時間外労働も請け負います
「……それでは先生、名残惜しいですが私はここで失礼します。これ以上滞在してしまうと流石に国の連中に何か言われてしまいそうなので。本当に、本当に名残惜しいのですが……くっ」
国へと戻るテルマを見送りに街の入り口まで来たところでテルマがそう口を開く。わざわざ二回言うほどの事かと内心思ったが、テルマが本当に涙目で悲しそうな顔をしているため何も言えなかった。バンツたちのクエストを終えてからの数日、買い物やら食事やらとギルドの仕事以外はほぼほぼテルマに付き合っていたのだが。
「まぁまぁ。忙しいだろうがまたいつでも顔を出しに来いよ。俺はいつでもこの街にいるからさ」
そう自分が言うと、少しだけ笑みを浮かべてテルマが言葉を返してくる。
「……はい。私はまだ諦めていませんので。ですが今回の訪問はそれを抜きにして久しぶりに心から楽しめました。次に来る時は覚悟しておいてくださいね先生」
そう言って今度は笑顔で笑うテルマ。その笑顔に思わず見とれてしまう。もし自分が彼女と同年代であったらこの微笑みだけで惚れてしまう者もいるのではないかと思った。
「うーん。それに関しては期待しないで欲しいな。ま、次に会える時の土産話を楽しみにしておくよ」
自分がそう返すと複雑そうな表情を浮かべてテルマが言う。
「……はい。今度はもっと期間を空けずに会いに来ますね、先生」
そう言ってもう一度こちらに深々と頭を下げてからテルマが街を後にする。その背中を見えなくなるまで見送ってからぼそりとつぶやく。
「さてと。今日の勤務は昼から夕方か。それじゃギルドに向かうとしますかね」
そう一人つぶやき、ギルドへと歩き出した。
「よし……っと。これで夜番への資料もまとめ終えたし、これで終了……っと」
テルマとの別れを済ませギルドに戻り、淡々と今日の業務を行い夜勤の面々への引き継ぎ用の書類をまとめ、ふぅと一息つく。
「お疲れさんアーク。じゃあその資料は夜勤の奴らに渡しておくよ。今日はまだ明るいし帰りは一杯引っかけていく感じかい?」
同僚にそう声をかけられ、思わず苦笑する。
「いや、そうしたいのは山々なんだけど、今日はこの後寄るところがあってね」
そう言って荷物を持ちながら同僚に言葉を返す。
「そっか。色々と忙しいんだな。昨日まではあのSSランクハンターさんに付きっきりだったし、受付じゃこのところお前さん新人連中に懐かれまくりだったもんな」
あれからというもの、バンツたちに加えて彼らから話を聞いた若手連中からアドバイスを求められたりと慌しかった。シフトの都合で丸一日の休みが中々取れず、仕事終わりか仕事前はテルマに付き合う事が続いたため、今日の仕事を終えるとようやく久々の連休であった。
「あはは……何かそうなっちゃいましたね。ま、嫌われるよりは良いかなって事にしておきます」
そう言って書類を同僚に渡し、周りの皆にも挨拶をして休憩室に戻り着替えてギルドを後にする。本来なら同僚の言う通り疲れを癒すべく酒場へと真っ直ぐ向かいたいところであるが、それをぐっと堪えて次の目的地へと向かう支度を始める。
「えぇと……最後に行ったのは半月ちょっと前か。少し間が空いたな。こりゃ、色々と大変な事になりそうだな」
そう一人ため息混じりにつぶやきながら商店街へと向かった。これから向かう場所のために色々と準備が必要だからだ。
「……っと、こんなもんかな。足りないものがあればあとは追加で買いに行けば良いだろう」
そう一人つぶやき、荷物を確認する。大きな荷物籠の中には食料品を中心に生活用品が大量に入っている。
(……半月も期間を空けたのは久しぶりだからな。さて、どうなっているのやら)
商店街から少し離れたところに立つ店の前へと到着する。裏口へと回りドアに付いた呼び鈴を鳴らしながら声をかける。
「もしもーし。いますかー?アークです。もしもーし?」
……返事がない。ドアノブを回すと扉が開く。鍵がかかっていないという事は中にいるという事だろう。そのまま裏口から店の中へと入る。廊下を真っ直ぐ進み、応接間を通り過ぎて奥の部屋へと向かう。
(……流石に来客があるからそこは片付いているか……逆に来客が立ち入れない場所がどうなっているかは覚悟しておいた方が良さそうだな)
そんな事を思いながらも廊下を進み続け、一番奥の部屋へと辿り着く。ドアの前には『関係者以外立入禁止』と書かれた板が貼り付けられているが、構わずドアをノックする。
「もしもーし。アークです。もしもーし?」
ドアをノックしながら声をかける。少し待って再度ドアをノックしようとしたその時、ドアの向こうから声が聞こえる。
「……どうぞ〜。開いてるよ〜」
その声を聞いてため息を吐き、ドアノブを回して扉を開く。……分かってはいたが部屋の中は酷い事になっていた。
「うわぁ……こりゃ、思っていたより酷いなあ……」
部屋に足を踏み入れた瞬間、思わず口に出してそう言った。食べ終えた食品の容器、飲み残しの酒や水の瓶がそこら中に転がっている。さらには読んだ本や着替えた際に脱ぎ散らかした服が床に散らばっていた。
「仕方ないだろう?君があまりにも来るのが空いたんだからさ。ボクは君がいないと駄目なんだよ」
ベッドの方からもぞもぞと動く気配と共に声が響く。その声の方へ振り向く事なくため息混じりに言う。
「はぁ……空いたといってもたかだか半月ですよ、半月!どうやったらここまで散らかす事が出来たんですか……大体、俺が街に戻ってくる前までは普通に生活出来ていたじゃないですか。とにかく、一旦起きてくださいよ」
自分の言葉にベッドの上から再び声の主が言葉を返してくる。
「ちょい待ち。今服を着るからさ。えぇと……昨日寝る前にベッドの脇に脱ぎ捨てた奴が……あ、あったあった。うん、さっきの君への答えだけれど君が帰って来るまでの間でボクは一生分頑張ったって事だよ。ま、金の力でプロの家事手伝いを雇っていただけなんだけどね」
衣擦れの音が聞こえるためしばらく背中を向けつつ待つ。待ちついでにそこらにあった袋に目の前に転がるゴミを大まかに集めて袋に集める。足元周りのゴミを袋に入れ終えたところで服を着た気配がしたためようやく振り返る。
「はぁ……だったら引き続きその家事手伝いを早いとこまた再雇用してくださいよ……師匠」
振り返るとベッドの上で悪戯な笑みを浮かべて自分を見ている女性の姿があった。褐色の肌に赤い髪と瞳。人間と違い尖った耳。
この色んな意味でだらしない彼女の名はクルス=エンシス。人間とダークエルフとの混血であるハーフエルフであり、自分の武術や学問といったありとあらゆる分野における師匠であった。




