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危険なアルバイト  作者: 闍梨
第二章 別れさせ屋
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別れさせ屋4

 『別れさせ屋』の仕事の主な流れを、ゲンさんに後日説明された。ざっとまとめると以下のようになる。


依頼者とご相談


お見積もり


ターゲットの情報収集


ターゲットとの接触


別れさせ工作


結果報告


「ということは、俺はいきなりターゲットと接触した事になりますよね?」


 机に足を投げ出した姿勢は、何だか見慣れたものになってきた。ゲンさんは厚みのある週刊少年誌を無表情で読みながら、俺へ言葉をかけた。


「ああ、不運アンラッキーだな。ルキ」


「す、すみませんでした」


「まあ、今からが勝負だし、焦るな。じっくり行こう。まずはターゲットに関する身辺調査だ。これを怠るといい仕事は出来ない」


 そう言ってゲンさんは週刊少年誌を閉じて机に放り投げ、スマホを取り出し、タッチパネルを操作した。


「あの、ゲンさん。身辺調査ってどのくらいやるんですか?」


「んー。本来なら一つの仕事を分担してやるんだがな……。まあ、今回は二人だからちょちょいと二日間で調べ上げる。もうルキがターゲットとの接触を図っているからな。調べは俺がやっといてやろう。だからお前は、この店に行って来い」


 そう言ってゲンさんはスマホを俺にかざした。この店なら、よく知っている。俺の行きつけの店『エミリィ』だ。


「わかりました。では今夜ここで彼女を待ちます」



 待てど暮らせど、彼女はやって来なかった。そりゃそうだ。平日に飲みに来る人間はそうはいない。俺はグラスに残ったウイスキーをあおり、店を出ようと財布を出した。時刻はもう十一時になろうかとしていた。


「いらっしゃいませ」


 ドアに付いているベルがからんと音を立てて店内に響き渡る。ドアの方を見ると夕方に見た女『三戸英子』その人が店に入ってきていた。夕方には見なかった黒縁眼鏡をかけているが間違いない。彼女は一人のようだ。彼女は俺と間隔をあけた席に座った。カウンターには俺たちしかいない。


「マスター、コロナひとつ下さい」


「かしこまりました」


 マスターはカウンターの下に備え付けてある小さい冷蔵庫から、コロナを取り出し栓をあける。コロナに小さくカットしたライムを刺して彼女の前に出す。


「今日は、お連れさんいなんですねェ」


「ゆっくり飲むには一人の方が落ち着くから」


 そう言って彼女はライムを絞り、コロナを一口飲む。マスターは「ごゆっくり」とだけ言ってグラスを洗うために奥へと引っ込んだ。


「ひとりなんですか?」


 おれは意を決して、彼女に声をかけた。彼女はこちらを見て、答える。


「そうね。あれ? あなた夕方に会った……」


「ああ! そういうあなたは三戸さん、でしたっけ?」


「ええ。持ち込みはどうでしたか?」


「ああ、ご縁が無かったみたいです。あっ、そちらへ行ってもいいですか?」


「どうぞ」


 俺は空になったグラスを持ち、席を移動した。マスターを呼び、おかわりを注いでもらってから、彼女の隣に腰を落ち着ける。


「じゃあ、乾杯」


 グラスを傾け、軽快な音を店内に響かせて互いに一口身体にアルコール流し込む。

 店内に流れている音楽を体で感じながら、俺の意識はどこか遠くへ旅に出てしまった。



「はっ!」


 目を覚ますと俺は知らない部屋にいた。隣には知らない女が……。いや、知っている。こいつは『三戸英子』。今回の『ターゲット』だ。

 しかも、俺たちは服を着ていない。ああ、そういうことか。

 時刻は七時、仕事場へ行くまでまだ全然余裕のある時間だった。


「んんん~。ああ、おはよう。今何時~?」


「し、七時……だ」


「そう、そろそろ準備しなくちゃか~。ふぁああ」


 三戸は欠伸あくびをしながら布団から出て、気怠そうに下着を身に着ける。


「あ、あの俺たち……まさか」


 店で話しながら飲んでて、話が盛り上がって、えーと……それから……。


「え? 覚えてないの? あなた、あんなに情熱的だったじゃない。後藤君」


 後藤君? 誰だそれは? ああ! 昨日、身元を隠すために偽名を使ったんだ。後藤、後藤。


「ふふっ」


 三戸英子は目を細めて冷たく笑った。



 午前八時に事務所へ行くと、ゲンさんはノートパソコンに向かって煙草をふかしていた。


「あれ? ゲンさん。早いですね」


「おお~。徹夜だったからな。とりあえず報告よろしくー」


 俺は上着を脱いで椅子に掛けてからゲンさんに報告する。洗いざらい、すべてを。


「――お前、天才だな」


「そんなことより、これからどうしたら?」


「ああ、それなんだがほれ。これ『三戸英子』に関する資料だ。まっ、もう殆ど詰みだがな」


 そう言ってゲンさんは俺にA4の用紙を渡してきた。俺は頭を掻きながらプリントに目を通した。


 『三戸英子』

 二十七歳。花見荘第三アパート住み。パラソル出版社勤め。徒歩通勤。平日休日問わずバー『エミリィ』に行く。友達は多くも少なくもない。家族構成は両親と弟が一人、いずれも存命。趣味、おいしいお酒を飲むこと。週に二回はジムに通う。性格、普段は大人しく振る舞っているが酒を入れると正体を表す。浮気グセ有り。男性経験は豊富。勤務時間八時半~六時(残業あり)。休日は基本的に二日酔いで寝ていることが多い。恋人の名前は『加瀬和広』。


「え……」


「わかったか? こいつァ加瀬のコレだったってことだ」


 そう言って、ゲンさんは小指を立てて見せる。全身から血の気が引いた。


「加瀬の……恋人だ、なんて……。加瀬に……なんて……」


 プリントがくしゃくしゃになる程、手に力がこもる。そんな俺をみて、ゲンさんは静かに言う。


「ああ、残酷だがな……。これが俺たち『別れさせ屋』の仕事だ」


 加瀬の言葉が頭によぎる。

 俺は、もう引き返せない所まで来ていると、悟った。

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