第9話「旅立ちの夜②——教師は、生徒を連れて逃げる」
夜の学校は、不気味なほど静かだった。
窓の外には街灯の灯り。
遠くで蟲の声がかすかに響き、
薄い霧が校庭を覆っていた。
だがその静けさの裏で——
俺の心臓は異様な速さで脈打っていた。
(……来る。
光審庁が動くなら、今夜が本番だ)
この学校はもう安全じゃない。
俺がここにいる限り、生徒たちが狙われる。
だから——
逃げるしかなかった。
「先生……本当に行くんですか」
ミナが廊下の陰から出てきた。
目は真っ赤だが、足はしっかりしている。
「ここにいたら、お前らが巻き込まれる」
「でも——」
「ミナ。
俺は教師だ。
守れなかったら、生きてる意味がない」
ミナは唇を強く噛んだ。
「……じゃあ、私も……守らせてください」
胸が刺さる。
「駄目だ。これは旅じゃない。逃避行だ」
「知ってます。
でも……行かせたくないんです。
先生が一人でどっか行くの、嫌なんです」
「…………」
(なんで……こんな真っ直ぐなんだ、この子は)
答えようとしたその時。
――ガチャ。
背後の非常扉が開く。
「リオ! 急げ!」
ガルスだ。
鎧ではなく黒外套姿——完全に“裏の戦い”の格好。
「光審庁のやつら、もう学校の周りに配置された。
こっからが本番だ」
その声で、ミナはぴくりと肩を震わせた。
光審庁に学校包囲されつつある。
「……先生。
お願いがあります」
「なんだ」
ミナは真っ直ぐに俺を見て言った。
「置いていかないでください。
私……強くなりますから。
怖くても、逃げませんから」
(この子は……本当にそういう子なんだ)
俺の腕が止まる。
「……仕方ない。
ついて来い」
「っ……!」
ミナの顔がぱっと明るくなる。
「ただし条件がある」
「……何ですか?」
「俺の背中から絶対に離れるな。
命より大事な約束だ」
「——はい!」
ミナは迷いなく頷いた。
(……ああ、もう。
なんで子どもにこんな覚悟をさせてんだ、俺は)
教師としての葛藤は重い。
でも、それ以上に守る気持ちが強かった。
「出口は南門だ。そこならまだ包囲が薄い」
ガルスは既に剣の柄に手を掛けていた。
「ガルス……俺のために、そんな……」
「昔の上官といえども若者を守るのは年長者の役目だ。
それに——」
ガルスは少しだけ笑った。
「子どもを守る大人の背中は、守られて然るべきだ」
胸が熱くなる。
三人は廊下を抜け、校舎裏へと向かう。
その途中——
ミナが突然立ち止まった。
「……先生、なんか……変な匂いがします」
「匂い?」
俺には何も感じない。
しかしミナは目を細めて囁く。
「なんか……冷たい……
空気が止まったみたいな……」
その言葉を聞いた瞬間。
――カツン。
どこかで靴音が響いた。
金属が床に触れる、乾いた音。
(来た……!)
ガルスが剣を抜く。
「光審庁だ……!」
光審庁の“堕天従者”
闇の廊下に浮かび上がったのは、
白い法衣に身を包んだ男。
目は虚ろ。
皮膚は蝋細工のように白く、
胸の光紋は禍々しいほどに光っている。
「——光の理は、偽りを許さぬ」
その声は人間ではなかった。
隙間風のように乾いて、感情がない。
「退け。ここは学校だ。
子どもがいるとわかっているだろう!」
ガルスが叫ぶ。
「光は平等。
裁きもまた、平等」
堕天従者が手を掲げると、
光紋がぐにゃりと歪み、審光刃が形作られた。
「ッ——来るぞッ!」
「ミナ、目を閉じろ!」
「はい!!」
堕天従者が刃を振り下ろす。
だが俺は一歩踏み込み、
その腕を素手で掴んで軌道をずらす。
刃が壁に当たり、石壁が“溶ける”ように消えた。
(……やっぱり……王の光と同じ性質だ……
物質を……“消す”光)
「退け。教師は守らねばならない」
「教師……?
偽りの影よ」
(偽りって……なんのことだ)
堕天従者が次々と光の刃を生み出す。
その一つ一つが周囲を削り、空気すら揺らしている。
(こんな力……生徒に届いたら……)
俺は床を蹴った。
戦場の感覚が蘇る。
長年封じ込めてきた“元戦士”の動き。
生徒の前では絶対に見せるつもりのなかった動き。
「——通さねぇよ」
拳が閃き、堕天従者の胸に叩き込まれる。
意外にも軽い抵抗。
「……中身が……空っぽ……?」
堕天従者の姿が揺れ、霧のように崩れた。
(これは……本物じゃない。
“光の影”だけで作られた偽者だ)
だが危険性は本物だ。
「リオ、今のうちに行け!」
ガルスが後ろで叫ぶ。
「ガルス……!」
「ここは俺に任せろ!
お前は——守るべきものを守れ!」
校舎の外で、複数の足音が迫る。
(……まずい。ここにいれば囲まれる)
「ミナ、行くぞ!」
「は、はい!」
ミナの手を掴み、校舎裏の非常口へ走る。
振り返ると、ガルスが一人で複数の堕天従者を止めていた。
「ガルス!!」
「振り返るな!
お前は——“逃げる側”に回れ!!」
胸が締め付けられる。
(……恩に着る。
必ず戻ってくる)
校舎裏の道を抜け、南門が見えた時——
空が、鳴った。
――ゴウッ……!!!
「せ、先生……!」
「わかってる……!」
塔の方向からの脈動が、
過去最大の揺れで胸に響く。
(……塔が……呼んでる……?
なぜ俺を……)
ミナの手が汗ばむほど強く握ってきた。
「先生、怖い……
でも……先生と一緒なら……大丈夫です」
「……ああ。絶対に守る」
南門を抜けた瞬間、
霧が晴れ、夜空がひらけた。
学校が遠くなる。
——これが、俺たちの旅の始まりだった。
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※本作の執筆にあたっては、
一部のアイデア整理や設定構築にAIを活用しています。
物語の最終的な構成・文章表現・キャラクター描写は、
すべて作者自身の手で仕上げています。




