プロローグ
日が気持ちよく差し込む古民家の朝。
トントントン……ジュワーー。
「ばあちゃーん!今日の飯何?」
朝目を覚ますと俺、一ノ瀬ハルトは一番にばあちゃんに今日の献立を聞く。
高校生にもなって毎朝献立を聞きに行く俺は、世の中的には珍しいらしい。
生まれてこの方、反抗期というものが来たことがない。来る気配すらない。
むしろ
「ばあちゃん今日も元気?」
とか言っている。我ながらどうかしてると思う。
「今日は味噌汁とご飯と筑前煮だよ!ハルト好きだろ?」
目の前に置かれたのはホカホカと湯気を上げる味噌汁とご飯、そして味の染みた筑前煮だった。
うまい。うますぎる。れんこんのシャキシャキ感、ごぼうの香り、しいたけの出汁。一口ごとに
「あ、生きてて良かった」
という気持ちになる。しっかり咀嚼して飲み込むと、不思議と力が湧いたような気がしてくる。
今日の放課後、絶対レシピ聞くぞ。
そう意気込んで家を出た。
朝日が土の道を照らす中、片手には都会の書店で買った異世界転生物語。
チートスキルがもらえるなら異世界転生も悪くないよな——
なんて考えながら読み進めていると。
滅多に通らない高級なベンツに轢かれた。
わりとあっさり死んだ。
意識がふっと宙に浮くような感覚があった。
(あ、死んだ。)
妙に冷静に状況を把握しながらぼんやり浮遊していると、急にパンッという音が響いた。
驚いて目を開けると、白い羽と光り輝く輪っかを装備した子供がいた。どこからどう見ても天使だった。
「……やっと起きたんですか。めちゃくちゃ重かったんですけど」
天使が半眼でこちらを見ている。
どうやら意識のない俺を天使がずっと背負って運んでいたらしい。大変申し訳ない。
「まあいいです。ハルトさん、本来ならチートスキル持ちで異世界転生の予定だったんですけど——あ、もう時間だ!じゃあ頑張ってください!楽しんで!」
「ちょっと待て、チートって何、何のスキル、あとチートって言った?言ったよね?」
暗闘に堕とされていくような感覚。
天使の
「細かいことは現地で!」
という声が遠ざかっていった。
目を開けると、そこは別世界だった。
頭から猫耳を生やして二足歩行する獣人。 異様に耳の尖った人。
目の色、髪の色は美しいほどにカラフル。高い煉瓦造りの建物がそびえ立ち、
そして——
全員が剣やら盾やら斧やらを当然のように持ち歩いていた。
銃刀法、概念ごとなさそう。
とりあえず一段と高くそびえ立つ建物に入ってみた。中は広く、大勢が行き交っている。奥に受付らしいカウンターが見えたので近づくと——
「あの……すみません……」
「はいっ!」
受付から飛び出してきたのは、頭にぴょこぴょこと三角形の耳を立て、背中にふさふさの尻尾を生やした、猫の獣人の女性だった。
「お客さん初めてですねっ?!見ない顔!ということは新入り!ということは登録!登録ですね!?」
「え、あ、はい、あの——」
「名前は!?」
「一ノ瀬ハルト、ですけど——」
「ハルトさんね!スキルは!?」
「それが、さっきまで天使と話してて、チートスキルがあるって言ってたんですけど何か分からなくて——」
「ふむふむ!じゃあ鑑定しますね!」
バシッ。
気づいたら俺の手に何かが触れていた。光った。終わった。
「えーっとえーっとえーっと……」
受付の獣人がすごい速さで目を走らせてる。そして突然、
「——っっっ!!」
声にならない声を上げて固まった。
「あの?」
「……ちょっと待って。今の読んだ?私ちゃんと読んだ?」
「何が書いてあったんですか俺の」
「……料理スキル・極、です」
沈黙。
「……は?」
「料理スキルが、極、ですね。この国で料理スキルが極なのはたった三人で、その全員が伝説の料理人として歴史書に——」
「チートって料理のこと?」
「はい!」
「天使に文句言っていいですか」
「それより!!」
猫耳がぴんっと立った。
「勇者パーティー、今ちょうど旅立ち前でメシ担当がいなくて困ってたんですよ!ハルトさん、今から行けますか!?」
「……は?」
「荷物は?」
「ないですけど——」
「じゃあ即戦力ですね!!案内します!!」
「待って待って待って!?俺の話聞いてます!?」
「聞いてますよ!!聞きながら歩いてます!!こっちです!!」
猫耳がぴょんぴょん揺れながら受付嬢は小走りで歩き出す。尻尾がご機嫌そうにふりふり揺れていた。
俺は異世界に来て5分も経たないうちに、勇者パーティーへと連行されていった。
——あ、筑前煮のレシピ、聞き忘れた。




