【短編】もう、どうでもよくなったので
最近、私の婚約者であるレオルドは機嫌が良い。
理由は簡単で私がニコニコと話を聞いているから。
数か月前まではそうでは無かった。
何故なら私の婚約者は、私よりもずっとある女性を優先し続けているから。
彼はアリアナ王女の護衛騎士候補で、彼女に心酔し学園では常に彼女にべったりだった。
当然側にいる生徒はレオルドだけではない。
アリアナ王女は生徒会長で、いつも生徒会メンバーに囲まれていた。
レオルドもその一人。
けれど彼は、王女がいない時にも王女のことばかり考え話していた。
婚約者の私相手にすら。だから私は嫉妬し、悲しくなりお茶会が楽しかったことなど何年も無かった。
だけど今は少しだけ浮かれている。こんな気持ちは初めてだ。
「あいも変わらずアリアナ殿下はお優しくてな、カップを取り落とした侍女を叱らないどころか火傷を心配なさったんだ」
「お優しいのですね」
「その通りだ、レイチェルお前もわかってきたじゃないか」
「はい、最近になってようやく」
私の気のない返事に満足げにレオルドは頷く。
ここは彼の実家であるエイムズ伯爵家の中庭だ。
二人きりのお茶会ではあるが当然給仕の使用人たちはいる。
しかしレオルドの眼中には入らないようだ。
彼は訪れた私に挨拶をして紅茶と茶菓子の感想を一言述べた後はずっと王女の話だけし続けている。
相手が私である必要は全く無い話をだ。
以前の私はそれに悲しんだり辛くなったり嫉妬したり恐怖を感じたりした。
レオルドはアリアナ王女に恋情など抱いていないという。
寧ろなんて不遜な疑いを抱くのだと詰め寄った私の頬を叩いた。
だから、もうどうでもよくなった。それが数か月前のこと。
泣いた私に対し謝罪もせず心配もせず二度と王女への思いを侮辱するなと吐き捨てて彼はあの日去った。
偶然通りかかった男子生徒すら私を心配しハンカチを差し出して来たのに。
婚約者であるレオルドは泣いている私よりも王女のことだけ。
だからもう、馬鹿馬鹿し過ぎてどうでもよくなってしまった。
幼馴染である彼への私からの情も淡い恋心も。
彼が王女に抱いている気持ちも。
婚約者とペアで出るのが当然の催しで当たり前に壁の花にされたあの日の私の涙も。
大勢の中の一人でしかないのに嬉しそうに王女に付き纏う男が婚約者である惨めさも。
全部、私の中で終わらせたくなったのだ。
「はは、いつもこうならお前と結婚しても上手くやれそうだ」
「そんな未来はございませんわ」
「何?」
私の否定にレオルドが不快気に眉を顰める。
その表情が怖くて嫌だった。彼に好かれたかったし嫌われたくなかった。
でも、どうでもいい。もう何とも思わない。
「先日私は貴方との婚約破棄を父に願い出て許可を得ました」
「馬鹿なことを言うな、俺は何も聞いていない!」
「知りませんよ、でも貴方の御実家であるバーナード伯爵家と我がエイムズ伯爵家の当主同士で既に話は終えてあります」
「そんな、どうしてなんだレイチェル!?」
「……どうして?」
思わず笑ってしまった。
それこそどうしてだ。
「護衛騎士の座を目指すとはいえ、寝ても覚めても王女殿下の話だけしている殿方が他の女と順当に結婚し円満な家庭を築くことが出来るとでも?」
「国で一番尊い女性に心からの忠誠を誓って何が悪い!」
「王女殿下の為に命を捨てることすら惜しくない現役護衛騎士の方々も貴方のように四六時中王女殿下に夢中にはなっておりませんよ」
当たり前のことを私は告げる。
しかし国で一番尊い女性とは問題のある言い方だ。王妃殿下の存在を完全に失念している。
「私、念のために彼らに話を伺いましたの。そうしたら有り得ないとお答え頂きましたわ」
命懸けで仕える対象がいてもパートナーへの愛情や献身をおざなりにして良い理由など無いと。
「お前、そんなことをわざわざ……!」
レオルドの頬が羞恥と怒りで赤く染まる。
私の抗議では一切彼の心は動かなかったのにと少しだけ怒りがわいた。
「私と会っている時も王女殿下の話ばかりされていることを、双方の家の両親にお伝えしました」
会話を聞いていた使用人たちにも証人になってもらったのよ。
私が告げるとレオルドは初めて待機していた彼女達の存在に気付いたようだ。
「それではさようなら、エイムズ伯爵令息」
「っ、本当に俺を捨てるのか……長い付き合いなのに」
被害者ぶって言う彼に反吐が出そうだ。
私の涙に心を動かすことは無かったくせに、自分の悲しみで私が意見を翻すとでも思っているのだろうか。
その愚かさもどうでもいい。もう関わることは無いのだから。
でも誤解は解いてあげましょう。
「貴方は嬉しそうでしたけれど、私が文句も言わず愛想笑いをしていたのは貴方を完全に見限ったからですわ」
「え……」
「長い付き合いなのに全く気付いていませんでしたね、では今度こそさようなら」
私は冷たく微笑んでその場から去った。
レオルドと婚約破棄してすぐ私は別の男性と婚約をした。
そのことで白い目で見られることは意外な程に無かった。
レオルドの異常なまでの王女への執着と、私への冷遇は社交界で既に知られていたのだ。
現に生徒会メンバーの中には私に同情的な人も何人かいた。レオルドの行動に危惧を抱いていた生徒も。
生徒達から婚約者に捨てられて当たり前だと思われることを彼は長年学園内でし続けていた。
そしてこれは私も予想していなかったが、レオルドは王女に近づくことを実父により禁じられたらしい。
生徒会も辞めることになり、護衛騎士になる夢も捨てることになりそうだ。
「まあ仕方ないよね。彼が純粋に王女殿下に忠誠だけ誓っていたとしても周囲はそう思わないだろうし」
学園の中庭、私の新しい婚約者となったグランツ・エルロン伯爵令息は溜息を吐いた。
彼は生徒会の副会長で以前からレオルドの王女殿下への盲信を窘め婚約者とちゃんと向き合うように忠告してくれていた人だ。
あの日、レオルドに傷つけられ泣いていた私にハンカチを差し出してくれた男子生徒でもある。
レオルドが王女の側から離れず、結果学園内の催しで壁の花になりがちな私を何かと気にかけ、時には臨時のパートナーを買って出てくれもした。
だから婚約破棄後少しして彼の実家から婚約の申し入れがあった時に納得もしたし嬉しかったのだ。
私たちは二人でベンチに座り、美しく咲く花を眺めている。
少し前に見た時よりも花はずっと鮮やかで生き生きとしていた。
「何より外交の為他国に嫁ぐ予定の王女殿下の評判に傷がつく」
少しでも疑いがあればそれだけで窮地に立たされるかもしれない。
そう真剣な顔で語る彼こそ、王女殿下のことを案じる忠臣の趣があった。
「彼は私でも王女殿下でもなく、自分が王女殿下を想う心だけが大切だったのね」
「どこまでもひとりよがりな男だ、今からでもそのことを自覚できればいいが」
レオルドは貴族学園を休み続けている。本人の意思なのか当主の命令かはわからない。
王女が学園を卒業するまで休学するという噂があるがそれが事実かは知らない。
父に頼めば向こうの家に確認して貰えるだろうけれど。
「そうね、でも……もうどうでもいいことだわ」
私は冷たい女だろうか。
でも、何年もかけて冷えて完全に彼への関心を失った私を見て初めてレオルドは満足そうに頷いたのだ。
ならばこの態度こそが彼への餞別なのだろう。
私がベンチから立ち上がろうとすると、当たり前のようにグランツは手を差し伸べエスコートしてくれた。
ずっとこんな付き合いがしたかった。
だからもう、あの男のことはどうでもいいの。




