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転生特典:好感度上昇エフェクト ~転生令嬢が王太子をざまぁしたらなぜか腰巾着の第二王子からシャララ~ンの効果音が~

作者: ぽんぽこ狸
掲載日:2026/03/03





 ハイデマリーは転生した令嬢だった。


 前世の記憶を持ち、こことは違う異世界からやってきた。その自覚はあったし、第二の人生頑張るぞと漠然としたやる気を持って転生ライフを謳歌し始めた訳だった。


 しかし、五歳になった頃、人には見えないものが見えているということに気がついた。


 自分に特別な魔法を与えてくれる不思議な精霊……ではなく、もちろん未来視のような格好の良い力でももちろんなく。


 謎の効果音と謎の花々がたまに飛び散る。


 それを何度か見て、怪訝な顔をすることがままあった。


 そうしてよくよく思い出してみるとそれは、思春期にはまっていた乙女ゲームの好感度上昇エフェクトであるということを思い出した。


 (ふ……ふざけた能力すぎでは…………)


 そう思ったのだった。





「ふふっ、ふふふ。見た? あの馬鹿令嬢の顔! 傑作でしたわ! まったくわたくしに逆らうからあんなことになるのよ」


 ハイデマリーに向かって、イザベルはクスクスと笑って満足そうに言う。


「見ました~! さすがお義母さまです~」

「そうでしょう。そうでしょう。なんせわたくしの派閥の貴族に協力させてドレスにあんなに大きな穴を開けたんだもの。あれでは恥ずかしいどころの騒ぎじゃないわ、立派な汚点よ!」


 イザベルは思春期の息子を持つ一人の母親とは思えないほど美しく、ガゼボにたたずむ姿はまるで一枚の絵画のようだった。


「あれは面白かったな。私もあの女は気が強くて気に入らなかったんだ。スカッとした」

「そうだったんですね~」


 その隣で金髪を春の風になびかせて、ご機嫌に紅茶を飲んでいるのはイザベルの息子、そしてこの国の王太子ブルクハルトだ。


 そして彼はハイデマリーの婚約者でもある。


「ハイデマリーも今日のパーティーは楽しめたでしょう? 次はどんな余興がいいかしら」

「もちろんです~! イザベルお義母さまは、華麗で格好良くてとっても素敵で楽しかったです~」


 そして一番内容のない言葉を並べ連ねているのがハイデマリーである。


 しかしハイデマリーががむしゃらに褒め言葉を並べると、イザベルから『シャラララララーン』とさしてきれいでもない音質で効果音がなる。


 イザベルの後ろからふわっと薔薇が開き、キラキラと消えていく。


 (この人簡単に好感度上がるな……)


 それを見てハイデマリーはいつものようにそう思って、紅茶を口に運ぶ。


「それなら、次の余興はあの生意気な公爵子息にしてくれよ。家庭教師がやつのことを引き合いに出してきてうざったいんだ。天才だかなんだか知らないが、王太子の私より優秀だなんてそんなことあるわけがないだろ?」

「あら、そうなの? ……いいわね、たまには男の子も心の折り甲斐があるものね」

「たしかにありそうです~」

「じゃあ決まりですわ。楽しみね」


 そうして彼らは次のターゲットを決めて、話に上がった公爵子息のことをどんなふうにおとしめてやろうかと楽しそうに計画する。


 それにハイデマリーも意欲的に参加する。


 なぜこんなことをしているのかと問われれば一つは保身のため。


 ハイデマリーはあまり子供らしく振る舞うことが得意ではなく、そのせいで天才などと言われて王太子の婚約者へと祭り上げられてしまった経緯があるが、それは嬉しいことではない。


 どこの王家もこうなのかは知らないが、我が国の王家はもめているのである。


 王妃イザベルの実家であるバルヒェット公爵家の派閥と、国王陛下の派閥で王城内は二分されており、誰を王太子の婚約者にするか。


 その議題は新たな争いの火種になるほどだった。しかし、その折衷案として王太子の婚約者に選ばれたのは中立であるハイデマリーの実家だった。


 もちろん一時的に、イザベルとブルクハルトの標的にされるような事態に陥った。


 そこから、ありきたりではあるが好感度上昇エフェクトの能力をどうにか頼りにイザベルに取り入ることに成功した。


 幸い、乙女ゲームの褒めるだけでは好感度が上がらない面倒なキャラとは違って、イザベルは手放しで褒められることが大好きだ。


 そうして彼らのいじめの標的にならないための保身というのが一つ。


「あ、そうだった。忘れるところでしたけれど、ハイデマリー」

「はい?」

「あなたに紹介したい人がいるんですの。今後のわたくしたちのために知っておいてほしいこともあるのよ」

「……」

「今度の休日一緒にお出かけしましょうね」

「はい!」


 イザベルは思い出したようにそう言って、にこりと優しい笑みをハイデマリーに向けた。


 その表情と言葉にハイデマリーも思わず、満面の笑みがこぼれる。


 (これはもしかすると、もしかするかもしれない。やっと、そのときが来たのかも)


 そう思うと心が躍る。


 ハイデマリーがイザベルにこれほど媚びているのにはもう一つ理由がある。


 それは屑な王太子もろともイザベルごとハイデマリーの人生からいなくなってほしいからである。


 そのために信用されたい。信用されて彼女たちの本当の仲間になりたいのだ。


 彼らがしている隠し事とその計画にはおおよその見当はついている。それを打ち明けてほしいのだ。まだ子供だと侮られる今のうちに。





 やってきたかもしれないそのときに備えて考え事で忙しい中、ハイデマリーはブルクハルトに呼び出されて彼の私室へとやってきた。


 ソファーに座っているブルクハルトのそばには第二王子のヘンリックがおり、二人は何やら書類綴りを二人でのぞき込んでいた。


 それからブルクハルトが部屋に入ってきたハイデマリーの方へと顔を向けて「やっと来たか」とため息をつきながら言った。


「そうですよ。兄上が呼んだのですから、まずなにをおいてもここに来ることが優先でしょう! わかってないですね!」

「ああ、本当にわかっていない。……が、まあ、いい。ちょうど件の公爵令息への策を誰にやらせるかヘンリックと考えていたところだったんだ」

「申し訳ありませ~ん。それはそれは、今から楽しみですね~」


 ハイデマリーは相変わらずのブルクハルトとヘンリックに目を細めて、いつも通りにとぼけた口調で返した。


「ふっ、そうだな。ただ、私としては母上に媚びてばかりの君が次の標的でもかまわないんだけどな」

「そうです! そうです! 媚びるのならこの兄上にするべきでしょう。まったくかわいげがありませんね」

「その通り、そんな君には使用人のように、母上への使い走りがお似合いだ。私たちが作戦を決めたらその手紙を持って行かせてやろう。光栄だろ?」

「光栄なはずです! なんせ兄上は次期国王、そんな方に使われるなんて至極恐悦、むしろ喜んでありがとうございますと言うべきです!」


 ブルクハルトの言葉にヘンリックはやいのやいのと援護射撃を入れて来る。


 ヘンリックにとってブルクハルトのどこがそんなに良いのかと思うが、ヘンリックは昔からこうである。


 幼い頃からブルクハルトのことを超絶リスペクトしていて、キラキラした瞳で彼の後ろをついて回るいわゆる腰巾着のような人である。


 きっと彼からしたら、ブルクハルトは理想の王太子に見えているのだろう。


 しかし標的にされるようなことがあっては困る。イザベルと違って、ブルクハルトについては好感度がそれほど高くないのだ。


 この人は褒めるだけでは好感度が上がらない面倒な人である。


「……もちろんです」


 考えながらも少し微笑んで返すと、ブルクハルトは立ち上がって、ハイデマリーの方へとやってきた。


 彼はにやりと嫌な笑みを浮かべて、「それが不服なら」と言ってから言葉を切ってハイデマリーの耳元に口を近づけてささやくように言った。


「将来の夫である私に、媚びて特別な奉仕でもしてくれれば、君に対する評価を変えてやってもいい」

「……」

「どうだ?」

 

 (相変わらず、それか)


 彼の望むもの……与えれば好感度を上げる行動、それはつまり体の関係だ。


 女というものをそういう意味でしか彼は見ていないのである。


 そういうところがハイデマリーは心底嫌いだった。


 しかし本音を顔に出す訳にはいかない。


 ぞっとして全身の肌が粟立って、寒気にブルブルと震えだしそうだったがなんとか堪えて、それとなく流そうと考える。


「兄上!」


 しかし口を開いたハイデマリーよりも先に、ヘンリックが沈黙を切り裂いてパタパタと掛けてくる。


「そんな、ちんちくりんなんてご所望なのですか! 特別な奉仕? は何のことだか知りませんがっ僕が! この僕がいるではありませんか! 僕が兄上にご奉仕しますよ!」

「あ?」

「なにをすれば良いですか? マッサージ? それともダンスでも披露して見せましょうか!」


 そうしてヘンリックはキラキラとした瞳で兄に詰め寄って、ニコニコしながら手をわきわきとさせた。


 それを見てブルクハルトはひくっと頬を引きつらせて、思い切りヘンリックを突き放す。


「うわっ」

「もういい、興が冷めた。ついてくるなよ、私は気晴らしに出てくる」

「え、あっ兄上!!」


 ブルクハルトは心底気持ち悪そうな顔をして自身の部屋を後にする。


 そうするとヘンリックとハイデマリーの二人だけが残される。


 彼は、チラリとハイデマリーを見た。


 ブルクハルトと同じ金髪で瞳の色は彼と違って緑色をしている。まだ子供らしさの残る顔つきに、よく見れば優しい顔をしている。


 イザベルとブルクハルトとは似ていない。


「……」

「……」


 しばらく見つめ合うとヘンリックはなにも言わずに小さく小首をかしげてなんとなく首をさすってそれから、ぱっとドアの方を向いて、スタスタと去っていた。


 妙な間があったが、彼はなにを考えていたのだろうか。





 

「今からの出来事は他言無用。これはわたくしたちの間だけの秘密ですわ。ただ一つ、言えることがあるとするならば、わたくしたちは勝利するということですわ」


 イザベルは馬車の中でハイデマリーにそう言い含めた。


 しばらくして、王城から離れたアルトナー公爵邸に到着すると、イザベルと同じ年頃の男性が出迎えた。


 彼はおそらくアルトナー公爵だろうと考えつつ、挨拶をしようと裾をつまみ上げた途端、イザベルは彼のそばに駆け寄って恋人のようにきつく抱擁した。


「マルセル、会いたかったわ」

「私もだ、イザベル。それで……」

「ええ、この子が」

「そうか、これで少しは安心できるね」


 二人は初々しいカップルのように指を絡ませて手をつなぎハイデマリーのことを見つめる。


 (概ね、予想通り。うまく、いくと良いな)

 

 驚いている顔をしつつも、ハイデマリーは心の中で願いつつ、丁寧に挨拶をした。


 イザベルは大胆で、そして勝ち気な性格をしている。


 きっと協力者は、彼女をたたえるばかりの気の弱そうな人間だろうと想像していたのが当たり、嬉しくはある。


 後は、自分がどれほど信憑性を出せるかだ。


 そう考えながらアルトナー公爵への顔見せを終えて、ハイデマリーはタイミングを見てもう一度、アルトナー公爵のもとへと向かったのだった。





 

 いつも通りのつまらないパーティー。


 それを彩ろうと標的を見つけては、人をおとしめて笑う婚約者とその母親、それに同調してクスクス微笑むだけの日々。


 それはそれなりに苦痛なもので、イザベルの計らいで王族側の末端の席に座らせてもらっていても嬉しくなんかない。


 しかし、そんな日々も今日で終わりを告げる……と良いなと思っている。


 いつもは公の場に出てこないアルトナー公爵が会場内にいるのが見えるのは、きっと行動を起こすためだと希望的観測をした。


 視線を横へやると横並びで座っているジギスムント国王陛下は、イザベルとブルクハルトが笑い合っているのを軽蔑するような目線で見ていた。


 それから気をそらすように、そばに置かれたワインをあおる。


 ヘンリックはブルクハルトの隣で二人の話には参加しないものの、ニコニコうんうんと首を縦に振っていた。


 いつも通りの光景、華やかな楽士の演奏、豪華絢爛なパーティーホール。


 人々の賑やかで楽しげな声、暖かな料理のおいしそうな香り。


 しばらくすると、アルトナー公爵が前へと進み出て、壇上にいるジギスムントを見上げた。


 そして、崩れ落ちるように膝をつき、すんだ声で語り掛けた。


「大変、申し訳ありませんでした!」


 すぐに周りの貴族たちはどよめき、そそくさとアルトナー公爵から離れる。


 ジギスムントは目を見開いて、何事かとアルトナー公爵を見つめた。


「お察しの通りでございます。私は、イザベルにそそのかされ王家を欺き、我が子、ブルクハルトを即位させ王家を乗っ取る計画に協力しておりました!」


 あたりがざわざわとざわめく。


 ハイデマリーは、心臓の音が徐々に高鳴って、体の中心がじわりと熱くなるのを感じる。


「ブルクハルトは間違いなく、私の息子です! イザベルの実家と協力し血の近い我がアルトナー公爵家が王家に成り代わろうと画策しておりました!」


 ジギスムントは怪訝な表情をしたまま「なんだと?」とつぶやくように言った。

 

 アルトナー公爵の言葉にハイデマリーは小さくうなずく、震えるアルトナー公爵を応援するような気持ちだった。


 彼がしている告白は、単純に言うと、王家の乗っ取りだ。


 元々、イザベルの実家であるバルヒェット公爵家の派閥と王家は対立していた。


 しかし、ハイデマリーが生まれる以前の経済難によってバルヒェット公爵家の娘を正妃に迎えることにした。


 けれども元から仲のよくなかった二つの家系だ。


 イザベルは自派閥の貴族と行為をし、その血筋の子供を王太子に据えることで王家の乗っ取りを企んだ。


 その作戦をハイデマリーが察したのはイザベルの人となりと、ブルクハルトが国王にも、同じ父を持つはずのヘンリックにも似てないことが理由だ。


 実際ある程度の人間は察していると思うそのレベルの違和感がブルクハルトにはある。


 しかし誰もその証拠を挙げることができないし、疑惑を持ったとしても協力者がわからない以上は声を上げられない。


 だからこそずっとハイデマリーは、ことさらイザベルに媚びを売って将来の協力者として認めてもらったのだ。


 そうしてアルトナー公爵にたどり着いた。


「協力してしまった以上極刑は免れないと思っていましたが、しかし、ハイデマリー嬢からの言づてしかとお聞きしました」

「……」

「国王陛下はすべてをお見通しだと。その上で私に温情をくださった。このパーティーで自白をすれば、極刑だけは回避をしてくださると、ハイデマリー嬢から――」


 そしてハイデマリーは、イザベルから彼を紹介されてやっとジギスムントからの言づてを伝えた。


「そなたは、なにを言っておる。……ハイデマリーだと? ……そ、そんなことよりも、今すぐに捕らえよ! 明らかな王家に対する反逆だ! ここにいる全員が証人だ! イザベルもだ! 捕らえろ!!」

「は?」


 ジギスムントは、彼の告白に始め、混乱したようにハイデマリーに視線をやった。


 しかし、数秒思考を巡らせてそれからかぶりを振り、目の前の男がなにを告白したのかと言うことへの対応を行い、後から怒りが追いついてきたのか怒鳴りつけるように騎士に銘じる。


 アルトナー公爵はジギスムントの返答にぽかんとしたような顔をしている。


 すぐにやってきた騎士に押さえつけられながら、ハイデマリーのことを信じられないものを見るような目で見つめていた。


 それにハイデマリーは優雅に手を振って返す。


 彼には恨みはないが王家に托卵しようとするなんて命知らずをした人を守る義務などない。


「嘘でしょう? ハッ、ハイデマリー?」


 事態を察知し、こちらに向かってこようとしたイザベルもすぐにジギスムントの近衛騎士に腕をつかまれ、身動きがとれないままハイデマリーに手を伸ばす。


「裏切ったなんて嘘でしょう? という意味でしょうか? そういう意味なら正解です~、お義母さま」

「お、お前っ」

「だって、王家を乗っ取ろうとするなんて酷い! 国王陛下がかわいそう! 国を守るためだったんです~!」


 ハイデマリーはとぼけた口調で変わらずイザベルにとぼけたことを言った。


 別にそういう理由ではないし、単に私怨だ。


 しかしここはそういう風に言っておく場面だ。これからの自分の人生に関わるから。


「私は、国王陛下に忠誠を誓う一貴族! 当然のことをしたまでです!」

「離しなさいよっ、こんなこんなことで!! こんなことで!?」


 イザベルは騎士にもみくちゃにされながらも後悔するような悲鳴を漏らす。


「クソッ、この野郎っ!」


 ブルクハルトは捕らえられる母に混乱し、自分の方にも騎士が向かってきている状況を見る。


 それから決意したかのようにハイデマリーに向かって腰に差している杖を抜いた。


「怪しいと思ってたんだっ! 死ねぇ!」


 物騒な言葉を叫びながら魔力をためる彼の元へ、ハイデマリーは絨毯を蹴り出して突っ込んだ。


「ぅおっ」

「王家の敵は私の敵です~っ!!」


 叫びながら拳を握って、顎の下から思い切り突き上げる。


 魔法は確かに威力は強いが、熟練度が低ければそれを使うよりもずっとぶん殴った方がずっと早いのである。


 彼は「ほがっ」と間抜けな声を上げながら美しく後ろに弧を描いて倒れていく。


 ブルクハルトが倒れるとハイデマリーの視界の先には混乱に瞳を潤ませて殴り倒される兄を見つめていたヘンリックの姿があった。


 ヘンリックは拳を突き上げて満面の笑みを浮かべているハイデマリーを見つめて、胸元でぎゅっと両手を握って、頬を赤らめた。

 

 途端、『シャラララララーン』と場にそぐわない音色が響く。


「っ!」


 ハイデマリーは拳を握ったままヘンリックを見つめて固まった。


 彼もまたハイデマリーをじっと見つめていて、間で倒れていたブルクハルトは騎士によって拘束されるが、そんなことなどどうでも良い。


 ヘンリックの背後から美しい薔薇などの花々が咲き乱れて、花びらを散らして大盤振る舞いだ。


 どうやら、好感度が大上昇しているらしい。


 どう考えても、ヘンリックが慕っている兄の立場を大暴落させる策を仕込み、今し方ぶちのめしたところなのに、一体どこに好感度を上昇させる要素があったというのか。


「へ、ヘンリック……」


 すぐにそのことを問いかけようと、ヘンリックの方へと一歩進む。


 しかしハイデマリーの前には厳しい表情をしたジギスムントが現れる。


 ジギスムントはどんな表情をしていても威圧感があるその顔をさらに恐ろしくして「話をきかせてもらおうか」と低い声で言ったのだった。


「え、と……はい」


 ハイデマリーは途端に少し小さくなって返事をする。体は普通の女の子なのでそんな顔をされるとさすがに怖いものは怖いのであった。






 流れている魔力の詳細な鑑定には莫大な資金がかかる。


 しかし自白があったという大きな証拠を得るとジギスムントはそれに踏み切った。


 そうしてジギスムントとブルクハルトの親子関係は否定され、それに伴いアルトナー公爵の言葉は真実と位置づけられた。


 そうなれば、イザベルもブルクハルトもただではすまない。主犯格の彼らは極刑となったが、普段からの行動によって誰も彼らをかばう人間はいなかった。


 そしてアルトナー公爵についてだが、彼が告白したことによって王家の乗っ取りは未然に防がれたこと、そしてハイデマリーがジギスムントの言葉として彼に言った言づてがあり本当に極刑は免れることとなった。


 そもそもハイデマリーがアルトナー公爵になにをしたかというと、単純にイザベルに紹介された後にもう一度彼の元へと向かって、


『国王陛下はすべてお見通し、でも自ら公の場で告白するのならばアルトナー公爵だけは極刑を回避する』


 そう伝えただけである。


 そうする意外にハイデマリーはこのことを証明するすべを持たなかったし、ただのまだ成人もしていないうら若い令嬢だ。


 そして言われた側は、こんな子供と言っても差し支えない女がはったりをかましてくるとは疑わずハイデマリーの言葉を素直に信じて、自分だけでも助かりたいと行動を起こす。


 特に計画の首謀者でないのならなおさらだ。


 ただし、ハイデマリーのやった国王の言葉を語る行為は罪に問われる。しかし、もたらした利益はジギスムントにとって莫大だ。


 それが咎められることはないと最初から踏んでいた。そうして、イザベルとブルクハルトを排除するための計画を立てたのだった。


 しかし、ジギスムントもちゃっかりした人だ。


 すっかり自分がハイデマリーを動かしていたことにして、慈悲も与えてアルトナー公爵だけは助け貴族たちからの評価はうなぎ登りだ。


 跡取りも問題ないだろう。第二王妃の子供であるヘンリックがいるのだから、彼が継げば良い。


 ヘンリックは教育し直されて、ハイデマリーは無事にジギスムントに恩を売った令嬢として新しい婚約者を探す……それがハイデマリーの描いていたシナリオだった。


 概ねうまくいった、大体は思い通りだった。

 

 しかしたった一つ、あのとき、あの瞬間の好感度上昇エフェクト。


 それだけが予定を狂わせる。


 ハイデマリーはこんな面倒なしがらみからさっさとおさらばしたいのに、ヘンリックが王太子となって、その上あんなに好感度が上がってしまったのだから……。


 ハイデマリーは少し緊張してヘンリックと向き合っていた。


 嫌な予感がしている。


 今日は良い天気で、美しいガゼボには調子を合わせなくてはいけない相手もいないし、気分はあれから晴れやかになるはずだった。


 しかし、意味のわからないヘンリックが何より不気味で、あれ以来避けていた。


 それもきちんと呼び出されて話があると言われてしまえば断れる立場ではない。


「…………」

 

 ハイデマリーは警戒する猫のように、じっとヘンリックを見つめていた。


 ヘンリックは、その様子に少し首をかしげる。


 それからふっととても優しく微笑んで『シャラララーン』と効果音をならしながら花を背後に微笑んでいて、少女漫画のヒーローみたいだった。


 (なにもしてなくても、好感度上がるの怖い)


「なにからどう話しましょうか。……イザベル様と兄上は……僕にとっても、第二王妃……つまり僕の母にとってとても恐ろしい人たちでした」

「それは、そうでしょう」

「ええ、子供ながらに母がいじめられているのを見ていまして、どうにかしたいと思いながらも、なにもできないことを思い知るほかなくて」

「……」

「なら、現状を変えないまま、自分が変わって母を守れたらと思ったんです。敵意も疑惑も気がつかないまま、馬鹿で従順になろうと思いました」


 静かに語るヘンリックは今まで接してきた彼とは別物のように見えたけれど、思えばあのとき、ハイデマリーがブルクハルトに迫られて怖気だっている時に見せたあの表情。


 あれはきっと哀れみのようなものだった。


 だからきっと彼はハイデマリーを助けてくれた。


 それに気がつくと、ヘンリックの言葉は信憑性があって、たしかにあの状況で好感度が上がったことへの説明はつく。


 お互いに、気がついていなかったが、ハイデマリーとヘンリックは似たもの同士だったのだ。


「でもそれは簡単ではありましたが、なにも進歩しない、なにも解決しない、愚策でした。しかしそれ以外の手がなかった。あなたはもしかしたら僕と同じかもしれないとは思っていましたが、僕とはまったく違いましたね」


 どうしようもない環境に放り込まれてその中で生きる道を考えて、相手に媚びることで生存を目指していた。


 そんなところが似ていた。


「あなたは、最終的にすべてを解決する道を目指していたんですね。僕はまったく知りませんでしたし、あなたを少し変わった人だと思っていたぐらいでした。だから改めてお礼を……ありがとうございます。ハイデマリー」

「お礼は別に、私は私のするべきことをしただけだし……」

「そうですか、ふふっ。はい。わかりました。あなたの素の話し方はそうなんですね」

 

 ヘンリックはなにが面白いのか笑って、またシャラシャラ音を鳴らして花を浮かべる。


(なにがあなたをそうさせたの、無礼なことをしゃべっただけなのに……)


 いよいよ不可解さが増してきて、ハイデマリーは居心地が悪くなってしまう。


 たしかに彼の敵を倒したのはハイデマリーだ。今の話を聞いたら多少好感度が上がることだって頷ける。


 しかし、今まで続くヘンリックの続けざまの好感度上昇。そんなにシャラシャラ鳴らす人をハイデマリーは初めて見た。


 彼のことを結果的には助けたかもしれないが、そんな感動など一時の気の迷いのようなものではないだろうか。


 ハイデマリーにはよくわからない。


 人を好きになったことがないのでわからない。気まずいので、話をせかすように「それで」と切り出した。


「話とは? お礼が目的ならきちんと受け取ったので」

「あ、いえ、そちらではないんです」

「……ならなんでしょう」


 問いかけると、ヘンリックは少し真剣な顔をしてティーカップに手を添えた。


 それから、人差し指でカップの縁を少しなぞって、優しく言った。


「あなたの婚約者についてです」


 その言葉にハイデマリーはさらに怪訝な顔をした。


 こんな面倒ごとからさっさと退場するはずだったのに、まさかこんなことになろうとは。


 これでは永遠に王家という面倒なものに捕らわれ続ける人生になってしまう。


「……父とも話をして、できる限りあなたの要求に応えられるよう頑張りたいと思っています。金銭面でももちろんお礼はたんまりと、と話はしておりますがなにより、結婚相手とは大切なものですから」


 ヘンリックは平然としてそう言って、ハイデマリーを気遣うようにそれからデリケートな話題なのを気にするようにためらいがちにいった。


「誰か気になる方などいらっしゃいますか」


 そっと聞かれたその言葉に、ハイデマリーは訳がわからなくて何度も瞬きをした。


 (い、意味がわからない。まったくわからない。そんなに、好きなのに、そんなにシャラシャラ鳴らしているのに……気になる人はいますか??)


「いらっしゃらなくとも、全面的な協力を約束したいです。兄はあれでも身内ですしすごく嫌な思いをさせたと思いますから、あなたが幸福になれるよう全力で協力したいです」

「……っ、だ、大丈夫なの?」


 ハイデマリーは思わずそう問いかけた。


 こんなにもうはち切れんばかりに好感度が上昇している相手にそんな、他人を紹介するようなことを約束してヘンリックは大丈夫なのか。


 そういう意味の問いかけだった。


 しかし彼は、言葉の意味を理解せずに少し首をかしげてから気さくに返す。


「はい……そのぐらいのことはできるかと」

「…………」

「なにか不都合でも?」


 黙り込んだハイデマリーにそう言う彼は、ハイデマリーへの好感度なんてまるで嘘みたいに振る舞っていて、実際にそう見えた。


 好感度上昇が何かの間違いだったのではないか、そう疑いたくなるぐらいだったが、今までのことを思い返すとヘンリックは自分の感情を覆い隠すのがものすごくうまい人だ。


 そしてそれは今、くだらないことにまで好感度を上昇させてしまうほど好きなハイデマリーのためを思って、ハイデマリーが本当に幸せになれるように使われている。


 それは酷くけなげだ。


 そして、とても強いヘンリックなりの、ハイデマリーのための愛情だ。


 それに胸がぎゅうと苦しくなって、体が小さく身震いした。


 きっと今、ハイデマリーがハイデマリーのことをよそから見ていたら、シャラララーンと音を鳴らして、背後には花が飛び散りきらめいているだろう。


 そう思うと恥ずかしくて顔が熱い。


「う…………」

「う?」


 (こんなつもりじゃ、なかったのに)


 ヘンリックをどうにか振る方法を考えていたのに、たった一つの行動でどうしようもなく彼がキラキラして見える。


 彼の行動を嬉しく思う。


 それが馬鹿馬鹿しいのに、ヘンリックに好きな相手の恋路を応援させるなんてそんな辛いことなどさせたくないと思ってしまう。


「う゛ぅ」

「え、あ、大丈夫ですか」

「だ、大丈夫……言わないんだ、あなたは」

「なにをでしょうか」

「私にあなたの結婚相手になれと、言わないんだ」

「えっ」

「っそれが、なんかツボに入ったと言うか」

「あ……バレて……」


 途端にヘンリックは顔を赤くして、拳を握って目をぎゅっとつむった。


「感情を隠すことは得意なつもりだったんですが、そのはずだったんですが、気が緩んでるみたいでっ、き、気にしないでくださっ忘れてください!」

「……もう、無理だ思う。だってそうまでして私の幸せを願ってくれるのが、とても嬉しく思ったから」

「っ」

「気になる人、今、できたのだけれど、応援してくれる?」

「っっ」


 そうしてヘンリックは真っ赤になったまま、あちこちに視線をやって、そわそわと手を動かし、チラチラとハイデマリーを見た。


 そのご、長らく黙ってそれから言った。


「それがあなたの、望みなら」


 困り果てた結果の言葉だったが、そうして似たもの同士の二人は手を取り合うことになったのだった。





 


最後まで読んでいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
シャララララララ~ン! 私からの好感度も鰻登りなお話でした。 イザベルはまだ可愛気があったけれど、ブルクハルトはアウト。そしてこの母子の嫌がらせ(で済まない)の被害者が気の毒すぎる。 ラストシーン…
自分の恋より相手の気持ちを慮れるヘンリックが滅茶苦茶いい男で推せます。そしてその健気さゆえに恋が実ったのもとてもよかったです。 それは惚れてまうやろ~~!!
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