EP3
−自分が人間だって事、証明して下さい−
「・・・・・・です。」
ん?
「・・・・・・・さです」
んん??
「朝です、いい加減起きやがって下さい、カイト兄様。」
目を開けると喉元にナイフを突きつけられていた。
皮膚と刃の間、約三ミリ。
「おはよう、イルファ」
なるべく喉を動かさないように、声を殺しながら朝の挨拶。
「おはようございます、カイト兄様」
『イルファ』と僕が呼んだ、エプロンドレスを着た目の前の少女は喉元のサイフをすっと引いた。
僕はベッドから身体を起こした。
腹部と左手に、鋭い痛みが走る。
見ると、どちらともぎっしり包帯が巻かれていた。
「昨夜、」
イルファが続ける。
「お二人の帰りが遅いので、寺院まで様子を見に行きました」
「へぇ、どうして寺院だとわかったの」
「セルフィ姉様が書置きをしてくださったので」
まぁそんなとこだと思ったよ。
イルファは吸い込まれそうな瞳で僕を見つめる。
肩まで伸びた、雪の様に真っ白な髪に紅い瞳。
僕より二つ下の年齢で、まだ幼さが残る、それでいて整った顔。
普段は無表情で、口数も僕達三人の中で一番少ない。
背はセルフィより低い、だけど、そのくせ発育具合どうしてなかなかセルフィよりも・・・。
「どこをマジマジと見てるんですか?」
再度、ナイフを突きつけられた。
「いや、別に」
「どこを見てたんですか?」
「いや、別に」
「どこを見てたんですか?」
「なんでセルフィより背が低くて年も下なのに胸がデカイのかなぁっと」
「・・・殺しますよ?」
「すみませんでした」
華奢な体にメイド服、反則です。
はぁ、とため息をついてイルファは僕の部屋から退出しようとした。
「呆れられた?」
「前々からです」
「ひどいな、僕は君の事を愛してるのに」
『愛している』
その言葉に、頬を赤らめるイルファ。
時々見せる照れが何ともチャームなおんなのこ。
「・・・みだらです。カイト兄様」
そう言って紅い顔に無理に取り繕った普段の顔をしながらパタンと扉を閉めた。
「はは」
「それと、」
ガチャリとドアを半開きにし、首だけを僕の部屋に出してイルファはこう言った。
「カイト兄様。やはり二年間、何もしなかったのは明らかに間違いであったとお分かりになられましたか?」
さっきの愛の言葉への反撃。
捨て台詞、身に染みる。
「何もしなかったわけじゃないさ」
「そうですか?」
「そうだよ」
わかりました、と言って一礼をした後、イルファは扉を閉めた。
「・・・礼をするくらいなら、ナイフを使って起こすの止めてよ」
小さな声で、僕はボソっとそう呟いた。
イルファとセルフィとは二年前に出会った。
出会うべくして出会ったのか、それともたまたまそうであったのか、それは僕にはわからない。
特にイルファ。
二年前、僕と彼女は正に対極だった。
勢力『機関』No,8 通称『ピリオド』
彼女はそう呼ばれていた。
敵であったイルファは、僕にとって凄まじいほどの脅威だったし、それは向こうも同じだったと思う。
そして戦いの後、彼女は色々あって僕と一緒にいることになった。
『一緒に生活』ではなく『一緒に生きる』ことに。
それが悪いことなのか、良いことなのかはわからない。
ただ、その時には他に選ぶべき選択肢がなかった。
僕はベットから立ち上がった。
ずきずきと全身に痛みが走る。
窓から見える青空が、目に痛かった。
ここでちょっと僕達が住むこの国について。
この国は三つの区画から成り立っている。
商業区、生活区、農業区からだ。
その内の商業区、二番街に僕達の家(兼請負店)はある。
商業区は工業に限らず建築、土木、経営、すべての『職』と名のつくものがあつまる区画で、
人も物も、どの区よりも一番多い。
言うならば都市だ。
そんなところで請負業をやってるからか、依頼人もほどほどくる。
月に2,3依頼があれば大繁盛といえるこの職業で、月に3,4依頼がくる。
普通の請負業だと一回にかなりの額を請求するらしいけど、僕達は、とりわけセルフィは一生働かなくても
食べていけるだけの財産があるので請求額もかなり小額。
そこが繁盛(?)の根本たるところかもしれない。
物探しから尋ね人、たまに殺人依頼なんてものもくるけど、それらは全てセルフィが依頼を受けるかどうか判断する。
ちなみに殺人依頼を受けたことは一回もない。
殺人依頼者に「他に頼め〜!!」と一喝するのを何度見たことか。
まぁ一人だけ、同業者で殺人を専門にしてる『知り合い』がいるけど。
ちなみに仲間であり、かつ、敵という微妙な関係。
家は二階建てで、結構広い。
どうしてまだ未成年の女の子であるセルフィが、こんな豪勢な家に住んでいるのかは知らない。
その内聞いてみようと思ってる。
一回は居間が半分、仕事部屋がもう半分で埋まっており、二階に各々の個室があるという形になっており、
眠る時だけ二階にいて、あとはほとんど一階にいるのが日常になっている。
炊事や掃除、一般的に家事と呼ばれるものはイルファがやってくれている。
本人曰く、『メイドですから当たり前です』らしいが、僕もセルフィも一度だってイルファに家事をしてくれと言ったことは無い。
どうやら家事が生きがいになってる模様。
「おはよう」
いつものように、僕は居間の扉を開けた。
「ほひゃよう」
いつものように、パンをほおばりながらセルフィが僕に朝の挨拶。
「食べ終わってからにしてよ」
「んんっ、おっ、おはよう」
「おはよう、イルファもおはよ」
いつものように、今朝二度目の挨拶
「おはようございます」
いつものように、深々と礼をするイルファ。
いつもの日常。
昨夜のことなんて忘れちゃうくらいに。
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「決めよう」
『想影』
いつの間にか、僕がそう呼称するようになった剣を握り締める。
なぜそう呼び始めたのかはわからない。
気付いたら僕はこの剣をそう呼んでいた。
否、そう呼ばないといけない気がした。
距離を取る。
左右には長イス。
僕達は今、大聖堂の中央、広い通路の上で対峙している。
一撃にかける、そんなの無理だ。
それこそ乱打戦になる。
あのなまくらな剣だとまともな戦いが出来なかったけど、『想影』なら話は別。
別に、僕自身が剣によって強くなるわけじゃない。
ただこの剣が僕に力を与えてくれる、そんな気がするだけ。
ふっ、と息を吐いて、アヴリルに向かって駆け出す。
構えを変えるアヴリル。
地に刀を付ける構えから、刀を肩より高く持ち、刃先をこちらに向けている。
明らかに『突き』の構え。
ガンッ!
突きを弾く。
そのまま上段へと水平斬り。
アヴリルは首だけの最低限の動作でそれをよける。
斬撃が続く。
がんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんっと、剣同士を叩き付け合う音が大聖堂の内部に響く。
僕はアヴリルの二度目の突きを腰をひねって半身で交わし、その際の勢いを維持したまま後ろ回し蹴りを見舞う。
牽制のつもりの攻撃が、幸運にもみぞおちに深々とつきささり、華奢な体がよろめく。
その隙を見逃さない、見逃してやらない。
僕は『想影』を振りかぶり、ありったけの力で叩き付けた。
かろうじて攻撃を刀で防御するアヴリル。
だけど、その『威力』までは殺せなかった。
アヴリルの体はまるで思いっ切り蹴られたボールの様に、蒼い髪をたなびかせながら派手に後方に吹っ飛んだ。
その後ろには、石でできた巨大な女神像。
瞬時、爆音。
アヴリルの体は女神像に激突した。
僕はアヴリルに向かって跳躍する。
ここだ。
ここで、流れ《勝敗》が決まる。
アヴリルの体が前のめりになる形でゆっくりと傾いていく、否、倒れていく。
全てがスローモーションに見える錯覚を感じる。
距離を、つめる。
僕とアヴリル、その距離、あと四メートル。
三メートル。
『想影』を振り下ろす。
狙いは、アヴリルの、細い首元。
刃先が、あと少しでそこに達する。
もう、あと数刹那後には、その首は・・・。
「!!?」
気付く。
視界。
目の間の少女。
異端者。
蒼い髪。
蒼い瞳。
それが、
僕を、
捉える。
脳髄を駆け巡る、狂気。
右手。
僕の利き手。
剣を握る腕。
力が、
一瞬、
消えた。
『ずしゃっ』と、音。
赤黒い液体が、地を濡らす。
結果的に、アヴリルは僕の斬撃を防いだ。
その左肩を、斬らせて。
刃先はアヴリルの左半身を断絶しておらず、そのまま左肩にささっている状態。
途中、僕は剣を振る勢いを弱めてしまった。
ひゅんと風を切る音。
アヴリルの反撃はもう始まっている、
「くっ!!」
無理やりアヴリルの左肩から剣を引き抜く。
おびただしいほどの血が飛沫となって空中を舞う。
ひるむことなく、アヴリルは刀を振るう。
異常。
異質。
壊れている。
ガンっと一際大きな音。
斬撃を防ぐ。
だが、若干無理な体勢からの防御だったため、僕の体は威力を抑えきれずよろめく。
相手を見る。
アヴリルは、微かに笑っていた。
その微笑にぞっとする。
左肩を深く斬られ、今も洪水のようにそこから血を流しているというのに、彼女は微笑んでいる。
「がはっ!!」
膝蹴りを腹部に食らう。
直後、激しい斬撃。
ままならない姿勢のまま何とか防ぐ。
続けざまに、まともな呼吸が出来ないほどの乱撃。
その斬撃は、まさに剣舞。
「貴方は・・・・」
アヴリルが口を開く。
斬撃を緩めず、より一撃一撃に重み《・・・》を加えながら。
「どうして私と闘ってるんですか?」
「・・・・・・」
がんがんがんがんがんがん。
「何の意味もないでしょう?」
「・・・・・・」
がんがんがんがんがんがんがんがん。
「どうしてですか?」
「・・・・・・」
がんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがん。
ガッ。
「それはね、」
「!?」
驚くアヴリル。
僕はむりやりにアヴリルの攻撃を停止させた。
左手でアヴリルの刀を直に掴む事によって。
手から血が滴り落ちる、それも結構な量が。
まぁ、左手ごともっていかれるよりマシかな。
「ごもっとものことさ。確かに僕が君と闘う理由なんてないね」
「・・・・・・」
刀を引き抜こうとするアヴリル。
だけど僕は離さない。
「ただ」
「僕の周りには、何かしら奇妙な事がよく起こるんだよ」
「・・・・・・」
「些細なことから大きな事まで、何でもかんでも色々とね」
「・・・・・・」
「僕には一つだけ自慢がある」
刀を握る手に力を込める。
血がさらに流れる。
足元にはすでに水たまりが出来ている。
自然と、笑みになる。
「僕は一度、殺された」
何の比喩もなく、ありのまま純粋に。
「その日以来、奇妙な出来事が起きているんだ」
その最たるものが、二年前。
「そして、僕がその『奇妙な出来事』に首を突っ込むときには必ず・・・、」
「・・・・・・」
「大きな戦争《殺し合い』》が起きてるんだ」
国同士みたいな大規模なものではなく、地殻変動のような、公けには見えない『隠れた戦争《殺し合い》』が。
「・・・そうですか」
蒼い瞳で、僕をじっと見るアヴリル。
「でしたら今度も、」
「!」
アヴリルの言葉に気を取られて、反応が遅れる。
気付くとアヴリルは、 左 手 に も う 一 本 、刀 を も っ て い た 。
ていうことは、アヴリルはもともとダブルハンド《二刀流》だったのか。
「がっ・・・・・!!」
避けきれず、刀が僕の右腹部に深々と突き刺さる。
途端に意識が遠のく。
やばいな、やっぱり素手で刀を握るのは無茶だったかな・・・。
血、流しまくっちゃったし。
アヴリルの後姿が見える。
もう・・・、ここ《寺院》を出て行くのかな。
もやがかった意識の中で、僕は自分の体が無様に床に倒れたのを感じた。
意識が途絶える瞬間、アヴリルは僕に振り返ってこう言った。
「あなたは私達の戦争《殺し合い》に関わることになるでしょう」