第10話「始まりの潮路——先生と生徒の“世界へ”」
学校の灯りが遠ざかった。
何度も見たはずの校舎が、今夜だけは妙に小さく見える。
「先生……学校、もう見えなくなりました」
「ああ。……なぁ、ミナ」
「はい?」
「行くなら振り返るなよ。
後ろを見ると、足が止まるぞ」
「……はい」
ミナは唇を噛み、ぱちんと顔を上げた。
泣いてはいない。
でも、その目はほんの少し赤い。
(……強い。
この子は、本当に強い)
リオは歩調を少し緩め、ミナの手を引いた。
南門を離れ、街外れに続く土道へ出る。
夜風が肩を撫で、星が頭上へ広がる。
王国の喧騒とは違う、静かで柔らかい音だけが響いていた。
「……先生」
「ん?」
「こんなに……星って見えるんですね」
「学校や街にいると気づかないよな。
夜空は、案外うるさいところでは隠れちまうから」
ミナは見上げたまま、ぽつりと呟く。
「逃げてるのに……ちょっと、綺麗だって思ってしまいました」
「逃げる道だって、悪い景色ばっかじゃないさ」
(……昔、俺もこんな夜空を見たことがある気がする。
いつだ……どこで……)
胸の奥がまた、小さく疼いた。
その疼きに合わせて、影がほんの一瞬だけ揺れた気がした。
(また……これか。
なんだよ……一体……)
「そういえばミナ、荷物は?」
「これだけです!」
ミナは小さな布袋を掲げた。
そこには、水筒、手帳、乾パン、包帯、そして……
「……本?」
「勇者学の教科書です! 勉強しながら旅します!」
「……本当にえらいな、お前」
「えへへ。先生のクラスですから!」
(……ん?
このやりとり、なんか……心が救われるな)
逃避行の真っ最中なのに、
不思議と“旅の始まり”として心が軽くなる。
「先生は荷物少なすぎません?」
「おっさんの荷物なんてこんなもんで充分だ」
「おっさんって言いました!? 先生はおっさんじゃないです!」
「いや、年齢的にはおっさんだろ」
「違います! かっこいい先生です!」
「……はいはい」
(……なんだか、救われる)
王国の影が遠のいていく。
「先生……」
「どうした」
「誰か、ついてきてませんか?」
「……!」
ミナが立ち止まり、夜の森の先を見つめる。
「気のせいかもしれませんけど……
なんか……さっきから、視線を感じるんです」
(俺には……感じない。
だがミナの勘は、侮れない)
「……伏せろ、ミナ」
「!」
リオは身構え、周囲に這う影を探る。
だが敵の気配はない。
「……いません、ね?」
「いや……こういう“感じない敵”が、一番厄介なんだ」
(黒影獣のときもそうだった。
ミナだけが捉えていた……“何か”を)
「……ミナ。
もしまた何か感じたら、すぐ言え。
お前の勘は……俺より当てになる」
「え……!?」
「正直言うと……
俺も今回の件で、自分が信じられなくなりつつあってな」
「先生が……?」
「でも、お前は違う。
お前は曇ってない目をしてる。
だから——頼りにしてるよ」
ミナの表情がぱっと明るくなる。
「……! が、頑張ります!」
その時だった。
――ゴッ……。
遥か遠く。
十二環界の中心——天塔アルカブラの方角から、
脈動が届いた。
地面が揺れたわけじゃない。
風も吹かない。
なのに、胸の奥だけが「鳴った」。
「せ、先生……!」
「……ああ。俺も感じた」
(どういうことだ……
王国を離れたら、むしろ脈動が強くなる?)
塔の鼓動は、時間が経つごとに鮮明になっていく。
まるで——
「こっちへ来い」
と呼ばれているようだった。
(なんなんだよ……塔と……俺……)
ミナも胸を押さえていた。
微かに震える指先が、塔の脈動に共鳴しているように見えた。
「……行くぞ、ミナ。
急がないと、本当に追いつかれる」
「はいっ!」
二人は夜の森を抜け、
王国の灯りが完全に見えなくなるまで歩き続けた。
夜が明け始めた頃、
森がゆっくり開け、
海の匂いが押し寄せた。
ついに“第二島”へ続く港が見えてきた。
「先生! 海……!」
「やっと見えてきたな」
海沿いの町はまだ眠っていたが、
その奥の小さな港には、
十二環界を巡るための“沿岸船”がいくつも並んでいた。
「ここから……第二島《工環ペリカンテ》へ行けるんですか?」
「そうだ。工環ペリカンテ——技術と機巧の島だ。
ここからが本当の意味での旅だ」
ミナは大きく息を吸い込み、
ぎゅっと拳を握った。
「……先生。
私、絶対に足引っ張りませんから!」
「引っ張っても別にいいけどな」
「ダメです! 引っ張りません!」
「……本当に、お前は……」
(この子がいてくれてよかった)
そんな気持ちが自然に浮かぶ。
「行くぞ、ミナ。
第二島《工環ペリカンテ》へ——俺たちの道を開くために」
「はいっ!」
朝の光が二人の背を照らし、
新しい海の風が吹き抜けた。
こうして俺たちの“十二環界の旅”は、
本当の意味で動き始めた。
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※本作の執筆にあたっては、
一部のアイデア整理や設定構築にAIを活用しています。
物語の最終的な構成・文章表現・キャラクター描写は、
すべて作者自身の手で仕上げています。




