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危険なアルバイト  作者: 闍梨
第二章 別れさせ屋
8/9

別れさせ屋5

「お、俺は……。ゲンさんっ!」


「辞める。とか、言うのか。こんな残酷なことしたく無いってか? じゃあ、今回が……あいつの、加瀬の女じゃなかったらどうだ? お前はやったんじゃねぇか? 平然と。『自分の為』とか『依頼されたから』とか言って逃げるんだろう?」


「俺は……」


 握った拳が熱い。自分の握力で手を壊してしまいそうだった。ゲンさんの言っていることは概ね当たっていた。それだけに、何も言い返す言葉が、台詞が、言い訳が、喉の奥で引っかかる。

 ゲンさんは、俺を見ることなく、パソコンに向かいながら言う。


「社会なんてな、とどのつまり自分達が儲ける事しか頭にねぇ。下っ端はただ言われた通りに働きゃいい。って、こんな私立探偵事務所の風天に言われても説得力ねぇわな。済まねえ……。だが、これだけは……覚えておけ。誰かが幸せになれば、誰かが不幸せになる。誰かが笑っていれば、誰かが泣きをみる。俺たちが金を得る時、男女の仲は壊れてしまう。悪い言い方になっちまうが、自分がいい目見る為にゃ、誰かを不幸に、踏み台にしなきゃなんねーのさ」


「それは……」


 薄々、分かってはいた。前の会社でもそうだ。俺は正しい事を正しいと言ったが故に、リストラされてしまった。前の会社にとって俺は『不適切』だったのだ。


「まぁ、やりたく無いってんなら仕方ないが……。社会人らしく、仕事を放り投げる事だけはするな。お前はもう依頼者の金使って酒飲みに行ってるんだしよ。ケジメはつけようぜ。それが『大人の責任』ってやつだ!」


 真面目にだが、俺を励ます意味を含んだ言葉だった。


「はい。やります。最後まで!」


「ん。いい目だ。若い頃の俺にソックリだよ、ルキ」


「俺たち、二つしか違わないじゃないですか」


「ちげぇねえな! いっしっし!」


 そう言って、ゲンさんは歯並びのいい白い歯を見せてニカッと笑った。



 この仕事を上手く終わらせる方法をじっくりと考えた結果、『加瀬和広』の説得という方向で話がまとまった。


「これで、上手くいくはずだ。確かに加瀬は俺の後輩だし……手荒に解決はしたくねぇ。とは言え……ツバ付けんの早すぎだ。馬鹿野郎が」


「すみません……体が勝手に」


「酔っ払っていたってのは理由にならねーしな。まぁ、慎重さに欠ける行動だぁな」


「すみません……カラダが勝手に」


 同じ言葉を続けて謝罪する。ゲンさんには意味は通じなかった。まぁ、ニュアンスの問題だからな。


「で、だ。偽装工作をしようと思う」


「何だか、やっとゲンさんが探偵らしいこと言いましたね」


「茶化すなって! 減給すっぞ」


「続けてください」


 ゴホンと咳払いをして、ゲンさんは緩んだ空気を引き締める。


「偽装工作、これはルキが昨日やってるんだ」


「へ? そうなんですか?」


 身に覚えのない事を言われて、思わず声が上ずってしまう。ゲンさんは顎を人差し指でさすりながら言った。


「自覚なしか……。やっぱり天才なんだな。昨日お前、偽名使ったんだろ? 『後藤君』」


「ええ、そうですけど……。これが偽装工作になるんですか? 『後藤君』は俺なんですよ?」


 頭にあった疑問を、ストレートにゲンさんにぶつけてみた。するとゲンさんは片方の眉毛を釣り上げ、驚きの表情を見せる。


「呆れる程アホウだな、ルキ。『後藤君』を架空の人物に仕立て上げて事を大きくするんだよ。自分と切り離すんだ。分かるな?」


「ええ、まぁ。ですが、切り離してどうするんですか? 『三戸英子』を加瀬と別れさせるという事にどう繋げるんですか?」


「好奇心半端ないな、お前は……。いや、素直に感心する」


 そう言って、ゲンさんは俺にこれからの仕事内容を順を追って説明した。果たしてうまく、いくのだろうか。



 六月も今日で終わりだが、ジメジメとした空気は例年通り俺の心まで湿らせる。

 俺は『三戸英子』のアパートに来ていた。今日は作戦決行の日だ。俺は一人でアパートまで行き、『三戸英子』に連絡をする。ーー酔っ払っていた日、連絡先を交換していたみたいだーー

 『三戸英子』からの返信は意外に早く、『すぐ帰るね』といった短いものだった。

 数分後に『ターゲット』がやって来た。


「ゴメンね。待った?」


「いや、早く上がろう」


「ふふっ、そうね」


 俺と『三戸英子』はカンカンと音を立てて、アパートの階段を登る。

 『三戸英子』は鍵を開けて「入って」と言う。俺はその言葉通りに、部屋へ上がる。短い廊下を抜けて電気をつけると、そこには見知った人間が、煙草をふかしていた。


「よお、春樹。お疲れさん」


 どうしてこいつが……。何でここに……。


「か、加瀬っ……!」


 心臓が内側から強く俺をノックしているのが分かった。



「悪いな、春樹。混乱してるだろう? 全て、話すよ」


 加瀬は半分程しか吸っていない煙草を灰皿に押し付け話し始めた。


「俺はな、今信頼できる人間を探していたんだ。やりたい事が見つかってな。会社を……作ったんだ。そこで、本当に申し訳ないが、お前が俺をどう思っているかテストする為に先輩に依頼したんだ。俺は、『三戸英子』とお前が関係を持った後に、先輩に『三戸英子の恋人は俺だ』と伝えるようにして、お前が仕事を選ぶか、友情おれを選ぶか、試していた。本当に済まないとは思っている」


 俺は自分の置かれている状況がわからず、ただ立ち尽くしていた。長い沈黙のあと、ようやく口を開く事ができた。


「でも、事務所に依頼者が、『佐原しょうこ』が来て……」


「アレもお前を試す為の芝居だ。依頼者はあの探偵事務所の工作員の一人だよ」


「と言う事は、『三戸英子』も……?」


「ああ、あの探偵事務所の工作員の一人さ」


 そう言えば、事務所の名前……。『YES』って……。


原本吉宗

三戸英子

佐原しょうこ


 三人の名前の、頭文字を取った名前だったのか。

 何だよ、これ。何なんだよ。これ。


「非常に残念だけれど、春樹……。俺はお前を雇えない。単なる友情で仕事を任せるのもおかしくないか? と先輩から言われた。確かにそうだ。仕事を仕事と割り切る事は正しい事だ。だけど、俺は……。お前なら俺を取ってくれると、そう思っていた。昔からの長い付き合いの俺でなく、二、三日働いた事務所の仕事を取るなんて想像したくなかった」


 違う。違う。違うんだ。加瀬。

 俺の口は開かない。


「まあ、先輩が、『もし気に入ったらお前を使う』と言っていたから、それはそれでいい人生が歩めるかもな。ーーーーというわけで、話は終わりだ。本当に済まなかった、春樹」


 加瀬は携帯電話を手に取り、何処かへ電話をかけていた。立ち上がって、玄関に向かう。


「ああ、俺です。お疲れ様でした。ありがとうございます、先輩。あいつは、いい人材にはなりませんね。ええ? そうですか。俺はーーーー」


 話しながら玄関を出て行く加瀬は、どこか笑っているようだった。見事に友人と『別れさせ』られた俺がそこには居た。

 部屋の真ん中に取り残された俺に『三戸英子』は言った。


「じゃあ、事務所に顔出して行きますか?」


 俺は短く、笑ながら応える。


「冗談……言わないでくださいよ」

以上、『別れさせ屋』でした。

ラストを皆さんの想像にまかせる!という作品にしてみたかったのですが、テーマとしては『何を信じて行動するか』というものでした。


主人公は一章とは変わり、二十九歳の設定でした。まだまだ社会を知らない若造の作品なので、いやいや、社会はこうだ!と社会人の方に怒られてしまいそうですが……。


次回作はどんなものにしようかと考え中ですが、実際に無いアルバイトを考えてみようかと思っています。


長さ的に中途半端な作品ですが、第二章『別れさせ屋』これにて終了です。


皆さんの意見、お待ちしています。

では、また三章でお会いしましょう。


闍梨

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