第14話「契約の底に沈むもの」
裏ギルドで保護した少年は、まだ不安げな顔をしていた。
だが、体力も落ち着き、立てるほどには回復していた。
「……本当に、僕……行くんですか……?」
「ああ」
リオは静かに頷く。
「危険はある。だが“事実を話せるのはお前だけ”だ。
ギルド長が何をしたか、証言がいる」
「……僕、役に立てるかな」
「立てるさ。
お前が逃げずに向き合った時点で、十分強い」
ミナが力強く言った。
「そうです! 私も一緒に行きます!」
少年は、小さく微笑んだ。
ベルモンドの案内で、三人は小ギルド支部の建物へ向かった。
大ギルドの華やかな建物とは対照的に、
ここは薄暗く、どことなく荒んでいた。
扉を開けた瞬間——
ギィ……と嫌な軋みが響く。
「あ、帰ってきたのか。
“失敗作”が」
現れたのは、小太りの男。
脂ぎった髪、赤い鼻、吊り上がった目。
手には契約札をいくつも握りしめている。
少年の肩が震えた。
「こいつがギルド長“ドフォス”だ」
ベルモンドが低く言う。
「ほう……誰だお前ら。見ねぇ顔だな」
「俺はリオ。先生だ。
この少年の担任と思ってくれ」
「教師?
……こんな島にガキが何しに来た?」
「倒れた生徒を助けに来た」
「倒れたぁ?」
ドフォスは鼻で笑い、足元のゴミを蹴った。
「“あいつのせい”だろ。
契約も守れない弱虫のガキが悪いんだ」
「……!」
ミナが一歩踏み出す。
「違います!
あなたが嘘の契約を押しつけたんです!」
「なんだこのガキ、舌が回るじゃねぇか」
男は舌打ちした。
「契約は契約だ。
弱い奴ほど、承認しちまうもんなんだよ」
(弱者に恐れを押し付けて、
“破らせて罰を受けさせる”……
最低だな)
だがさらに胸騒ぎが広がった。
(こいつ……ただの悪党じゃない。
契約魔法の“片側だけ”を燃やした……
それって普通はできないはずなんだ)
「ドフォス」
「……なんだよ、教師さんよ」
「お前、契約魔法に“手を加えてる”な?」
「はぁ? 何言ってやがる」
「少年の契約札……
恐怖の側面だけが残っていた。
本来、契約は“信頼と恐れ”の両輪が同時に燃えるはずだ」
ドフォスの目が、一瞬だけ泳いだ。
(やっぱりだ……)
「お前は……契約の恐怖側だけを“操作”したな?」
「…………」
男は黙り、握った札を強く擦る。
「……知識があるじゃねぇか、お前」
「教師だからな」
「じゃあ教えてやるよ。
“恐怖だけを残す契約”ってのはな……
自分じゃ無理なんだよ」
(……!)
ミナが息を呑む。
「じゃあ……誰が……!」
「“上”の奴らだよ」
ドフォスは薄く笑った。
「俺たち小ギルドは、大ギルドと“上”に逆らえねぇ。
光戒師団の“影”が、契約術式を弄ったんだよ」
「光戒師団が……?」
「そうだよ。
最近ペリカンテで“王の光”を布教するために、
光審庁の連中が契約魔法を改造してんのさ」
(やっぱり……王国が動いてるのか……!
契約魔法に宗教介入……
島を丸ごと支配するつもりだ)
「でもな……
弱い奴に恐怖を押し付けりゃ、儲かるんだよ」
「そのために……子どもを……?」
ミナの声が震えた。
ドフォスは鼻で笑った。
「金にならねぇガキが死のうが、知ったこっちゃねぇ」
「…………」
その瞬間、リオの中で“何か”が弾けた。
「ドフォス」
「……なんだよ、教師さんよ」
「お前、契約の意味を理解してない」
「はぁ?」
「契約は“弱い者を縛るための鎖”じゃねぇ。
“守るための約束”だ」
リオの声は静かだった。
だが、その場の空気が変わる。
「お前がやってるのは契約じゃない。
暴力だ」
一歩踏み出す。
ドフォスは無意識に後ずさる。
(この圧……戦場の……?
なんだ……こいつ……)
「子どもを脅して、恐れさせて、利用して……
本気で契約の力を理解してると思ってるのか?」
「う、うるせぇっ……
俺は悪くねぇ!
“上”がやれって……!」
「だったらなおさらお前は最低だ」
「……!」
ミナがリオの後ろで拳を握った。
(先生……かっこいい……!
でも……怖いくらい真剣……)
「調子に乗るなよ、リオとか言ったな……」
ドフォスが札を取り出す。
「教師だかなんだか知らねぇが……
ここは“契約社会”なんだよ」
札が光る。
【契約:リオ・ヴェルナー
対象:俺との戦闘行為の禁止
破ったら——“燃える”】
(しまった……!
こんな内容でも契約になるのか!?)
「だ、騙し討ちじゃないですか!!」
ミナが叫ぶ。
「これが契約魔法だよ、嬢ちゃん!
“札を触れた瞬間”が契約成立だ!」
「先生!!」
リオの手に、札が触れた瞬間だった。
——熱い。
燃えるような“痛み”が走る。
(くっ……!
契約の強制力……!)
ドフォスが笑い出す。
「どうだ、動けねぇだろ!?
“上”の改造した契約札は、一度触れたら最後なんだよ!」
「……!」
(教師が……
そんなもので止まるかよ……!)
リオは歯を食いしばり、
燃える契約を握りつぶそうとする。
「逃げるか……燃えるかだ。
どっちにしろ、ここじゃ俺が“契約者”なんだよ!」
勝ち誇ったドフォスの声——
「先生……!」
ミナが叫び、走り出す。
(だめだ、来るなミナ……!
契約の矛先が——)
だがその瞬間、
ミナの手がドフォスの契約札に触れた。
「やめて!!」
——札が、光らなかった。
「……え?」
「……え……?」
ミナ自身も驚いていた。
ベルモンドが呆然と言った。
「ミナちゃん……
契約札の“恐怖側”だけ、無効化した……?」
(……なんだ、今の……
ミナは……契約魔法の歪みを……相殺した?)
ドフォスは蒼白になった。
「な、なんだこのガキ……!」
「先生の契約を……燃やさせません!!」
ミナの瞳が金色に揺らいだ気がした。
(塔の……光……?
いや……分からない。
でもミナは……ただの子じゃない……)
札が無効化された隙に、リオは一歩踏み込んだ。
「お前が守らなきゃいけない契約は——
こっちだろ」
少年が静かに差し出す。
【契約:
小ギルド長ドフォスは、少年の安全を保証する。
破れば痛みの罰。】
「な、なんだそれ……!?」
「俺が代わりに“契約者”になる」
リオは札に指を触れた。
光が弾ける。
「契約成立だ。
お前はもう、この子に指一本触れられない」
「ぐっ……あ……ああああああッ!?」
ドフォスの身体に強烈な“痛みの罰”が走った。
契約は守る者に力を与え、
破る者に罰を与える。
それは、この島の“真理”。
「覚えておけ。
本当の契約は、弱者のためにあるんだ」
ドフォスは床に崩れ落ち、白目を剥いた。
そのとき。
外の路地で、再び“冷たい光”が揺れた。
(……まただ。
ドフォスを守りにも来ないで……
“観察”だけしてる)
ミナが震える。
「先生……あの光……怖い……」
「ああ。俺もだ」
ベルモンドが険しい表情で言う。
「リオ。
この島……王国の“光の影”が、完全に入ってる。
ここから先は——本格的な戦いになるぜ」
リオは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
(第二島……
簡単には終わらなさそうだな……)
——契約の歪み。
光戒師団の影。
光審庁の支配。
ミナの謎の力。
そして塔の脈動。
旅は、確かに進んでいた。
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※本作の執筆にあたっては、
一部のアイデア整理や設定構築にAIを活用しています。
物語の最終的な構成・文章表現・キャラクター描写は、
すべて作者自身の手で仕上げています。




