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危険なアルバイト  作者: 闍梨
ゴールドラッシュ
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ゴールドラッシュ

 宝の山。

 金銀財宝。

 こんな夢を見るのはおかしい事だろうか。男なら、宝の山に浪漫を求めるものだろう。


「はぁぁ、どこかにお金落ちてないかなぁ」


「馬鹿言ってないで、ちゃんと手うごかしなよー」


 夏休みだというのに、プールにも、デパートにも、夏祭りにすら行けない。今年中学校に入学したぼくは、母さんの内職の仕事を手伝っていた。


「ねぇ、母さん……これ一つ貼ると何円?」


「十枚貼って一円」


「うげえ、一つ0.1円かよ」


 そう言いながら 、バーコードをただただ商品に貼り付けていく。額にいた汗がつつっと頬を伝い、顎の下へと移動する。ぼくは、びろびろに伸びたシャツの首元をタオル代りに使い、汗を拭う。


「ねぇ、母さん。ぼく、アルバイトしてもいい?」


 母さんはずり下がったメガネをあげながら、ぼくをちらっと見てから言った。


「学校の許可がいるでしょう。母さんの内職手伝ってるんだからいいじゃない」


 ぼくは思い出したように立ち上がり、自分の通学用カバンに手を突っ込み、一枚のプリントを取り出した。


「あんた、許可貰ったの?」


「見ての通りだよ」


 ぼくは「ふふん」と鼻を鳴らしながら、腕を組んでみせる。母さんはメガネを外して言う。


「簡単なものにしなよ。そうね、新聞配達とか」


「うん。分かってる。新聞配達がいいよね、やっぱり」


 少しやつれ気味な母さんに、楽をさせてあげたいという思いが通じたのだろう。母さんは笑っていた。



 新聞配達の仕事は、ぼくが思っていたよりもきついものだった。毎日三時半には目を覚まし、新聞販売店に行かなければならない。自分の配る区域を確認して、新聞にチラシを挟んで出発となる。最初はベテランの配達員さんとペアで行動していたが、一週間もすると一人で配達(とはいっても、ベテランの配達員さんとまわった区域だけだが)できるようになった。


「配達、行ってきます」


 チラシを挟み終わり、ぼくは販売店を出た。朝方は昼間に比べて涼しいが、八月初旬だけあって蒸し暑い。販売店の所有している自転車にまたがって、ぼくは思い切りペダルを踏んだ。身体全体を駆けていく風は、気持ちが良かった。



「よし、昨日より少し早く終わったぞ」


 自転車を押しながら、まだ暗い夜道を歩く。虫の声も耳にうるさくなく、辺りはしんとしていた。

 ぼくの通っている中学校の正門を左に折れると、大きな電波塔がある。高さにして十数メートルだろうか、暗闇にそびえ立つそれはまるでぼくを驚かそうとしているお化けのように思えた。

 電波塔のお化けに心臓の鼓動を抑えながら、その横を通り過ぎる。蛍光灯が消えかかった、怪しげな高架下を一気に駆け抜ける。


 高架下を潜り抜けた所で、甲高い、何か、石を打つ音が聞こえた。その音があまりにも鮮明に、聴神経を刺激するので、ぼくは足を止める。

 何の音だろう。

 目を閉じて、耳を澄ます。聞こえてきたのは鉄が石を打つ音だとわかった。

 何処からだろうか。

 目を開き、ざわざわと揺れる木に目が行く。音はどうやら、そちらから聞こえている。乾いた金属音に誘導されるように、足が動く。茂みの近くに自転車を止めて、ぼくは草木を掻き分けただただ歩いた。

 ぼくの目の前には、草木や雑草にまみれ、今現在その機能を果たしていないであろう、古い煉瓦作りのトンネルがあった。


「この町に……こんな場所あったんだ」


 十三年、この町で暮らして来たが、こんな場所みたことがない。ぼくは唾を飲み込み、トンネルの暗闇に耳を傾けた。

 確かに、音がする。この中からだ。間違いない。

 ぼくは新聞販売店に戻ることを忘れ、見えない何かに吸い寄せられるように、フラフラと、闇にその身を投じた。


 トンネル内は異様な空気が漂っており、ぼくに季節を忘れさせた。背筋がぞくぞくし、身体が内側から冷えていくようだ。とはいえ、背中にビッショリと汗をかいていたのはこの時には気がついていなかった。


「だ、誰かー居ますかー」


 暗闇にこだまするぼくの声は、上下左右から形を変えてぼくに襲いかかる。それがぼくの心をさらに不安にさせる。

 乾いた金属音はどんどん近くなってくる。それに連れて、ぼくの不安もじわじわと増してゆく。額からたまになった汗が、顔の横を伝い、顎に溜まって、落ちる。


「あのー。誰かー」


 トンネルをどれくらい進んだのだろう。もう何十メートルも進んだように思う。しかし実際は、まだ振り返れば入り口が分かる位置に居た。

 勇気を振り絞り、もう一度、ぼくは叫んだ。


「誰か、いるんですかー」


 ぼくの声が届いたのか、鉄が石を打つ音は止み、トンネル内に静寂が訪れる。


「………………」


 左右に何かがあるわけではないのだろうが、ぼくは辺りを見回した。

 暗闇に、次第に目が慣れてきた。歩きにくいと感じていたのは、地面が元々、線路だったからだろう。レールは取り払っているが、ぼろぼろになった枕木が均等に並んでいた。


「昔、使ってたのかな」


 そう小さく呟いて、ぼくは足元に注意しながら暗闇を進んだ。


 トンネルはある所までくると、大きな石や瓦礫がそこかしこに散らばっていて、これ以上前に進めない。

 少しの間佇んでいると、ぼくの右側から大きな音が聞こえてきた。それは先程まで聞いていた金属音だった。

 ぼくは右を見る。そこには、大人一人がギリギリ通れるであろう穴が空いていた。

 ぼくの身長より二十センチは高い穴だったので身体をかがめる必要はないのだが、自然と体を小さくしながら、穴に入り込む。


 かん

  かん

   かん


 乾いた金属音がすぐそこで聞こえる。穴の中が蒸し暑かった訳ではないが、大量の汗がシャツと背中をくっつける。


「あのー」


 金属音が止み、静寂が暗闇を支配する。ぼくは声を出す事が出来ない。


「………………」


 目を凝らすと、そこには人の形が見えた。もう暗闇に目が慣れたのだろう。ぼくはもう一度呼びかける。


「ここで……何をしているんですか?」


 その瞬間だった。

 ぼくの視界はぐにゃりと曲がり、再び暗闇の中へと落ちていった。意識を失う瞬間に見えたのは黄金に輝く何かと、こちらを見てニヤリと笑う口元だった。



 気がつくと、ぼくは家に居た。心配そうにしているアルバイト先の主人の顔と、怒りからか、恥ずかしさからか、顔を真っ赤にした母さんの顔がぼくの前にあった。

 ぼくはアルバイト先の主人と母さんに、こっぴどく叱られた。トンネル内での出来事は、大人達には話さなかった。



 程なくしてあのトンネルは取り壊される事になった。今は更地になり、新しい雑草が古い雑草と手を組み、領土を増やしている。

 あの時、ぼくが見た物は何だったのだろう。


 古いトンネル。

 乾いた金属音。

 黄金に輝く何か。

 ニヤリと笑う口元。


 今となっては分からないままだ。


 もし、ぼくがこの出来事を話したとしても大人達は、「夢を見たんだ」と、ぼくを笑うだけだろう。だが、ぼくはあの時の奇妙な体験を、これから決して忘れる事は無い。きっと、多分、そうなんだと思う。


 熱せられたアスファルトに汗を蒸発させ、ぼくは今日も自転車のペダルを踏み、新聞を届ける。

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