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D/R  作者: 幻灯
2/3

EP2

-それは、始まる前から始まっていた−


深夜。

古びた寺院。

天蓋がなく、月の光でさえ永久に入らないだろうと思われる場所に二人の人物がいた。

少年と少女。

整った顔に闇のような黒い瞳、無造作で少し黒がかかったブラウンの髪をした少年。

足までかかる紺色のコートを着ていて、少年と足とほぼ同じ長さの剣を携えている。

名はカイト。便宜上、今はそう名乗っている。


対する少女の方は、少年とはちがって両手に銃を構えている。

この国には銃なんてものは存在しない。

おそらくは遠国の者を使っているのだろう。連射可能な小銃二挺。

少女は少年と同じくブラウン色の髪だ。肩まで伸びていて、そこだけが少年と違っていた。

黄色の瞳が、周囲の様子を把握するために世話しなく動いている。

整った顔をしており、体型は多少小柄だが年相応の発育具合だ。

名はセルフィ。


「正直、こういうのは僕に合わないと思うんだよね」

「だってしょうがないでしょ?ここ最近、依頼がなくて退屈なんだもん」

「とは言ってもさ、せめて受ける依頼を選んでよ。セルフィ」

「だって報酬は弾むって話だったんだもん」

「お金に困って無いくせに」

「何か言った?」

「いや、何でも」

セルフィはにっこりと笑いながら続けてこう言った。

「何かあったら助けてくれるんでしょ?カイト」

どうしても違和感のある自分の名前を呼ばれ、『僕』はふぅっと息を吐いて、セルフィに聞こえないようにぼやく。

「かえって僕が助けてもらう立場になるかもね」





依頼が来たのはちょうど二日前の午前のことだった。

その時間帯、僕は春の日光を浴びながら机に突っ伏してウトウトと船を漕いでいた。

まさに至福の瞬間。極上の時。

あと二、三刹那ほどで安らかなる眠りに堕ちようとした時、

突如鼓膜を突き破らんが如く音をたてて、セルフィが僕の部屋のドアを猛烈に、かつ勢い良くドアを開け放った。

「!!!」

「カイトー!!依頼人が来たよー!やったやった!三週間と二日ぶりの依頼だよー!」

「・・・・・・・」

「あれ、どうしたの?嬉しくないの?嬉しいでしょ?嬉しいに決まってるよね」

「・・・・・・め」

「んっ?何か言った?」

「この・・・安眠妨害者め」

その後、その部屋からは何やら悲鳴が聞こえてきたとかこないとか。



「盗賊を捕まえて欲しい・・・ですか?」

変に髪の毛がボサボサになったセルフィが依頼人に確認するように尋ねる。

ちなみに髪は僕の仕業。


応接間に、依頼人と向かい合う形で座る。

僕の隣にセルフィ。そして向かいには依頼主のシュレハッドさん。

シュレハッドさんは三番街の市場の責任者で、農業経営をやっているとか。

少し痩せてて、髪の毛がだいぶ薄い、見るからに努力の人。

いや、努力の人っていうのはボクの先入観だけど…。


「それで、その盗賊というのは?」

「ええ、二年前からちょくちょく盗んでいくやつらがいまして。たいした量じゃなかったので少しくらいならと大目に見てたんですが・・・」

「数も増えて、盗む量が増えたり?」

そいつはまた典型的な・・・。

「はい。それに・・・、次第に盗むのが当たり前と思ってきているらしくついには要求をしてきたんですよ」

「・・・・・・・。」

「仕方なしに一度は要求を呑んだんです。そうしたらもっとよこせと。

次第には畑に火を付けると脅し始めまして・・・。とうとう暴力沙汰まで・・・」

「実力行使に出た・・・と」

少し考える素振りをするセルフィ。

「・・・」

僕は一部始終黙って聞いていた。

「話は大体分かりました。それで私達にそのやっかいな奴らを捕まえてほしいと」

「ええ。本当は自警団にでも相談すれば良いんですけどね・・・」

「誰でもやっかいごとは嫌ですからね。では彼らが立ち入るところや出没するような所を

お知りでしたら・・・・・・」


「僕はね、今だに君がこんな職を始めた事に納得出来てないんだよ。

一生働かなくても食べていけるだけの財産が君にはあるのに、請負業だなんて面倒な仕事・・」

依頼人が退出した後、僕はセルフィに何度も話した事をまた言った。

「お金は私が稼いだものじゃないし、困った誰かを助けるには『請負』が一番妥当でしょ」

そしてセルフィは何度も繰り返した返答をまた言った。

「皆の笑顔を守るため、ガンバろー」

一人気合を入れるセルフィ。ため息をついて、力なく僕も「がんばろー」と続いた。


盗賊の巣は、郊外にある寺院だった。鬱蒼とした森の中に、それはある。

確かにアジトにはもってこいのシチュエーション。

シュレハッドさんの話によると最初は三、四人だった盗賊が、今では数十人に昇っているとか。

「まったく、なんで悪事なんてするんだろうね?」

ふぅとため息をつきながらセルフィは愚痴る。

「悪の入り口は結構広いんだ。その癖極めるのがかなり難しい」

「それはそうだけど・・・」

「今更そんな事言っても仕方ないでしょ、セルフィ。

そもそも請負業をやる以上、『悪』っていう素材が僕らには必要なんだ」

「あれ?さっきまで請負業に否定的だったのに、なんか肯定的になってない?」

「僕はね、君が請負業をやることに否定的なの。請負業それ自体は嫌いじゃないよ」

「ふぅーん?」

「何さ」

「ううん、何でも」

銃を構えながら、先に進むセルフィ。

「でもカイト。何も持たなくても良いの?

剣とか、銃とか。武器は存在自体が敵に対する抑止力になるんだよ?」

「今はいらない」

はぁ〜と何度目かのため息を付くセルフィ。

「殺されてもしらないよ?」

「せいぜい頑張るよ」


寺院の内部は少し複雑な構造で、だけど、迷う事は無かった。

さっきから僕達が、要らない無駄話をしているにはわけがある。

それはこの廃墟となった寺院の中に入った瞬間に、ある事に気付いたから。

いや、気付かずにはいられなかった。

もっとも、その『気付いたこと』のおかげで迷わずに進めているんだけどね。


 

異常なまでに湿った空気に、強烈過ぎる血の臭いのおかげで。



一歩進むたびに、その臭いは強くなる。

生存者《盗賊》がいるなんて、これっぽちも思わない。

だって、この臭いのキツさだけで、シュレハッドさんが言っていた数十人分に相当するといういことが容易に理解出来るから。


予想は確信に。

確信は絶対に。


廊下、一番奥。


臭いの根源であり、起源である場所。


思い至る。



僕は、同じ事をしていると。



二年前のあの日と、まったく同じ。



扉の前に立つ僕達。


ドアの隙間から漏れ出る、湿った空気と、異臭。


ドアノブに手をかける。


心臓がドクドクとなる。


自然と冷や汗が流れでる。


ガチャリとゆっくりと開けた。


少し高い、耳障りな音を立てながら、扉は開く。



その光景は予想を遥かに超えていた。

もちらん、皆が死んでいるという予想は外れてない。

ただ、殺され方が尋常じゃなかった。

室内全体に赤い水溜りが深く出来ており、四方を囲む壁は全て赤く染まっていて、

壁の地の色が全く見えない。

廊下に散らばる残骸。

脳漿、腸、胃の一部、骨、先が無い足、首から上が無い胴体、首から下が無い頭部、一本一本切り取られた指、

脳、何かよくわからない臓器。

一つとして同じ破片がなく、全て完璧に破壊されていた。

やばい。

この部屋は、やばい。

これは、魅せられる。

どうしようもないほど、それこそ本能のレベルで、僕は魅せられる。

この、とてつもない狂気に魅了される。

声が出ない。

声が出ない。

声が出ない。

呼吸すらままならない。

呼吸?呼吸ってなんだ?

生きるために必要なことだ。

あれ?


生きるってなんだ?


あってはならない世界。

存在してはいけない世界。

その世界に、唯一、生存者がいた。

部屋の中央、血の海の上に立つ、一人の人物。

背中を僕達に向けるようにして立っている。

闇色の、フードが付いた全身を覆い隠すかの様なコートを着ている為に、

その後姿からは性別すら判断出来ない。

その人物はこちらに振り返る。

フードを深くまでかぶっているから、表情すら読めない。

見えるのは口元だけ。


「貴方達、だれ?」

無機質な、あまりにも無機質過ぎる声。

聞くだけで、背筋が凍る。

死の声。

その声から、『人物』の性別は女。

恐らく、僕達と同世代。

「僕達は・・・」

「ちょっと依頼があってね」

僕を遮り、セルフィが続ける。

「ここにいる盗賊を退治してくれっていうね」

「・・・盗賊?」

「そ。でも貴方がそれを先にやってくれたのね。

ありがとう、おかげで手間が省けたわ」

あ〜、これだ。

正義感が強いセルフィだ。こんな惨状を見て、だまってられるはずが無い。


これだからセルフィと一緒にいると、



こっちまで楽しくなってきちゃうんだよ。



「ただ、貴方の『退治法』がちょっとキツいんじゃないかなって?」

銃の安全装置を外すセルフィ。

「だって、邪魔だったものだから。」

『人物』は右手を胸の前に突き出す。

そこから薄ぼんやりとした光が生じ、瞬間、その手に刃身の長い剣が握られていた。

剣は刀と呼ばれる種類のもので、刃にはべったりと血が付いていた。

数十人分の血が。

「魔術を使える・・・か」

こんな手持ちのなまくら剣じゃ、無理だな。

僕は仕方無しに構える。


『人物』は刀を地に下ろす体勢のままで、微動だにしない。


無音。

静寂。

聞こえるのは三人分の呼吸音。

それに天井からポタリポタリと滴り落ちる、血。


ポタリ。


ポタリ。


ポタリ。


ポ・・・。


四度目の音が聞こえることはなかった。

変わりに銃声と、その放たれた弾丸を弾く音が聞こえた。


立て続けに三発、放つ。

その全てを弾き、『人物』は横にさっと飛びのく。

『人物』は壁に向かって切りかかった。

一、二太刀入れただけで、壁に『隣室』と繋がる、人一人通れるくらいの穴が開いた。

『人物』は吸い込まれるようにその穴へと入っていく。

「カイト!!!」

僕は穴を通り、敵を追った。

『隣室』は大聖堂だった。

天井がかなり遠く、天蓋がある。


前方六メートル、そこに『人物』はいた。

天蓋から差し込む月の明かりを浴びながら立っている。

『人物』は僕の姿を確認して、構えを取る。

僕は『人物』へと跳躍し、一気に距離を詰めて斬りかかる。

爆音にも似た、金属が弾きあう音。

相手からのなぎ払いを、剣を地に垂直に向けて防御し、そのまま縦斬りへと転じる。

『人物』は難なくそれを防御し、さっと後ろに引いて僕から距離を取る。

それも束の間、即座に相手は猛攻へと転じる。

ガンガンガンガンガンガンと絶え間のない剣撃。

休む暇なんてあるはずもなく、防ぐことがやっと。

猛攻の反動に耐え切れず、僕の身体が宙に浮き始めた。

反動に次ぐ、反動で、地に足が着かない。

それでも、僕は防ぎ続ける。

何とかバランスを取れるように、適度に衝撃をずらしながら防ぐ。

だけど、このままだと・・・。

「カイト!!!よけて」

後ろからのセルフィの声。

僕は下からの斬り上げを防ぐと、身体を捻り、攻撃へと移った。

横からの水平斬り。

相手はそれを叩きつける様に斬りこみ、威力を殺す。

だけど、これはダメージをねらったものじゃない。


横からの攻撃に対して、敵は力を込めて切り伏せた。

すると反動は横からのものとなる。

自然、僕の身体は空中に浮いているものだから、『反動』に抵抗できず、横に吹き飛ばされる。

あとは・・・。


十三発分の銃声。

弾丸は全て弾かれたけど、仕切り直しには十分だ。

僕は素早く相手に近づくと、あらん限りの力で斬り上げた。

天高く舞う相手の身体。

その後を追う形で僕とセルフィは跳躍する。

空中戦。

僕の斬り込み、その最中の、セルフィによる射撃。

どちらも器用に、相手は防ぐ。

「うっ・・・!」

相手はセルフィの腹部に蹴りを入れる。

セルフィは受身こそは取ったが、そのまま大聖堂の木製の長イスに激突した。

空中で、ガンガンガンガンガンと尚も激しく交戦する。

上から下への斬り叩くも、防がれる。

相手の右からのけさ斬りを身体を捻ることで間一髪で回避すると、その勢いを利用して水平に斬りつける。

防がれ、また攻撃を仕掛けられる。

着地し、距離をとる。

「もう、終わりです」

構えた僕に、『人物』は言う。

「剣、耐え切れそうにないです」

それは自分の剣のことではなく、僕の剣に対する言葉だった。

手にしている剣は、激しい斬り込みのせいで刃が崩れかけていた。

「そうだね。確かにそうだ」

そう言って、僕は持っていた剣を捨てた。

剣は刃先から地面に当たり、折れた。

「だけどね、僕は君とまだ戦える」

右手に光が集まる。

瞬間、手にはさっきまでとは違う剣が握られていた。

「これ出すのも久しぶりだよ。二年ぶり・・・かな?」

「二年・・・?」

「そ。二年前にちょっと」

「あなた・・・?」

「うん?」

「貴方の名前は?」

「カイト、今はそう名乗ってる」

「・・・・・・そう、ですか。」

言って、『人物』はフードを脱いだ。

その時、蒼色の腰まで届く長い髪がふわりと空気を泳いだ。

蒼い瞳をした少女が僕を見つめる。

「私の名前はアヴリル。十三階段の一人」

「十三階段?」

「・・・・・・」

意味ありげなキーワードを放った後、アヴリルは黙り込んだ。

これ以上言うことはないらしい。

「わかった。それじゃもう・・・、」


「決めよう」





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