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午前の部その2 珊瑚礁~熱帯雨林まで




亀どころかナメクジにも劣るような更新ペースで申し訳ない……

―9:12・珊瑚礁エリア―


 続いて一行が訪れたのは、北海を題材とした海獣エリアとは打って変わって温暖な南海の珊瑚礁を題材とした展示エリアであった。


「綺麗……」

「現実のものとは思えないな……」

「いや、それは流石に言いすぎ……でも、ないわね……」

 青い背景に色とりどりの色取り取りの魚たちが泳ぐ様子に、一同はすっかり心奪われているようだった。

「美しかろう?魚に、或いは海棲のものに限らず、南方の温暖な地域に生息する生物は色鮮やかで美しい傾向にあるものだ。理由は様々だが、特に赤色は青い海中にあって黒として扱われる事から闇夜に紛れる擬態の役割を果たしているとも言われている」

 水槽の中を眺めながら、コドセルは話を続ける。

「石灰の骨格を持ち、宝石として扱われる種が存在することから命のない自然物と思われがちな珊瑚だが、その正体は――刺胞動物という、クラゲやイソギンチャクに近縁の――れっきとした動物だ。特にここで飼育されている種は造礁珊瑚なるカテゴリのもので、体内に藻類を住まわせ光合成で養分を賄うという生態故に浅瀬を好む。成長の早さから寄り集まって珊瑚礁という一つの陸地を成すことさえあるという」

 珊瑚について語るコドセルの目の前を、ふと一匹の魚が通り過ぎる。

「あの黄色い、口先の尖った魚が見えるかね?あれはフエヤッコダイという名でな。目の辺りが黒く塗り潰されたようになっていて、尾の方へ黒い斑点が見えるだろう?」

「あー、見えるな。何か目玉みてぇなのが」

「うむ。よくぞ気付いたなシオン殿。あの斑点は捕食者の目を欺き、フエヤッコダイの尾をあたかも頭と思い込ませるのだ」

「つまり、それで敵を攪乱して上手いこと逃げるってわけか」

「そういうことだ」

 コドセルがシオンに話していると、ふと何かを見付けたら

しいカンナがコドセルに『あれは何?』と聞いてきた。見れば一抱え程の赤いハタらしき魚の周囲をそれより遥かに華奢な小魚が泳ぎ回っている。

「ふむ。ホンソメワケベラのクリーニングか」

「ホンソメワケベラ?」

「うむ。あの小魚はホンソメワケベラと言ってな。ああして他の魚の身体についた寄生虫や歯に引っ掛かった食い物のカスを啄み腹を満たす変わり種だ。相手の魚はユカタハタだな。どちらも珊瑚礁ではそれなりに名の知れたネクトンと言える」

「へぇ、変わった魚がいるのね……」

「変わった生態だと思うか?だがこういった"相利共生"の生活を営む生物は少なくないぞ。陸の話になるが、自ら餌を生み出す巣となることで蟻を飼い慣らし自身を害虫から守らせる植物などが好例か。この水槽の中だと他には……おっと、あれだあれだ」

 そう言ってコドセルが指差した先では、太長く恐ろしげな面をした魚が大口を開け、そこに美しい小さなエビがまとわりついている。

「何あれ?ウミヘビかウナギみたいな魚の口周りにエビが集まってるけど」

「あれはニセゴイシウツボという、筋肉太りをしたウナギのようなものだ。あれもまた一つの相利共生だよ。口元に集まっているオトヒメエビのお目当てはホンソメワケベラと同じく、ニセゴイシウツボの歯に引っかかった細かな魚肉や体についた寄生虫の類だ。ああした行動を取る生物は総じて小柄で非力だが、大型生物たちにとっては有益である為食われることがないのだという」

「へぇ、海の中にも人間社会と似たようなところがあったりするのね」

「そうだな。更にはこれらの生物を装い捕食者の目を欺くものや、掃除を申し込んできた魚の健康な部位を食い千切って逃げていくものがいるというのもまた、人間社会とよく似ている」


 巨大水槽を通り過ぎた一同は、続いて幾つかの中・小型水槽が建ち並ぶ道へと差し掛かる。

「この辺りには、大型水槽での展示が不向きな砂地に生息するベントスを中心に展示しているようだな」

「ベントス……なるほど。確かに底の方へ居るような奴は小分けにして展示した方が見やすいもんな」

「そういうことだ。他にも他の魚との混泳に不向きな種も中型水槽に纏めてあるらしいが……そうなるとさっきのニセゴイシウツボやユカタハタは大丈夫だったのだろうか……」

「餌が十分に与えられているから大丈夫なんじゃないか?」

 シラギの指摘にコドセルは『なるほど』と頷き、目の前にある水槽を覗き込む。

「ふむ、やけに砂が分厚いと思えばガーデンイールだったか」

「ガーデンイール?」

「うむ。細長い体で砂地から頭を出している様子を庭に生えた草本に見立てての命名らしい。その顔つきが極東原産の"狆"という小型犬に似ている事から"チンアナゴ"とも呼ばれるらしいが」

「……何か如何にも誤解されそうな名前ですね。別段顔が犬に似てるわけでもないですし……」

「言ってやるな。正直俺自身、この名前は改めねばなるまいと思っているんだ。学者どもは言及すらしていないが……」


 続いて一行の目に入った水槽は小ぶりな割にガラスがかなり分厚く、中では色鮮やかな筒型の甲殻類が静かに佇んでいた。

「こいつは……エビじゃあ、ないよな?」

「シャコじゃないです?ねぇ、コドセルさん」

「そう。こいつの名はモンハナシャコ。全長15cm程度の比較的小柄な甲殻類だ。だが小柄だからと言って侮ってはいかんぞ。こいつを始めシャコは前脚で獲物や敵を殴る攻撃が得意なんだが、その威力は時に拳銃の弾丸にも匹敵するほどだという」

「け、拳銃!?」

「そうだ。その威力は貝殻を粉砕し、カニの脚を丸ごと吹き飛ばし、水槽のガラスをも叩き割るという。だから下手に刺激してしまっても大丈夫なよう、こんなにガラスを分厚くしているのだろうな」

「よく目にする『ガラスを叩くな』っていう注意書きの見え方が変わりますね……」

「ああ。だが破壊力の高い甲殻類としては、その更に上を行く奴がいてな……っと、いたいた。こいつだ」

 そう言ってコドセルが指さしたのは、これまた水槽の半分ほどに砂の敷き詰められた水槽であった。その中では一見ごく普通の地味な色合いをしたエビがガラス際に穴を掘って潜っており、何故だか傍らにはそのエビより大ぶりな(凡そ二倍程の)ハゼが佇んでいる。

「こいつはテッポウエビ。別名はピストル・シュリンプで、ほぼ同じ意味であるこれらの名称は、このエビの見かけによらない破壊的能力に由来する」

「何?まさか、ハサミから弾を打ち出して……」

「いや、それは流石にないだろ……」

「えー?でもテッポウウオとか居るんならそれくらい居たって普通じゃない?」

「いや……確かに海の中にも飛び道具を使う動物は居るが、テッポウエビは違うぞ」

「あれ?そうなの?」

「いや、普通そうだろ……」

「つーか俺ぁその『飛び道具使う海の動物』ってのが気になるんだが……」

「それは後々話そう。幸いなことにここにも展示されているようだからな……さて、それでテッポウエビの能力だが、見れば分かるとおりこの種の鋏脚ハサミは片方が妙に太くなっていて――ふむ、こいつの場合は右か。この太いハサミが能力のカギを握っている。単刀直入に言えばこの太いハサミを一旦直角まで開いてかち合わせて破裂音を出すことができるんだ」

「あー、それで鉄砲ってわけ……」

「拍子抜けといった口ぶりのようだがな、カンナ殿。テッポウエビの鋏脚ハサミから放たれる破裂音は威嚇に留まらず小魚程度なら衝撃波で気絶させる事も可能なほどの威力を誇るのだぞ」

「えっ、そんなに凄いの?」

「凄いとも。テッポウエビの鋏脚ハサミが閉じる際に発生する水流は時速にして100kmを超え、周囲の水を沸騰させる事でキャビテーションという気泡が発生する。更にそのキャビテーションの急激な収縮は内部の温度と圧力を爆発的に上昇させ、内部の気体がプラズマ化して発光までするという」

「ぷ、プラズマて……」

「このプラズマ化に必要な温度は約5000ケルビン、摂氏にして4726度と言われているのだが、これはゆうに太陽の表面温度とほぼ同じか少々低い程度だという。極めて局所的であるからこそ小魚一匹が気絶する程度で済んでいるが、それでもとんでもない話だというのはご理解頂けたかな?」

「あ、あぁ……世の中って本当わからねぇな……」

「因みに傍らにいるハゼはイトヒキハゼと言ってな。寝食を共にしながら視力の弱いテッポウエビに代わって巣穴の見張りを務めている。これも一種の相利共生という奴だな」

 そんな補足でテッポウエビの解説を締め括ったコドセルであったが、直後に『説明の順番を間違えたかな……』と、軽く自己嫌悪に陥る事となる。


―10:11・イルカ展示エリア―


 その後も様々な海洋生物を目にした一同は、続いてイルカの泳ぎ回る水槽の前にたどり着く。

「元々は鯨目というグループに所属するものだとばかり思われていたイルカ及びクジラだが、昨今は研究の進展からある意外な動物に近縁だとされているんだが、それは何だと思われるかな?」

 コドセルの問いかけに、他の面々はアシカやアザラシ、ゾウやクマ等の答えを挙げた。

「ふむ、成る程な。残念ながら今しがた挙がった答えの中に正答はない……正しくはカバだ」

「かっ、カバぁ!?」

「カバって、お前……」

「マジかよ……」

 仲間たちの大層驚いた様子を見たコドセルは、満足げに解説し始める。

「まず最初に念頭に置いておいて欲しいのは、クジラという動物の祖先がメソニクスという中型犬に似た水辺暮らしの四足獣であるということだ」

「元から海の獣ではなかったんだな……」

「そうだ。元々爬虫類・鳥類・哺乳類の祖は陸上動物である故、どれ程水中適応が進んでいようとそれは『陸上から水に入り適応した者の祖先』ということになる。さて、それで本題だが、従来よりカバの属する偶蹄目とイルカやクジラの属する鯨目とは『水中で生活し、育児も水中で行う』『体毛や皮脂腺がない』『水中で音を使って会話する能力を持つ』『精巣が体内にある』『肉の弁によって閉じることのできる鼻の孔』等の共通点が見られることからこれら二つのグループを同じものとして扱う説は古くから存在しており、遺伝子研究の進歩もあってそれは確定的なものになった。かくしてクジラ目は鯨偶蹄目の下位分類になったのだが、亜目下目小目などと呼ぶような流れはまだ定着するに至っていない」

「そうだったんだ。然しまさかカバとはねぇ……」

「俺も最初に聞いたときは信じられなかったが……世の中とはそういうものだ」


―10:19・熱帯雨林エリア―


 イルカ水槽に続いて一同が辿り着いたのは、赤道付近の熱帯雨林を再現した展示エリアであった。

 サンゴ礁エリアにあったものに匹敵する程の大型水槽の中を、平均全長2m以上の大型熱帯魚が悠然と泳いでいる。

「南米を横切り大西洋へと流れ込む熱帯の大河と、それを擁する広大な熱帯雨林。広大な自然の満ち溢れたそこは、どこもかしこも独自の生物で満たされている……このエリアにはそうした熱帯雨林に生息する多種多様な生物が数多く展示されているが……悲しいかな、その全てはきっと展示しきれまい」

「何故そう言い切れる?」

「数が多すぎるのだ。例えば熱帯雨林の川で見慣れぬ小魚を一匹捕獲したとしよう。とすると研究者たちは躍起になってそれの素性を明らかにしようとする。それは新種なのか、新種ならば如何なる系統に属すのか、食物は何で天敵は何か、活動や繁殖の時期は何時か、寿命はどれほどか……それらの全てを明らかにするだけでも膨大な時間を要するのは言うまでもなかろう?ましてそれの輸送・展示の手段を確立するにはその何倍もの時間がかかるやも知れん。或いは外部への持ち出しや展示が禁じられる可能性さえ捨てきれん」

「そうか……そう考えると確かに、熱帯雨林の生き物全てを一つの水族館に展示するなんて不可能なのかもな」

「ああ。だがごく一握りの種ならば展示は可能だし、それだけでも展示・鑑賞するには十分な数と魅力を誇ることもまた事実だ」

 シラギと語らうコドセルが横長の大型水槽を覗き込むと、示し合わせたかのように彼の目の前へ大きくも美しい魚影が躍り出た。

「今俺の目の前を通り過ぎて行った魚はシルバーアロワナ――古代魚という、熱帯魚の中でも取り分け風変りで稀有なグループの代表格だ」

「アロワナなら何度か見たことはあるが、古代魚ってのは知らなかったな。然しなるほど、そう思うとこの竜みたいな見た目も納得だな」

「ふむ、竜か。確かに東の大陸では竜魚と呼ばれ愛好家も多く、更には水面へせり出した枝についた虫を食うべく水中から垂直に跳び上がる事もあるというから、その例えは的確と言えような」

「飛び上がるのか、こいつが……」

「うむ。流石にこういった展示施設ではお目にかかれんだろうが、映像程度なら探せばあると思うぞ」

 その後もコドセルはシラギや、途中から加わった他の面子を連れながら熱帯雨林エリアに展示されている動物について解説していく。

「この水槽には二種類のキャットフィッシュ――即ちナマズが居るようだな。手前の丸みを帯びたような奴は尾鰭が赤色をしていることから赤尾鯰レッドテールキャットフィッシュ、奥に横たわる直線的な奴は縞模様と頭の形に因んで虎円匙鼻鯰タイガーシャベルノーズキャットフィッシュの名前で呼ばれている」

「ナマズってキャットフィッシュって言うんですねー」

「どちらも長い鬚を使い周囲の状況や獲物の位置を探る捕食者だからな。それ故か熱帯魚界隈ではナマズというとその殆どがキャットの名を持つんだ。まあ、ロラカリアやコリドラスのような例外もいるが」

「コリドラスなら知ってますよ。あの海に居るヒメジを小さくしたような魚ですよね?」

「だがロラカリアってのは何だ?聞いたことのない名前だが」

「ヨロイナマズという中型種のことだ。一般的にはプレコとも呼ばれる、吸盤のような口で石や流木に張き表面の藻を喰うという変わり種だな。小分けされた小型水槽に展示されているだろうから、その時に確認すればいいだろう。さて……」

 再び水槽の中に目を見遣ったコドセルは、泳ぎ回る熱帯魚の中でも一際異彩を放つ巨大魚を指差した。

「アラパイマ。ピラルクーとも呼ばれる古代魚の一種で、淡水に生息する魚類の内では世界最大級とされている」

「具体的にはどのくらいになるの?」

「俺の記憶では最大4m程度だったか。その巨体故、鱗の一枚が靴箆として使えてしまうという」

「く、靴箆ぁ!?」

「大きいだけじゃなくて頑丈なんですねー」

「でなければワニやピラニア、カンディルに食われてしまうからな」

 かくして熱帯雨林の様々な生物(魚のみならず、鳥、獣、爬虫類から昆虫まで)を見て回った一行は、ある催物イベントの為に館内中央へと向かう。

 その催物とはすなわち、水族館に於いて最も華やかで派手なもの――即ち"海獣ショー"である。

次回、海獣ショーへ!今回よりは早く更新したいなぁ

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