半魚人
もしも以下のような兆候が現れたなら、注意されたし。それは半魚人になりかけている証拠である。
一、普通に生活しているだけなのに、何かだるさを感じる。
二、水浴びが好きになり、河でも見ようものなら、思わず飛び込んでしまいたくなる。
三、時々、語尾に「ギョギョ」と付けてしまう。
斯く言う私はこのような兆候を経て、遂には半魚人になってしまった。今では鰓呼吸をも可能である。毎日の生活にだるさを感じ、それを放っておいたら、いつの間にかに半魚人になっていた。ギョギョ。
半魚人になってしまったからには仕方がないと、私はせめてその身体のだるさだけでもなんとかしようと河へ入った。身体がだるくて仕方なかったのは、恐らくは私が陸での生活に適応できなくなっていたからだろう。私はそのように結論付けたのである。しかし、話はそう簡単ではなかったのだった。
私は所詮、半魚人。半分は人である。肺呼吸もちゃんとしている。つまりは、水中に完全に入ったのなら入ったで、今度は息苦しさを感じてしまったのである。ギョギョ。
私が楽になる為には、顔の上半分は水面に出して口で息し、顔の下半分は水に浸し鰓で呼吸する以外に方法はなかった。しかし、そんな状態では不便で仕方ないのは言うまでもない。食事も眠りもままならない。それで私はやはり陸での生活を中心とする事にした。同じ様に不自由ならば、やはり人としての生活を選ぶべきだろうと思ったのだ。
ギョギョ。
一体、何の因果でこんな目に遭っているのかと私は苦悩した。誰かに助けを求めようかとも思ったが、私は自分が半魚人である事を周囲に悟られてはいけないと考え、それを止めた。今更語るまでもないが、人とは弱いものだ。半魚人など格好の迫害の対象になるはずである。
だから、私は他人と付かず離れずの距離を保つことにした。近しくなり過ぎれば半魚人であると隠し通せなくなりそうだし、あまりに離れ過ぎれば却って疑われるだろう。だから私は中間の距離を保ったのだ。完全に独りにはなれない以上、そうするしかない。
私はしばらくそのまま生活をした。こんな苦しい生活を送っているのは自分だけだろうと我が身を呪いながら。
しかし。
ある日、会社の同僚と話している最中、私はこんな声を聞いたのだ。
「ギョギョ」
その同僚は確かにそう言った。「ギョギョ」と、語尾にそう付けた。
「今…」
しかし私は、とそう言いかけて、止めた。
もしかしたら、と思いながら。
もしかしたら、私の他にも半魚人はたくさんいるのかもしれない。完全には孤独になれず、完全には集団にも混じれず、そうして、そのようにして、どちらにいても半分、居心地の悪さを感じ続けている半魚人。
もしかしたら、これを読んでいるあなた、あなたも半魚人かもしれない。
ギョギョ。
ギョギョ。
朗読も作りました。ギョギョ。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm25625947