪?心くんに何かされたらすぐに大きな声を出してね。あたしが飛んでいくから」
「僕って信用ないんだな」
「エロじじぃの遺伝子を受け継いでるんだから当然じゃない?」
「風評被害だ!全部じじぃのせいだ!遺伝子差別反対!」
「大丈夫だよ、麗ちゃん。心おにいさんはそんなことしないよ。私は信じてるもん」
雪ちゃんは天使の笑顔でそう答えてくれた。この笑顔の前では悪いことはできない。そんな気分にさせてくれる。
「男はいつもいつでも下半身を中心に行動する変態なんだから、油断しちゃダメよ?」
そんな余計なことを言い残して、麗ちゃんは隣の部屋に入っていった。遊びを断られたのも手伝って、不機嫌MAXのようだ。触らぬ神に祟りなしというか、しばらくの間そっとしておこう。
「さぁ雪ちゃん。僕たちも掃除を始めようか」
「は、はい!」
雪ちゃんは元気な声で答えてくれた。
僕たちは麗ちゃんが入っていった扉とは違う部屋の扉を開ける。目の前にはムチやロウソク、ボンテージやその他にもSMを連想させるグッズがたくさん並べられていた。特に女性が男性を組み伏せる、いわゆる女性上位の女王様プレイを主体にしたグッズ群だ。
これはじじぃの要望で雪ちゃんにはサド系の魔法をかけてほしいとのこと。そのための下地になるようなグッズが集められている。優しそうな雪ちゃんがどんな女王様に変貌するか?の実験だ。
「あの、心おにいさん?この部屋をお掃除するんですか?けっこう片付いてますけど」
僕もざっと部屋を見回してみる。雪ちゃんの言う通りグッズ群はきちんと整理されており、埃もほとんど付いていなかった。真の目的が掃除ではないので当たり前か。ここは適当にごまかしておく。雪ちゃんには机にバラけていたSM雑誌を号順に整理してもらうことにした。
雪ちゃんの無防備な背後を眺める僕。掃除用に付けたエプロンの紐が後ろで可愛らしく結ばれている。また特筆すべき後ろ姿の魅力はそのお尻だろう。前屈みの姿勢で突き出されるお尻はスカートの裾が持ち上がり、太股も露わになって美しさは倍増する。いつまでも眺めていたい……ん?何かに気付き目線をお尻から上げると、机の奥にある本棚のガラス戸に写り込む雪ちゃんと目が合った。ガラス戸に写り込む雪ちゃんはハッと頬を染めて顔を伏せてしまった。そして心成しか、さっきよりも前屈みで作業する。
どうやら後ろ姿を凝視していたのがバレてしまったようだ。目が合ったということは、雪ちゃんも僕を見ていたということ。僕の顔は火が出たように熱くなるのを感じた。イカンイカン。変に思われていないだろうか?ドキドキ。雪ちゃんをチラ見してみると何だかご機嫌のようで鼻歌まじりに雑誌を整理していた。大丈夫のようだ、と僕はホッとした。
それにしてもこのSMまみれの部屋で雪ちゃんは慌てる様子もなく平然としていることにひっかかりを感じつつ、僕は魔法を使うことにした。
「じじぃはサド系の魔法を使ってほしいと言っていたな。まず加虐のサドンデから使ってみようか。この部屋にはムチやらロウソクがあるから、すぐに使えるし」
と、これは心の中の声。精神を集中させて僕は人間の耳では聞こえない特殊な発音で声を出す。
「サドンデッ!」
……。
「どうしたんですか?心おにいさん。変なポーズをして」
「い、いや。何でもないよ」
変化無し。おかしい。むしろ魔法を唱えた決めポーズをしている僕のほうが変だと言われてしまった。もしかして失敗したのか?
「サドンデ!サドンデ!サドンデ!サドンデーッ!」
……ま、まるで変化が見られない。ど、どういうことだ?もしかして魔法が効いていないのか?いきなりここで実験終了?
いや、まだだ!僕は諦めないぞ!次は支配欲求を高めるサドンナだ。今度こそ大丈夫なはず!と僕は願いを込めつつ魔法を唱えた。
「サドンナッ!サドンナッ!サドンナーッ!」
ガクッ。
今度は成功したみたいだ。雪ちゃんが一瞬よろける仕草を見せたが、すぐにこちらに向かってきた。その表情は怖いくらいニッコニコしてる。まるで子供が新しいおもちゃを見つけて、どうして遊ぼうとワクワクしてる感じだ。おもちゃにとってみれば恐怖の対象でしかないだろう。
「心おにいさん」
「どうしたの?雪ちゃ……あんぴょろぴぃ!」
雪ちゃんが側までやってくるとおもむろに僕の横腹をつねった。その不意打ちに飛び上がってしまった。
「い、痛いよ!雪ちゃん!何するの?」
「エヘヘ。やっぱり痛いですか?痛いですよね?ならもう一回」
「ぴょろろんぴへっ!」
つねった場所をさらに強くつねってひねった。むちゃくちゃ痛くて赤く腫れ上がり、僕は転げてしまったほど。
「雪ちゃん!何?何なの?急につねってきて!むちゃくちゃ痛いんだけど……べろんみゃ!」
転げる僕に馬乗りまでしてきて、またつねった。
「エヘヘ。心おにいさん、とっても痛そう」
「いやいやいやいや、痛いに決まっているじゃないか……あんぴゃぴゃー!」
僕は逃げようとするが、馬乗りになる雪ちゃんはそれを許さない。両手でお腹やら腕やら所構わず、さらにつねり始める。相手が雪ちゃんだから力づくで弾き飛ばすこともできず、僕は雪ちゃんの下でもがく。
「ちょっと待ってよ。みゃみゃろん!ひぃひぃ。雪ちゃん、ストップストッ……プリン!」
「心おにいさんは良い声で鳴きますね。とても痛そう」
「本当に痛いんだってば!いいかげんに……っもし!」
雪ちゃんの手は止まらない。僕の上半身は赤く腫れ上がった傷跡でいっぱいになる。
「ハァハァ。心おにいさんの痛がってる姿を見ているとすごく興奮します」
「ッ!」
こ、これは明らかに魔法による効果が現れている証拠だ!今のはサドの発言に違いない。
「って、痛い痛い痛いーっ」
魔法の効果が現れたのは嬉しいのだが、このプレイはその業界の人でないと、喜べないものだ。僕には到底耐えられるものではない。すぐに魔法をリセットしよう。僕はリセットの魔法を唱えた。
「リ、リセッ……ふがんぐっ!」
一瞬何かが起きて混乱した。雪ちゃんの顔が鼻先まで接近し、唇には湿っぽくて柔らかいものが密着していた。
僕は雪ちゃんにキスされていた。雪ちゃんのキスは魔法のおかげか情熱的というか激しかった。非常に汁っぽくて僕の口の中で唾液が溜まるほど。舌も懸命に伸ばして喉の奥をくすぐる。そんなキスに僕はトロンと骨抜きにされ、リセットを唱えることもできなかった。
「エヘヘ。いっぱい唾を付けておきました。これで心おにいさんは雪のものですね」
雪ちゃんは微笑を浮かべる。
「知っていましたか?女の子の唾液には毒が入っていて、飲むとその子のことが忘れられなくなっちゃうんです。だから心おにいさんにもたっぷりと雪の毒を注入しちゃいますね」
雪ちゃんは口の中に唾液をくちゅくちゅと溜めてから、再び僕と唇を合わせた。大量に流れ込んでくる雪ちゃんの唾液はトロトロと粘着的で甘かった。濃いシロップのように。唇を合わせたままで、さらに唾液を溜めては流し込んでくる。おかげで僕は口を開けっぱなしでグビグビッと飲まされ続けた。
「ぷふぅ。いっぱい雪の毒を注入されて大人しくなりましたね。よい子よい子。じゃあご褒美に心おにいさんの喉ちんこをペロペロしてあげます」
そういうと雪ちゃんは深くキス、というより僕の口の中に顔を深く埋めて舌を最大限に伸ばす。ギリギリだが喉の奥にある喉ちんこまで舌は到達し、ペロペロと舐め回し始めた。
な、なんという感覚だろう。初めてなのでどう表現して良いのかわからない。喉奥は敏感に雪ちゃんの舌を感じ取っていて、すごくくすぐったい。でも嫌じゃないくすぐったさというか、むしろ気持ち良い。こんにゃくの喉越しがいつまでも続いてる感じ。いつしか喉ちんこに僕の全神経が集中し、まるで雪ちゃんに全身をペロペロと舐め上げられているような錯覚すら起こしていた。完全に脱力してしまい動けない。
「心おにいさんの顔、とってもHで可愛い。そろそろつねった後がピリピリしてきて気持ち良くなってきましたか?」
「そ、そういえば、さっきから身体中がムズムズとくすぐったいかも」
「傷跡のかさぶたが痒くなるように、痛いのは最初だけなんですよ、心おにいさん。これからどんどん痛みが気持ち良さに変わっていきますからね」
雪ちゃんはつねった後を指先で撫でていく。まるで指先がフィギュアスケートを踊っているかのように優雅で流れるような滑り方だった。
「うくっゆ、雪ちゃん。くすぐったいよ」
「我慢してください。これからもっともっと雪の毒に侵してあげるんですから。それとも、もう我慢できなくなりましたか?心おにいさんはせっかちさんですね」
そう言うと雪ちゃんは足をもぞもぞとさせて、僕の下半身を中心にまさぐり始めた。
「心おにいさんは、もうこれがほしくなっちゃったですか?」
「ッ!ってヤヴァイヤヴァイ!リセットォッ!」
危ない危ない危ない危ない危ない。あやうくこのまま大人に叱られる展開になるとこだった。非常に残念で仕方ないが、ここまでだ。続きは雪ちゃんがもう少し身体が成長してからだ。
「みゃ、みゃああああああああぁーっ!」
魔法が解けた途端、雪ちゃんの悲鳴が上がり、そのまま気絶してしまった。顔がプチトマトのように真っ赤だった。
バタンッと部屋の扉が開く。
「雪に何やってるのよ!変態ッ!」
隣の部屋で作業していた麗ちゃんが乱入してきた。ヅカヅカと近づいてきて、気絶する雪ちゃんを僕から引き剥がす。そしてケータイ写真を一枚撮る。
「性犯罪の現行犯。豚箱行きの準備はできてるんでしょうね?今、セキュリティー会社に連絡するから」
「いやいや、待ってくれよ。僕は雪ちゃんに何もしてないよ」
「ウソね。だってこんな息が荒いし、身体も火照ってる。絶対やらしいことしたんでしょ。このロリコン!」
「ち、違うよ。え、えーと。そう、体調を崩したみたいだから介抱したんだよ。風邪をひいちゃったみたいでさ」
「え?マジ?」
「そ、そうだよ!早くベッドに寝かせてあげないと」
そう言って僕は雪ちゃんをお暇様抱っこして、ベッドのある部屋へ運んだ。
「ちょっと!どさくさに紛れて雪の変なとこ触ってるでしょ?離しなさい!雪の純潔から離れなさい!エロじじぃの変態遺伝子野郎!」
僕は雪ちゃんを布団に寝かせると麗ちゃんに部屋から追い出された。とりあえず大丈夫だと思うが、麗ちゃんが落ち着くまでじじぃに報告しておくか。
「おい、じじぃ。聞きたいことがあるんだが」
僕はじじぃがいる部屋の扉を開けた。
「ふおおおおおおぉーっ!キスさせろ、バカ孫よ!雪ちゃんの唇の温もりが残っているうちに!」
僕はじじぃがいる部屋の扉を閉めた。ドンッと扉にぶつかったようだ。そのまま死んで良いぞ、じじぃ。
「おい、じじぃ。聞きたいことがあるんだが」
僕はじじぃがいる部屋の扉を再び開けた。
「ゴホッ。な、なんじゃいバカ孫よ」
じじぃは鼻から目から、また心の底から赤い涙をこぼしていた。そんなに悔しいか?
「いやちょっと待て。なんで雪ちゃんとのキスを知っているんだ?まさか覗いてたのかこの変態じじぃ!」
「と・う・ぜ・ん・じゃ。当然じゃ!ガッハッハ」
今流行のおもてなしスタイルでふざけたことを言う。面白いとでも思ってるのか?じじぃ。
「お前が常軌を逸して雪ちゃんを襲わないか、隠しキャメラでちゃんと見てたわい。それで聞きたいのは、最初のサドンデが効かなかったと言いたいんじゃろ?」
僕はうなづいた。隠しカメラについては、あとで破壊してやる。絶対にな!
「答えは簡単じゃ。お前が発情したからって町中の女の子をいきなり襲ったりせんじゃろ?……いや、わからんか。バカ孫のことだからお構いなしかもしれんな」
「しねーよ!良いから話を続けろよ」
「サドンデは肉欲を高める魔法じゃ。じゃが、肉欲が高まったところで雪ちゃんに行動はできんじゃろう。女の子じゃし。
じゃが次のサドンナは特殊でな。相手を支配したいという欲求は相手に投影され、支配できているように錯覚するんじゃ。支配できている相手ならば遠慮しないじゃろう?」
「とう……何だって?」
「投影とは自分が感じているものは相手も同じように感じているはずだと思い込む心理じゃな。あの女の子はエロイと感じても、実際には自分のエロさが投影されているだけに過ぎんのじゃ」
「その例えはどうかと思うが。んーっ。分かったような分からないような」
「バカ孫め。とにかくンナ系は理性が外れやすいと覚えておけ。それであの二人はどうしておる?」
「麗ちゃんが気絶している雪ちゃんを看病していると思う」
「……ふむ。まぁ雪ちゃんは大丈夫じゃろう。ならば今度は麗ちゃんにマゾ系の魔法を使ってみるんじゃ。果たして麗ちゃんはマゾ欲求を押さえ付けることができるのか!
ダメ、心くん!雪ちゃんが寝てる横でそんなことされたらあたし、どうなっちゃうかわからないわぁん!でもちゃんと責任とってくれるなら。いいよ。ポッ」
「……何一人で盛り上がっているんだよ、鬼畜じじぃ。麗ちゃんのモノマネまでしやがって。マジで気持ち悪い」
「うるさい。実験とはそういうもんじゃ。さぁつべこべ言わずに行ってこい」
何だがこんなじじぃが野放しにされているのが社会的にどうなんだ?と疑問で仕方がない。ここは一つ、僕が粛正してやろう。
「マゾン……「マゾンナ無効のカードを発動!場にカードを置くぞ!儂のターン終了じゃ!儂に勝とうだなんて百年早いわ!……って、もう良いから早く行け!」
くそぅ!また僕のマゾンナが防がれてしまった。僕はトボトボと部屋を出る。
「おっと言い忘れておったが、自らに魔法をかけることもできるんじゃぞ。雪ちゃんに責められたときにマゾンナをかけていれば……勿体ないことをしたのぅ。バカ孫よ」
「それを先に言えよ、じじぃ」
僕は麗ちゃんたちのいる部屋へ向かった。
「麗ちゃん、入るよ……お?おりょりょ?」
僕は扉に手をかけたが開かなかった。
「女の子が寝てるのにノックもなしに入るつもり?最低っ。ノーマナーノーフラグよ」
なんだそりゃと思いつつ。どうやら扉の反対側で麗ちゃんが閉めているみたいだ。僕は改めてノックをした。トントン。
「帰れ変態!入ってくんな!」
「結局入れないのかよ!」
「入ってこなくて良いよ。どうせ寝てる雪を見てハァハァしに来ただけでしょ?」
「そんなわけないだろう?入るよ」
「入ってきたら大声出してやる……ってこの屋敷にはあのエロじじぃだけかー。むしろ喜びそうよね」
確かに。そんなことはどうでも良い。僕は部屋の中に強引に入っていく。結局女の子の力で閉ざされた扉だ。少し力を込めればすぐに開いた。
「誰が勝手に入って良いって言ったの?痴漢侵入で警察呼ばれたいわけ?」
「どうして僕が麗ちゃんの許しを請わなきゃいけないんだい?」
「性犯罪者に人権なし」
「違うから僕には人権があるね。それより雪ちゃんの様子はどうかな?……うん。静かに寝てるね。大丈夫そうだ」
「大丈夫じゃないわよ。近くに変態がいるから何をされるか、わかったもんじゃない」
散々な言われようだが、ふと思い付いた。自分に従属欲求を高めるマゾンナをかければ、もしかして麗ちゃんの言葉に興奮するのかな?ということだ。面白そうなのでやってみよう。僕は自分自身にマゾンナをかけた。
空気が一変する。押し潰されそうな不快感。目の前にいる麗ちゃんが大きく見える。いや、逆だ。僕が小さく圧縮してるんだ。まさかこんな少女に威圧されるなんて。僕の気持ちに反映されているのかアソコも同じように縮こまっていた。
「ちょっと、心くん。聞いてる?」
「ひっ!ご、ごめんなさい」
急に声をかけられてビクつく。心臓がドキドキしていた。叱られたのかと思った。
「?どうしたのよ、急に。素直に謝っちゃったりして」
不安に煽られる。何か悪いことをしてしまったんじゃないかと。それで何度も謝ってしまう。
「うふふっ。男が女の子に頭を下げて謝るなんてどんな気持ち?男が一番情けない姿にあるよね」
「ごめんなさい」
「うふふっ。とっても気分が良いわ。でも雪が寝てるから出ていって」
「はい。ごめんなさい」
「素直でよろしい。心くん。じゃあね」
僕は立ち上がって部屋から出ていく。
……ちょっと待てーいッ!目的が違うだろ!僕はすぐにリセットして再び部屋の中に入った。
「大きな音を立てちゃダメだよ、心くん」
「あ、ごめんなさい」
いやいやいや、それは終わったんだって。よし。今度は麗ちゃんにマゾンナをかけてみるか。僕はマゾンナの魔法を唱えた。
……。すぐに麗ちゃんの様子が一変する。妙にそわそわし始めて落ち着きがなくなった。特に表情も上目遣いで、こちらの様子を伺うような遠慮がちな目線を送ってくる。支配欲求の強い男ならイチコロだろう。まるで小動物のようだ。僕自身にも使ってみるか。支配欲求を高めるサドンナを。
僕は僕自身にサドンナの魔法を唱えた。軽い目眩から覚めれば、世界が一変する。まるで巨人にでもなったかのように世界が小さく見える。気分も見違えるほど大きくなる。自分が偉人にでも英雄にでもなったかのように誇らしい。
「麗ちゃん」
と、僕は名前を呼んだだけなのに、麗ちゃんはポロポロと泣き出してしまった。
「どうしたの麗ちゃん?」
「心くん。ごめんなさい。さっきのあたしひどいこと言っちゃった。本当にごめんなさい」
麗ちゃんは弱々しい声でそう言った。そんなことないよと普段の僕なら言いそうなものだが、今の僕にはふつふつと黒い液体が気持ちの中に湧き出てくる。
「麗ちゃん。それで謝ってるつもり?」
麗ちゃんはビクンッと跳ねた。恐怖に満ちた顔。僕はその顔にゾクゾクとした快楽を感じていた。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「そんな大きな声を出してると雪ちゃんが起きちゃうけど?」
「……ッ」
麗ちゃんは口を押さえて黙り込んでしまう。目をギュッと閉じて顔を真っ赤に染めながら。そんな姿を見ているとますます僕の気分は楽しくなってきた。もっと虐めて泣いてる顔が見たい。
「麗ちゃん。謝るなら土下座したら?」
麗ちゃんはいちいち僕の言葉に反応して、全身をビクつかせるから面白い。
麗ちゃんは戸惑いながらもゆっくりと土下座する。本当にした。さっきまでの麗ちゃんなら考えられない行動だ。嬉しい。単純に嬉しくて堪らない。テンションが高ぶる。ふつふつと黒い液体が溢れ出てくる。
「麗ちゃん。本当に悪いと思っているなら僕の足にキスしてよ。謝罪の意志を込めてね」
土下座する麗ちゃんの前に足を出す。すると土下座したことでとまどいも失せたのか、今度はすぐに僕の足を求めるように犬のようにキスを始めた。少女の柔らかい唇の感触と興奮気味の鼻息が足に伝わってくる。
「雪ちゃんが起きてたらどうするの?こんな姿見られちゃうね?そうなったらどうしよう、麗ちゃん」
麗ちゃんはまたビクンと身体が跳ねたが、キスはやめずに続けた。こんなことまでしてくれる麗ちゃんが愛おしくなってくる。このまま抱き締めたい衝動が強くなってくるが、それは犯罪だろう。いや、もう充分片足は浸かっているか。もう手遅れだな。
僕は次にンデ系の魔法を互いに唱えることにした。僕には加虐欲求を。麗ちゃんには被虐欲求だ。きっと今までに感じたことのない衝動が生まれるに違いない。楽しみで仕方がない。
「サドンデ!マゾンデッ!」
……。世界が一変する。さっきとは違って何かイライラとし始めた。何だろう?このイライラした気持ちは。何かに怒っているわけではない。だけど、気分が静まらない。
ふと僕は視線に気付く。麗ちゃんだ。麗ちゃんはじっと僕をまっすぐに見ていた。
「誰が足にキスをやめても良いって言ったの?続けてよ」
「……」
麗ちゃんは動かない。ただ静かに僕を見ていた。その態度は僕のイライラのぶつけどころになった。
「何で僕の言うこと聞いてくれないんだよ!」
パチンッ!僕は勢い余って手を出してしまった。どうにも収まらない。麗ちゃんの頬に平手のあとが残る。やってしまったという後悔はあった。だが、麗ちゃんもそこで泣いてくれれば良かったのに。そこで叫んでくれたら良かったのに。そこで逃げてくれたら良かったのに。だが、そこにいる麗ちゃんは痛々しい頬に手を当てながら僕をじっと見ていた。その態度に僕のイライラが増していった。
「何その顔。僕のことナメてるだろ」
僕は躊躇いもなくもう一発、麗ちゃんの頬にビンタを喰らわしてやった。……。僕はもう一発、もう一発と何度も頬を叩いてやった。しかし麗ちゃんの態度は変わらない。僕はそんな態度が腹立だしくなって、ビンタビンタとさらに叩く。止め時を失い、気が付いた頃には僕の手が痛い。
だけど、麗ちゃんの態度は変わらない。この顔が、僕をバカにするこの顔がムカついて堪らない。あれだけ叩かれて頬も痛々しく腫れ上がっているのに、涼しい顔で僕を見つめていた。
僕は我慢の限界を超えた。麗ちゃんの頭を掴んで地面に押し付ける。そして叩いた頬をつねり上げてやった。
「どうだ?痛いだろ?泣けよ。泣き顔見せろよ。そしたら許してやるから」
……。
「ぐぎぎぎぃーっ!泣けって言ってるだろ!泣けよ、くそっ!じゃあこれならどうだ!」
僕はノーリアクションの麗ちゃんの首を絞めた。いくら何でもここまでされて平然としていられるわけがない。これできっと泣いて許しを請うはずだ。
……だけどそんな期待はすぐに裏切られた。首を絞めてるのに。止血されて顔がパンパンに膨れているのに。だけど麗ちゃんの目線はじっと僕を見つめ続ける。
「これでも泣かないのか!これでもか!くそっ!泣け泣け泣け泣け泣け泣けーっ!」
僕はさらに首を絞める手に力を込める。完全に人を殺してしまえるレベルだ。だけど麗ちゃんはそれでも泣かなかった。僕は許せなかった。まだ足りないのか?まだ絞める力が弱いのか?まだ絞め続けなければ泣いてくれないのか?まだ僕を許してくれないのか?
「うおおおおおーっ!」
もう形振り構ってられない。僕は全力で麗ちゃんの首を絞め上げた。ギリギリと音がなる。麗ちゃんの顔色もヤヴァイ色へと変色していく。
「……バカ孫が」
ガツン!
「ぐあっ!」
僕は後頭部に鈍痛が走る。何かで殴られてしまったようだ。意識が薄れていく。
「全くお前は何もわかっておらんな。SMが何故紳士淑女の遊びと呼ばれるかわかるか?お前のように欲情もコントロールできんガキが、してはいけない危険な遊びじゃからじゃよ。SMに飲まれおってからに情けない。
残念じゃが、お前にこの魔法を継がせるわけにはいかん。継承者失格じゃ!
麗ちゃん雪ちゃん。今日はバカ孫の試験に付き合わせてすまんかったのぅ。あとでスマポォ買ってやるからな。おじいちゃんとラインで繋がって身体も一緒に繋がって……ブベランチェっ!れ、麗ちゃん?まだリセットしておらんのにツッコミを入れられるとは。ガクっ」
……薄れていく。僕の意識も僕の記憶も。最初から何事も無かったかのように無くなった。
「……んっ……んん?」
ボーッとする頭をたたき起こす。どうやら僕は寝ていたようだ。このベッドから甘い匂いがする。何だろう?
とにかく僕は身体を起こした。ここは……じじぃの屋敷か。こんなところで寝ていたら僕の貞操が危ないじゃないか。危ない危ないっと。僕はじじぃがいる部屋の扉を開けた。
「おい、じじぃ。僕は帰るからな」
「あぁ。帰るが良い。帰るが良い」
……?何だかじじぃの様子がおかしかった。もうそろそろお迎えが来る日も近いなこりゃ。めでたい限りだ。僕は部屋の扉を閉めて玄関へと向かった。
じじぃの膝の上で大人しくしていた老猫真心がニャーとひと鳴きしたのを僕は聞いた。