影がぼとぼと
「君さあ、そろそろ死んだほうがいいんじゃないのお?」
猫なで声の彼女は言った。
驚いた。
だって僕は今の今まで、人から「死んだほうがいい」なんて言われるような行動をとった覚えがなかったから。
金持ちでも貧乏でもない、ごく一般の家庭に生まれ、普通に学校に行き友人もそれなりにいた。
幼少の頃から親の言う事はちゃんと聞いた、教師からも利口だと誉められた。
勉学にも励んで、高校は県で一番の進学校に行き、色んな人に「すごい」ともてはやされた。
のに。
目の前で笑顔を浮かべながら僕を見る彼女は、何故僕にそんな酷い事を言うのだろう。
「なんで」
なんて、惚けられたらいいのに。
彼女にはきっと、全て見透かされている。
どれだけ僕が「駄目な子」なのかが。
「あたしが言い聞かせなきゃいけないのお」
彼女は漸く笑顔を崩した。
酷い寒気が僕を襲う。
「いや、いい、言わないで」
「はあ?目を背けるの?」
「聞きたくないんだ」
僕が両手で耳を塞ぐ。
すると、彼女は心から不快そうな顔をして、僕の手を剥がそうと爪を立てる。
反射的に離した手を彼女は逃さずに掴む。僕は叫びそうになった。
「悪いのはだあれ?」
気味の悪い、笑った彼女の顔が僕を真っ直ぐ捕らえて逸らさない。
「僕は、悪くない」
逸らしたいのに逸らせない、僕。
「忘れたのはだあれ?」
近づく顔、逸らさない。
「僕じゃない、違う、僕じゃない」
怯える、逸らせない。
「死んだのは…だあれ?」
逸らさない。
「死んだ…のは、あ」
逸らせない。
「殺したのは、だあれ」
逃げ出した。
その先には宙が広がって、闇だった。
僕は、死んだ。